報告


 翌日の朝、秘密裏に手紙が届いた。

 城へ呼び出す旨の内容が書かれており、すでに本日の昼間に謁見することが決められていた。


 昨晩の報告書を読んで、俺から直接詳しい話を聞きたいのだろう。

 こちらの予定などお構いなしに呼び出されるのは仕方ないが、随分と急な決定だなと思った。


 焦っているのだと思う。

 国に大罪人が潜んでいるから、という理由だけでは薄い。

 もっと別の、なにかしらのワケがあるのだろう。


「あれ、アルくん。どこかお出かけ?」


 一階の広間に降りたらフィーナがいた。

 他の従業員は近くにいないらしい。


 まさか一人で起きたのか?

 ……珍しいこともあるもんだ。明日は弾丸の雨でも降るんじゃないか?


「ああ、ちょっとした用事ができてな。何時に終わるかわからないから、ご飯は先に食べておいてくれ」

「はーい! 行ってらっしゃい。気をつけてね!」


 フィーナに見送られ、酒場を出る。

 王城までの道のりは当然把握している。酒場からの大通りを真っ直ぐ歩けばすぐなのだが、どこで大罪人に見られているかわからないため、今回はあえて遠回りで城へ向かう。


 もちろん城へ入る時も裏口を使う。

 そっちの門番とは顔見知りなので、すぐに通してもらえた。


 話はすでに通っているらしい。

 城に仕えている使用人に案内されて謁見の間に到着し、軽く身支度を整えて扉を開く。


「騎士アルファスト。呼びかけに応じ参上いたしました」


 陛下の眼前まで進み、膝をつき頭を下げる。


「うむ、よくぞ参った。急な呼びつけ、すまないな」

「とんでもございません。陛下の命に従うのは騎士の務め。いついかなる時も馳せ参じるのは当然のことでございます」

「そうか。従順な騎士を持って嬉しく思うぞ」

「──ハッ! ありがとうございます」


 挨拶はそこそこに、本題へ入る。


「今回呼びつけたのは昨晩の報告書についてだ。貴殿の調べ上げた情報を今一度、この場にいる全員に聞かせてもらえるだろうか」


 俺は酒場に潜入した初日から今現在までに得た情報、それを踏まえた俺自身の考えを述べた。


・昨日の調査によって、大罪人が潜んでいるのは確かだろうということ。


 これは間違いないと確信している。

 酒場から渡された紙切れは、あの空き家を示していた。あのような渡し方、隠し扉と通路。怪しいことをしていますと言っているようなものだ。

 誰か──酒場に潜む大罪者が何かしらの目的を持って、裏で操っていると考えるのが妥当だろう。


・その人物が誰なのかは、まだ分かりきっていないこと。


 怪しいと思う者は候補に上がっている。

 それでもほんの少し怪しいと思うだけで、確信には至っていない。

 疑いの目を向ければ全員が怪しいと思えてしまう。だが、あの酒場にいる従業員はもう俺にとって大切な仲間だ。だから見極めは慎重に行うべきだ。決して間違えてはならない。


・現時点では酒場裏にある空き家以外に手がかりはなく、さらなる調査と助っ人が必要だということ。


 酒場で手渡された紙切れを持った怪しい客が、酒場裏の空き家に入っていくのは確認済みだ。そこにあった隠し扉の先には通路が伸びており、さらにその先には小さな扉が現れた。扉の際から聞こえた複数人の声。内容は聞き取れなかった。

 大罪人がいるとすれば、あそこだろう。

 だから助っ人を申請した。これには陛下も理解を示してくれるはずだ。


「以上で報告を終わります」


 左右に並ぶ騎士団の皆は、どうしたものかと頭を悩ませているようだ。


 大罪人は国を滅ぼすほどの戦力を保有している。

 俺一人だけで奴の討伐に向かわせるのは、流石に厳しいと理解しているのだろう。


 手助けはしてやりたい、だが大罪人相手では死闘になる。

 戦力になりそうな部隊を組ませたところで、返り討ちにされ壊滅する恐れがあるのだ。最悪、騎士団が崩壊する。人選に悩むのは当然だ。


 だからって討伐を諦める選択肢はあり得ない。


 大罪人を放っておけば国が滅びる、討伐に失敗したら大罪人の恨みを買い国は滅びる。

 この場にいる騎士団、そして我が国に滞在するギルドの冒険者を総動員してでも、討伐隊を組むべきだ。


「……なるほど。貴殿の主張は理解した」


 陛下は長考の末、重苦しい息を吐き出した。


「騎士アルファストは引き続き調査を続けるのだ。新たな情報が手に入り次第報告せよ。話は以上だ。下がってよい」

「…………は……?」


 これで、終わりだと……?

 てっきり今後の動きについて会議が始まるものだと思っていた。


 これは早急な判断と、入念な計画が必要な問題なのだ。

 決して軽んじていい話ではない。


 あまりにも、のんびりしすぎだ。


 陛下は何を考えている?

 まさか大罪者の悪行を軽視しているのか?


 ……いいや、そんなわけない。

 陛下のことだ。何か考えがあってのことだとは思うが、それにしたってこの判断には賛同できない。


「陛下。御言葉ですが、大罪人の調査は私一人でどうにかできる問題ではありません。せめて今すぐ空き家の調査だけでも」

「アルファストよ。現状では我々にできることはない。引き続き調査するのだ」

「っ、く……御意に」


 陛下の考えは変わらない。

 これ以上の説得は不可能だと判断した。


 俺は騎士だ。

 陛下が「やれ」と命ずるのであれば、従うのみ。

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貪欲なる毒竜の酒場へようこそ! 〜世界を滅ぼしかけた大罪人たちが酒場経営を始めたみたいです〜 白波ハクア @siranami-siro

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