いつもの挨拶
青いひつじ
第1話
街は、おもちゃ箱をひっくり返したみたいである。
世界中の人々が浮き足立つ、こんな日にも私は仕事である。
今日くらいは休ませて欲しいとお願いしたのだが、今夜は外出する人が多く、いてくれるだけで大丈夫からと説得された。
私なんて居ても居なくても、誰も気づかないだろうと、そんなことを思いながら重い足取りで職場まで向かう。
そう。彼に比べれば。
勤務先には別に、いつも明るく眩しい、みんなのアイドルのようなバイトがいる。
「あ、お疲れ様です。交代の時間です」
「あ!お疲れ様です!それでは、こちらで失礼しますね!夜の部、よろしくお願いします!」
交代時にはハイタッチするのが決まりである。
「朝の部は忙しかったですか?」
「そうですねぇ。今日は雨が降っていたので、乾かすのに時間がかかってしまいました。はは」
とは言いながらも、下を覗くと街は綺麗に乾いていた。
明るく、暖かく、仕事もできる。
やはり私には、到底手の届かない存在である。
「それはそれは、お疲れ様でした。
それでは、良い年末を」
挨拶をし、すれ違ったその時、「はぁ」と、小さなため息の音が聞こえた。
「どうしたんですか?」
声をかけると、こちらを向き、私をじっと見つめた。
「あなたは、とても美しい」
急な言葉に動揺したが、今日の化粧ノリがいいと褒められているのか、はたまた告白なのか、私は瞬時に考えた。
確かに今日は、新作のクッションファンデで陶器のような肌に仕上がった。
それにしても、そんなことを言われたのは初めてだった。
「あ、その、、。なんて返せばいいのか。言われ慣れてないのもので。、、、ありがとうございます」
「周りはみな、あなたを美しいと言います。
人々は、暗闇であなたを探し、恋をしたらあなたを見つめるそうですよ。素敵ですね。
あなたのようならいいのにと、そう思います」
「何をおっしゃいますか。地味な存在ですよ。みな、私には気づきませんから。
一方あなたは、人々を照らすアイドルのような存在ではありませんか」
「しかし最近では、私が存在するだけで、多くの人が倒れてしまうそうなんです。今年の夏は、過去最高人数だったそうです。
どれだけ近づこうとしても、私に近づくことは決してできないのです。私を見つめることもできない」
そう言うと、また少し肩を落とした。
「明るい人気者だなんて。本当は、ずっと孤独なんです。
実は、この仕事を辞めようかと考えています」
「そんな、辞めるだなんて。みな、あなたから生きる力をもらっているんですよ。あなたが居なくなったら、誰がこの世界を照らすんですか」
気づけば、手を握っていた。
「私は、誤解していたようです。
あなたは眩しくて、人々を照らし、悩みなんて何も無くって、どんな時も輝き続けていると、そう思っていました」
私には、本当の姿が見えていなかったようだ。
「どうやら私たちは、相手の持っているものを羨んで、大切なことを見失ってしまうみたいですね」
私は、握っていた手をそっと離した。
「来年も、あなたらしく輝き続けてください。それでは」
そして、私たちはヒラヒラと手を振り、それぞれの行くべき場所へと向かった。
ただの交代の挨拶のつもりが、なんだか長話をしてしまった。
私は小走りで向かった。
「おかあさん!みてみて!まんまるつきだよー!」
「あらほんとね。綺麗なお月さまね」
いつもの挨拶 青いひつじ @zue23
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