第4話 ヤヌアの月1日目(ファンタジーVer.)

 目が覚めても、辺りは暗かった。

 まだ陽は昇っていない。でも間もなく空が明るくなってくる。


 ベッドから起き上がり、枕元のランプを付ける。寝る前と同じ景色。いつもなら起きない。この時間なら絶対にまた寝る。眠くて仕方がない。けれど、ここで眠ったら次に起きるのは陽が昇った後だろう。

 そうなってはいけない。


 なぜなら今日は一年ではじめの月のはじめの日。

 その日に昇ってくる太陽。それが現れる瞬間を観ると良いことがあるらしい。何が良いのかわからない。でも観ると縁起が良いと私が生まれ育ったソーンラウト皇国では言われている。


 何が善いのかは知らない。でもそう言われている。

 毎年の習慣。ただの慣れ。


 太陽など毎日昇っている。天気で左右されることもあるが、毎日やっている天文イベントをどうしてわざわざ観に行かねばならないのか。ソーンラウト皇国は一番が大好きで、かなりの人数が初めの太陽を観に行く。だから混む。早朝なのに、ぎゅうぎゅう詰めである。


 混んでいる場所に行くのも好きではない。そんなことより暖かい布団にくるまれて安らかな惰眠をむさぼりたいという気持ちもなくはない。


 でも観たい。

 あの黄金に輝く陽の光。


 なんだかんだ言っても、このイベントは楽しみにしている。「寒いから嫌だ」と幼馴染のキアラには言った。だがしかし、楽しみなのである。


 だから起きる。

 起きねばならぬ。


 ベッドから出ると、冷たい空気が頬に当たる。

 寒い……。戻りたい。でも戻ったら最悪な結果になる。


 枕元の時計を見る。

 想像していた時間よりも遅い。そういえば、目覚ましの魔法を何度か止めた記憶が頭の片隅に残っていた。いつも起きれないから、あらかじめ魔法を何度もかけていた。


 これでもがんばったのだ。

 遅いけれど、まだ陽は昇っていない。


 毎年一緒にブリア日の出ソリオルトを観るキアラや他の幼馴染たちとの待ち合わせ時間がやばい。


 慌てるな。

 頭の中で、待ち合わせ時間にキアラや他の幼馴染たちに会えるルートをシミュレーションしてみる。それには全てを諦めてパジャマのまま出かけることになる。

 ブリア・ソリオルトを頭ボサボサでパジャマで観ろと?

 早朝は寒いのだ。そのこともきちんと考えに入れなければ。


 ムリ。キアラたちとブリア・ソリオルトを観ることは諦めよう。別に珍しいことではない。ソーンラウト皇国は時間をきっちり守る国民性だが、全員が守るとは限らない。その守らないのが私である。


 必要最低限の身だしなみと最大の寒さ対策。これを整えてひとりでブリア・ソリオルトを観ることにする。正装はできないけど普段着よりはましな服を選ぶ。ましな服の中でも暖かい服。寒さはダメ。動けなくなる。


 それから魔法の杖を魔力充填スポットから出す。杖なしでもある程度はなんとかなるが、あった方がいろいろできる。

 杖は魔力を増やすブースター。ソーンラウト皇国の民は魔法が使える。もちろん個人差はある。私はそこそこ。天才的ではないが、まったくないわけでもない。普通の魔法の専門学校を普通の成績で卒業した中途半端な魔法使い。


 呪文を唱え、杖を小さく振って念送信。キアラに『遅れる』と連絡したかった。私程度だと、受け取る相手も魔法の杖を準備してくれないとできない。持っているだけではダメ。何度か魔法をかけたが、キアラの魔法の杖は受信の準備ができていなかった。

 しかたがないから文字を送る。そういう魔法もある。音と文字でやや術式が違うけれど、それならお互いの時間を拘束することなく伝わる。ただ相手が気が付いてくれないと伝わらない。


 とりあえず『遅れる』という文字は送った。これに気づかなくても、待ち合わせ時間に待ち合わせ場所にいないことで察して先に行っててくれるはず。もしかしたら、もう移動していたから受信できなかったのかもしれない。

 まだ待ち合わせ時間前なのに、もしかすると私が遅刻することを予測していて先に行っているのかも。キアラには未来予知能力あるし。

 そんな魔法は使わなくてもわかるのかもしれないけど。


 それから魔法の杖を革製のカバンの取り出しやすいところに差し込む。カバンはいつもよりもちょっと上質。ブリア・ソリオルトはお祭りのようなものだから、いつもよりも少しづつ良い物を用意していた。ただ財布はいつも通り。中身が心細い布製財布。ただちょっと凝っていて、月の女神の守護獣クマの形をしている。マスコットのような形状で、頭からお金を出し入れできる。それをカバンに入れる。

 魔法がつかえても、魔法で買い物はできない。お金は必要。


 いくら魔法があふれていても、物が欲しい時はお金を支払う。ソリオルトが観える場所には屋台がいたるところに出ていて、それを食べるにはお金がいる。私のクマの財布の中身は少ないが、外見でその淋しさが紛らわされる。中身を増やす魔法はかかっていないが、嬉しい気持ちになるある意味、魔法の財布。


 そもそも、ブリア・ソリオルトは神々に感謝する儀式のはずだった。

 山々の向こうから姿を見せる太陽に感謝するための。けれど最近はお祭り騒ぎが中心になっている気がする。日が昇ると、その後は飲めや歌えやみたいな騒ぎになる。

そして申し訳程度に神殿に行き一年の息災を祈る。


 あまりそれに時間はかけないが、もしかすると神殿に参拝する方がメインなのかもしれない。普段あまり考えていないが、よく考えてみるとそんな気がする。記憶の片隅にそんな勉強をしたようなしなかったような。まあ、気にしなくても良い。

 一年の初めの日に昇る太陽を観れれば、年の初めのイベントはなんとかなる。


 一応、神殿に行き、その時に献金もする。大金はいらない。できる金額を献金箱に入れる。お心づけというらしいが、たまに献金箱の中が見えてしまうことがある。いつもは入れたお金が見えないけれど、年始は大きな献金箱になり仲が見える。そこに紙幣が入っている時があり、『それがお心づけの金額なのか?』と驚くことがある。


 ずっと昔は紙幣の最高額のユキチ紙幣が献金箱に入っていたことがあった。私が小さな頃の話。でも今は最低額のヒデヨ紙幣が多い。

 キアラも「ソーンラウト皇国も経済力なくなっちゃったよね」と言っていた。


 ソーンラウト皇国も昔は世界第二位の経済力を持っていたらしい。授業で習った。でも今は大国にバンバン抜かれ、小さい国にも追いつかれて抜かされてる。

 ソーンラウト皇国は軍事ではなく手先の器用さを生かした経済大国だった。しかしそれも今となっては伝説に近い。


 私はヒデヨでもさい銭箱に入れる度胸がないのに、ユキチが入れられていた時代があったなんて。ユキチがあれば欲しい物をたくさん買いたいと思ってしまう。私は多くて銀貨。それも二番目に小さい百ペイ。

『自分の身の丈に合った献金で良い』と、守護精霊も言ってくれる。


 献金しなければ信心が足りないわけでもない。献金が多ければ受けられる神の御慈悲も大きいというわけでもない。私は神官ではなくて魔法使いなので神々うんぬんはよくわからない。献金が多ければ神殿は立派になるだろうけれど、それで神様に願いが通じるかどうかは知らない。

 ただそれだと神官様に申し訳ないので、おめでたいものは買う。なんだかんだで顔なじみにもなってるし。


 そういえば、5000ペイのヒトハ紙幣はあまり見ない。やっぱりソーンラウト人は1が好きなのかもしれない。ユキチは1万ペイでヒデヨは1000ペイだ。


『そんなことより早く支度をしろ』と私の周りをふよふよ飛んでいる守護精霊に言われた。

 それもそうだ。


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