あなたは『ツバメ』

第8話

 小さい頃に親が一羽の文鳥を買ってきた。


 興味はなかったけど、「世話しなさい」と叱るように言われたから、泣く泣くお世話をした。


 鳥になんて興味ない。確かにわたしの名前には鶴って入ってるけど、この名前はわたしにあってないし、好きじゃない。

 

 鶴って渡り鳥だから、過ごしやすい場所へ向かって移動するでしょ? 

 一年中、いや一生の間空を飛び回ってて、自由なんだろうなって。


 それに比べてわたしなんて、言われるがまま生きて、嫌だなーって感じる場所にいても、逃げ方を知らなくて、結局自分では飛び立てないからその場に留まってる。ほんと、完全に名前負けしてるよ。


 あーで、何だたっけ? あーそう、文鳥。


 色は真っ白でね、鳴き声は少し高めだったかな。あの時は何も感じてなかったけど、今は綺麗で可愛かったって、そう思う。


 ある日ね。籠から出して、部屋の中で遊ばせてた時に、ふと窓を開けたの。


 間違えてとかじゃなくて、わたしの故意でね。この子がどうするのか見てみたかったの。


 知らない大空へと飛びたつのか、それともこのままここにいて、籠に戻るのか。それが知りたかった。


「で、どうなったと思う? ナリちゃん?」


 昼休みでざわつく教室の中で、自分の机に頬をつけて、くたーっと伏せながら、近くの椅子を借りてきて隣に座っていたナリちゃんに訊いた。


「ん? 何が?」


 自分のスマホを見ながら、興味もなさそうに返されて、少し傷つく。


「もういい」


 がらじゃない一人語りをしたわたしが悪い。


「ごめん、そう拗ねないでよ」


 そう言われても、すでに話す気はなかった。

 

 ナリちゃんの方を向いていた顔を、窓の方へと向けた。


「ごめんって八雲さん。聞くからもう一度話してよ」


 肩を掴まれて揺さぶられる。机を軸に頭がぐらぐらと揺れて、接していた頬が痛くなったので、仕方なくナリちゃんの方へ向き直した。


「もう話すのはいやだから、ナリちゃんが話して」

 

 諦めてそういうと、まってましたと言わんばかりに、ナリちゃんの顔にやる気がともる。それから素早くスマホを操作して、こちらに画面を見せた。

 

「ね、ね! かわいいでしょ!」


 普段からは想像できないほど興奮してガシガシと手を揺らすせいで、スマホの画面がぶれて見えない。仕方なく、その動き回る腕を掴んで、自分の方に画面を向けると、そこにはまだ目も開いていない茶トラの仔猫の写真が写っていた。


「昨日と何がちがうの?」

「違う! 全然違う。ほら見てよ、昨日は目元をうにうにって動かしてた」


 いや、写真だと動きはわからないって。


 けど、それを伝えたところで、わたしの言葉なんて関係ないのか、今日もテンションが高めのナリちゃんは画面を指で刺しながらこちらを無視して話し続ける。



 今週に入ってからナリちゃんはいつもこの調子だ。


 まあ、それもそのはずで、ようやく彼女は出会った頃からよく話していた、猫を飼うという夢を叶える事ができたのだから。


 どうやら近所に仔猫の引き取り先を探してる人がいたらしくて、それを聞きつけたナリちゃんは家の人に相談せずに連れ帰ったらしい。


 当然、家の人には怒られて、それでも引かずにひたすら説得したら何とか説得に成功して、ついに夢を叶えたという訳だ。


 写真の中の、ふかふかで暖かそなモーフに包まれている仔猫をみて、おそらく楽しそうに写真を撮っているであろうナリちゃんを想像してみる。


 今も幸せそうだけど、もっと幸せそうな、そんな気がした。


 よかったねー。たぶんナリちゃんは一生あなたを可愛がって、愛してくれるよ。


 ずっとずっと、いつか必ず訪れる別れ時まで。



「だからね、八雲さんも何か飼ってみなよ」


 で、話が巻き戻る。


「もういいって」


 さっきもその話をされて、昔は飼ってたんだよーって話をしたのに、ナリちゃんはそれを無視して、自分の世界に入っちゃったんだから、もうわたしには、話す気力なんて残ってないのさ。


「勿体ないなー、せっかくペットを許可してる物件に住んでるのに」

「別にわたしがあそこを選んだ訳じゃないし」


 目を細めて、そのまま瞑る。

 住む場所なんてどこだってよかった。でも、家族が勝手にあそこに決めた。


 あんなに広くて、何でもできる物件。こちらを皮肉っているようで嫌だけど、あそこ以外の物件は許してくれなくて、わたしには選択肢がなかった。


「ごめん、触れちゃいけない事だったね」


 そう言われて目を開けると、さっきまで元気だったナリちゃんが、手を膝の上に置いて、視線を下げていた。


「気にしないで、ナリちゃんのせいじゃないから」


 そう、ナリちゃんとは関係ないし、別に家族が悪いわけではない。

 わたしが一人暮らしをしてみたいなんて言い出して、それが出来るように家族が準備してくれて、それを我儘なわたしが気に入らないだけだ。


 ざわついた教室の音が遠くに聞こえて、何だか、急に空気が重くなる。


 この空間を隔離されたような感覚は何よりも嫌いだ。自分がどこにも属していないようで、存在意義を見出せなくなる。

 けど、わたしには打開する方法が分からなくて、黙っていると、ナリちゃんの方から救いの手を差し伸べてくれた。


「あのさ、今日の放課後、一緒に買い物にでも行かない?」


 予想もしていなかった言葉に、体を起こす。


「んー? ナリちゃんが誘うってめずらしいね、どうしたの急に?」

「ちょっと買いたいものがあって、一緒にどうかなってっさ」


 それなら一人で行けばいいと思うけど、誘ってくれたのだから、何か理由があるのかな。


「わたしは欲しいものないから、ただ着いてくだけになっちゃうけど、それでもいいなら」

「ははは、それでいいよ。八雲さんには多くを望んでないから」

「何それ? 何だか貶されたみたいに聞こえる」

「そんな事ないって。ただ、その少しだけ望んでいることが、八雲さんにしかない魅力だなっていつも思うよ」


 優しく微笑むナリちゃんを、無気力に見つめる。彼女はわたしに何を望んでいるのだろうか。どんなに考えても、そんな魅力なんてわたしには無い。


 もしそんな魅力があったのなら………あったのなら、何なのだろうか?


 そんな事を考えていると、ナリちゃんは椅子から立ち上がった。


「それじゃあ、放課後いい?」

「うん。大丈夫」

「わかった。じゃあ、よろしく」


 椅子を近くの席に返して、ナリちゃんはそのまま背中を向けて去っていく。


 その後ろ姿を見ていると、この間の出来事を思い出して、すがるように首に手を当てた。


 冷えている指先が、首の皮膚に直接当たる。


 この間首を吊った際にできた痣は綺麗になくなり、それを隠す為にしていた包帯も、する必要がなくなったから、つけていない。


 首が冷たい。

 さっきまで会話をしていたし、体温も平熱で気温だって低くないのに、首だけが冷たくて、寒い。


 仕方なく机に伏せて、目を瞑る。

 

 冷たくても、ここには暖めるものなんてないし、あったとしても何もする気はなかった。


 あと少し頑張れば、今日の授業は終わる。そうしたら、約束通りにナリちゃんと買い物に行って、そのあとは再びあの家に帰る。


 そうしたら、何をしようか。そう思っても、何も浮かばなかった。かわりに、


『ごめんなさい』


 別れ際に告げられたあの子の言葉が、浮かんでどこかへと流れていった。


 あの時のあの子の声は冷たくて、でもわたしに向けていた表情はどこか儚げで、優しくて、どこか悔やんでいるようだった。


 どうしてって、訊きたくて。でも何も言わずに後ろを向いて歩いていく彼女をみて、わたしは思った。


 彼女は飛べるから。わたしと違って自由になっても生きていけるから、籠のようなわたしに、縛り付けては行けないのだと。 

 

 


 

 

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死にたい彼女に飼われる私 降霰推連 @its-raining

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