第5話 ヤヌアの月1日(ファンタジーVer.)

 最低限だけどわりと新年っぽい格好になったので外に出た。防寒も大丈夫。冬はやはり寒い。けれど今年は少しだけ暖かい気がする。気がするだけだけど。

「やっぱり寒いかぁ」

 ポケットから手袋を出してはめる。


 はめながら空を見上げる。

 周囲は明るくなってきていた。


 雲一つない綺麗な空色グラディエーション

 日の出前の明るさ。黒に思える濃紺が薄くなっていた。昼の空の青よりも濃い。昼も夜も、同じ空なんだ。

 特に東の空は明るくなっていた。

 オレンジも見える。

 けっこう明るいオレンジ……。


 とても綺麗なんだけれど急がなければという気持ちになる。オレンジに急かされるようにカバンから魔法の杖を出し「ポッツォ」と唱えて短距離の移動をする。

 風が起きて寒さが増す。けど歩くよりは早く行ける。もっとズバッとドカンと現場に着けば良いけれど、しょぼい魔法使いだから仕方がない。しょぼい魔法だけど使わないとブリア・ソリオルトがよく観られる場所に陽が出る前に行けない。しかもこれを何度もかけねばならない。

 なぜならしょぼい魔法使いだから。


 ありあまるような魔力はない。

 魔法を使いすぎると、せっかく溜めた魔力がなくなってしまう。年の初めからそんな大量な魔力が必要になるような状況に陥るとは思えないけど、魔力を使い切るとそれはそれは疲れる。だから使いたくない。


「しょぼい魔法使いはつらい」

 言うほどつらいと思ってないけど、今はつらい。でも急がないとブリア・ソリオルトが観られなくなる。


「あ……」

 神殿のアミュレットを思い出す。あれに魔力があるかもしれない。年に一度の特別なアミュレット。売り切れると次に買えるのは12年後。なぜなら十二の神獣が一年交代でその年を守っているから。今年はドラゴンが守ってくれる。

 カッコイイ。次のドラゴンは12年後。


 特別なアミュレットだから特別に使えるかもしれない。12年間溜めていた魔力がアミュレットに封じられているかもしれない。使えないかもしれないけれど、やってみる価値はある。

 ついでに最寄の神殿へのご挨拶もできる。


 次の移動で最寄の神殿の前をイメージする。

「ポッツォ・ラミューゼ」と唱えて近くの神殿に行く。敷地内での移動魔法は失礼にあたるから手前に出た。


 神域と普通の人の生活圏を区別するための朱色のゲートがあって、その先にオレンジ色のランプが神殿まで続いている。


 この景色、好き。青空よりも濃い目の青に暖かいランプのオレンジ。

 見とれている場合ではなく、小走りで神殿への真っ直ぐな道を行く。小さい神殿だから、それほど長くはない。点々と灯るランプにそって行くと、すぐに神域に着いて、神々へのご挨拶をする。


 目を閉じ心を整え、おごそかに手を合わせる。

「オブタークティ」

 神々に御前まで来たことを知らせる呪文。本当はもっと長いけど神職でもない一般人にはそれを短くした呪文が用意されている。これに大した力はない。人ではない何かに何かが伝わるらしい。私は神ではなく魔を学んだ。けれど神はそんな私にも祝福を与えてくれる。この国の神はそういう神。どこにでもいてどこにもいない。

 人が思うような形では存在していないというだけ。

 鐘を鳴らしてお辞儀をして献金をして参拝を済ます。


 すぐに神殿横の建物内にいる顔見知りの神官のところへ行く。

「おめでとうございます」

 私を見ると笑顔で神官が言う。顔見知りだからではなく、他の参拝者にも同じことを言っている。ただの新年のご挨拶。


「今年もよろしくお願いします」

 とりあえず当たり障りのない言葉をかける。それに神官さんには怪我をしたりするとお世話になっているからこれで間違っていない。

 私であることに気づいた神官さんの笑顔も自然になる。それを返してこっちも笑う。


「今年のアミュレット、ください」

 いつもなら他愛ない話とかするけれど、時間がなかったからすぐに要件を言った。

「こちらです」

 満面の笑顔で緑の小さなドラゴンの置物を示した。向こうも忙しいのだろう。

 口を大きく開けたドラゴンが箱一杯に並んでいた。


「お好きなドラゴンをお選びください」

 選ぶほどあるとは思わなかった。早めに来てよかった。特別なアミュレットだから人気商品で、箱一杯はあまり見ない。たまに買えない年すらある。


 よく見ると、同じ形のアミュレットにも魔力の違いがあった。年始しか売っていないし、まじまじと見ていたことがなかったから気づかなかった。

 大量な魔力が入っているドラゴンもあったし、悪事に使ったらよさそうなダークな魔力の入っているドラゴンもいた。


「スグォー ズグォー」

 今にも火を噴きそうなドラゴンが箱の後ろの方にいた。一応、一年間守ってくれる無生物アミュレットである。

「これください」

 元気でかわいい感じがした。それに必要なパワーが入っていそうだった。 


 神官は私が選んだ緑のドラゴンを神殿の包に入れてくれた。

「300ペイです」

 おさい銭の三倍。でも、思っていたよりも安い。最近、物価高で神殿のアイテムも値上がりしていた。去年と同じ金額は嬉しい。

 クマ財布からお金を出してドラゴンのアミュレットを入手した。


「ヒモを引っ張るとおみくじが出てきますよ」

 このアミュレットは運試しができる。箱に入っていた時はわからなかったけれど、ドラゴンの下に赤いヒモがついていた。

「ありがとうございます」


 神殿を出てからヒモを引っ張ると中から紙が出て来て、大吉と書いてあった。

 だから目立ってたんだ。どことなく良さそうな魔法具を手に入れた。無意味に強力そう。

 これで間に合う。


 気づくと東の空がかなり明るくなってきていた。

 急がないとやばい……。いや落ち着け。それは毎年思っている。あれで意外とすぐには出ない。でも急いで新年の大吉ドラゴンパワーを使ってブリア・ソリオルトが観られる場所へ数回の転移魔法をして移動した。


 やっぱ、大吉パワーは違う。

 思っていたよりも早く着いた。皆との合流はできなかったけれど、ブリア・ソリオルトが観られる場所に来た。


 もうちょっと移動しても良いのだけれど、ここからしばらくは岩陰になってブリア・ソリオルトが観られなくなる。おそらく友人たちはその先のもっとよく観られる場所にいるとは思うが欲を出してブリア・ソリオルトが観られなくなってはいけない。


 そこで待つことにした。

 ブリア・ソリオルトを。


 広い大地。毎年ブリア・ソリオルトが出てくる場所が明るくなっている。

 それを観ようとしている人がたくさんいた。


 いい場所はないかとざっと見て回る。

 隅っこよりも、橋の上がいいかもしれない。大きな川が流れているところに橋が架かっていて、その上にも人はいるけれど、他よりはマシだった。

 とにかく人が多い。


 川の向こうの緑の大地の上から太陽が昇る。

 少し高台だから、気持ち早く観られる。


「ここでいいかな?」

 だだっ広い緑が広々と見える場所。 

 その向こうが明るい。少し上の雲がかなり濃いオレンジになっている。


 しかし騙されてはいけない。

 ただの光の反射の場合がある。それに何度騙されたことか。じっと待つ。まだか? まだなのか。


 まだ?

 そして、カメラを用意していなかったことを思い出す。


 慌てて杖を出す。

「スティグミ・ウフ」


 連写の準備を終えると、それを待っていたかのように明るいオレンジの球体の上が出てくる。人々のざわめきが聞こえてきた。大騒ぎが起こる年もあるけれど、今年はややおとなしめな音だった。


 日の出の半分くらいを連写して、あとはゆっくりと眺めた。

 今年、初めて昇る太陽。昨日とほとんど同じなのに、今日は特別な日で、みながそれを観たいと思っている。


 おめでたいことらしい。これが観られれば、なにか変わるのだろうか? 変わるのかもしれないし、変わらないのかもしれない。これが原因で何かが変ったとしても、私にはわからないかもしれない。


 それでも毎年わざわざ観に来る。

 別の日ではなくてヤヌアの月の1日目に。


 陽が全部出て、丸くなったのを確認して、杖で友人たちに連絡した。


 


《ファンタジーになってない気がするけれど 了です》

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新年の日記をちょっとだけファンタジーにしてみる 玄栖佳純 @casumi_cross

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