最終話
樽井が串田を殺そうとしたそのとき、絶妙のタイミングで現れた老婆。
その老婆と樽井の殺人鬼同士による、血で血を洗う壮絶な殺し合い。
老婆の首を切断した樽井が更に鳴河の首まで刎ね飛ばす、増しましのスプラッタ濃度。
致命傷を負っていたのか、その樽井と同時に絶命した串田の悲哀に満ちたラストシーン。
「もう最高」
エクスタシーかのような快感に身を震わせる。
今の自分がいるのも全て鮫島が協力してくれたからこそだ。
高柳と天秤にかけていたが、真にパートナーでいれたのは鮫島だったのだ。
最初、頼んだときは当然のように断られた。だが何度も何度も鮫島のことを悦ばせ、その極上の快楽を永遠に与え続けることを約束すると、あいつはようやく首を縦に振った。
もちろん性的行為だけで釣ったわけではなく、変装さえすれば絶対に捕まらないと言ったのもあるが、もちろん絶対などありはしない。
それを鮫島が承知していたか今となっては不明だが、漲る獣欲の前では冷静な判断もできなかったのだろう。
それに鮫島は人に危害を加えることをなんとも思わない男だ。ドキュメンタリーの内容を聞いて、元々内在している暴力性が刺激され、更なる快楽を手に入れたと歓喜すらしていたかもしれない。
映研のOBとしてサークル部屋に来たときは暑苦しいおっさんという認識しかなかったが、一時の気まぐれもたまには起こしてみるものである。まさか本物の殺人鬼になってくれることを承諾し、本物だった殺人鬼に殺されて、本物のドキュメンタリーを撮るきっかけを与えてくれるとは思わなかった。
それにあいつは、憎たらしい動画配信者〈ミカティ〉を殺してくれた。自分と全く同じ服を着させて身代わりとして池に沈めてもくれた。リアルな人形でも良かったのだが、より本物感を追及したいと頼んだら本当に実行してくれたのだ。正直、浮くかどうか不安だったが、肺の空気か、はたまた腐敗ガスのおかげでちゃんと浮いてくれた。
〈ミカティ〉の死体はあとで鮫島が回収する予定だったが、当の鮫島がいないのでもう放っておくつもりだ。ほかの死体同様に殺人鬼の仕業となるだろう。
ずっと底辺だったくせに、たった一つの動画がバズって売れっ子配信者になった〈ミカティ〉。その途端、こちらを見下すようになったクソ生意気な女。
高校在籍時に一緒に有名な配信者になろうねと約束したが、あんなものは口からでまかせであり、自分だけ有名になれればいいと思っていた。なのに有名になったのは〈ミカティ〉だった。
態度の豹変もあって許せなかった。
ブサイクのくせに自分より人気があって許せなかった。
死んじゃえばいいと思った。
〈ミカティ〉だけではない。ほかにも許せない配信者がたくさんいる。
私よりもあとに配信を始めたのに。
私よりも喋るのが下手なのに。
私よりも退屈な動画なのに。
私よりも可愛くないのに。
私よりも。
私よりも。
私よりも。
私よりも。
私よりも。
私よりも。
私よりも。
私よりも。
ワタシヨリモ――!
自分を抑えることができなくなっていた。
いつまで続くとも分からない悪夢に終止符を打たなければならないと思った。
自分以上に再生数を稼ぐ奴らを、絶対に許すわけにはいかないと思った。
「ふふ、みてらっしゃい。すごいもの配信してやるんだから」
そう、今回の動画で全てが一転する。悪夢が去るのだ。
自分が誰よりも売れっ子配信者になるのだ。
ざまあみろ。ここまでさせたお前らが悪いのだ。
憤怒の感情を血の惨劇に変えてぶちまけてしまったのは全部お前らのせいだ。
早く帰らなければならない。
帰って動画の編集をしなければならない。
キャンプ場の惨劇にはいずれ誰かが気づく。だからその前に配信しなければならない。
落ちているライトを拾うと前方を照らし、走り始める。
鮫島の車で帰る予定だったが、運転手が死んだ以上、自分の足に鞭を打つしかない。駐車場を抜けてその先の長い道路を過ぎて市街地に入ったら、タクシーを呼ぼう。
早く。早く帰らなければ。
ぞくりとした。
走りたいという気持ちとは裏腹に足が全く動かない。
見られている。
まるで巨大で圧倒的な何かに監視され、全ての行動を把握され、心の内まで全て見透かされているような感じ。
生まれて此の方覚えたことのない異質な恐怖に気を失いそうになる中――。
城戸は自分の役割を知った。
はい、カットォ!
(了)
はい、カットォ! ~そして廃キャンプ場から誰もいなくなった~ 真賀田デニム @yotuharu
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