第7話
いい湯だったと、再び服に袖を通しながら、思い浸る。
久しぶりの
でもそのおかげか、お湯に触れただけで
服を着て、再びダイニングに入ると、ソファの上であの子が気持ちよさそうにお昼寝をしていた。
灯もつけず、午後の強い日差しが、白くて薄いカーテンを通して部屋を照らしている。そんな柔らかな光の中で、彼女は一人ソファに寝そべり四角いクッションを抱いて幼い子どものように眠っている。
寝ている彼女に、足音を立てないように近づいた。
本当ならこのまま帰るべきだ。今なら黙って出ていける。でもお礼を言わないで出ていくのは、どこか気が引けた。
それに、このまま出ていったら、またあの廃墟にきてしまいそうで、それならちゃんとお別れをしておくべきだと、そう思った。
ソファの横までたどり着いて、それでも起きないから膝をついて、寝顔を覗き込む。
苦痛のなさそうな、気持ちの良さそうな吐息が、少しだけ開いた唇の隙間から聞こえてくる。
とても自分から首を吊って、自殺をしようとした人には見えなかった。
そうして見つめていると、目の前から「んー……」と声がして、彼女がもぞもぞと動き出した。どうやら起こしてしまったみたいだ。
彼女は
「あ……おふろから上がったんだ」
「はい。ありがとうございました」
「ごめん、いつの間にかねむちゃってたみたい……朝から、歩いてたからかな?」
「ならそのまま寝ててください。これを返しに来ただけなので」
お風呂の前に貸してくれたヘアゴムを、寝ぼけた彼女の前で揺らした。
「おかげで、ゆっくりとできました」
「そんな……いいのに」
彼女はゆっくりと体を起こしヘアゴムを受け取ると、背筋を気持ちよさそうに伸ばしてから、私に尋ねた。
「いい湯だった?」
自然な微笑みに、私も自然と口元が緩んだ。
「はい、とても」
「なら……よかふぁ〜」
喋っている途中で大きなあくびをして、よっぽど眠いらしい。
「それでは、私は帰りますね」
そう言い、立ち上がろうとすると、あたたかいものが私の腕にふれた。
「まって」
それは彼女が私に向けて伸ばした指先で、そのまま私の腕を優しくつかんだ。
「いかないで」
物悲しい声で、まるで駄々をこねた子どものような、でもどこか素直で切実な願いのようで、私の胸に深く刺さった。
閉じていた口が、自然に開いて、
目の前にある大きくて綺麗な瞳が、私を映して離さなかった。
どうしてと、引き止める理由が気になって声に出そうとして、
「ごめんなさい」
と告げた。
別に彼女の事が嫌いな訳じゃない。お風呂を貸してくれたことは感謝してるし、手にできた傷も
ただ
掴まれている手を振り払うように、立ち上がる。姿勢が上がるにつれ、優しく掴んでいた彼女の手は下へと降りて、ソファの上に音を立てて、落ちた。
悲しみなのか、それとも寂しさなのか、まるで親に置いていかれる子供のような視線で、彼女は私を見上げていた。
やめてほしい。そんな眼で見ないでほしい。
私達は他人だ。人として、互いに助けたり、優しくしたりしたけど、これ以上関わるのは
その視線に後ろめたさを感じながらも、振り向き玄関に向かい歩き出す。
ダイニングから出たあとに。閉じゆく扉の隙間から見えた彼女は、下を向いて無気力で、その頬に一筋の光が落ちるのを、見た気がした。
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