些細な違和感(3)
階段を降りた先には細い通路が伸びていた。
二人の成人が横に並んでギリギリ通れる程度の幅で、一定間隔でランプが吊り下げられている殺風景な通路だ。
途中、何らかの罠があるのではと警戒しながら進んでいたが、それらを見破る魔道具は一切の反応を示さず、ただただ道が続いている。
奥には何があるのだろう?
いかにも『何かありますよ』という雰囲気で用意された隠し通路なのだ。この先には何もなかった……なんてことはあり得ないだろう。
「──っ」
微かに風が吹いている。
出口が近いのだろう。俺は警戒心を一段階引き上げつつ歩みを進めた。
やがて終着点だと思われる扉の前にたどり着く。
中からは数人の話し声が聞こえてきた。
……だが、話の内容は聞き取れない。音声遮断の魔法を使っているのか、聞き耳を立てても変な雑音が紛れ込んでしまい何一つ理解できなかった。
密会している者達の素性も知らず、それが男の声なのか女の声なのかさえ判別できず、わかったのは複数人いることのみ。
だが、きっとこの先にいるのは────。
「……くっ、引き返すしかないか…………」
本音を言えば強引に入り込み、関係者全員を取り押さえたかった。
だが、敵は複数人いて戦力も未知数。こちらは何もわかっていないのだ。そんな状況で制圧しにかかるのは危険だと判断した。
「しかし、確実に一歩近づいたぞ」
気がついたのは、ほんの些細な違和感。
思い違いなのかもしれないと自分自身を疑った瞬間もあったが、やはり己を信じてよかった。
まだ何かあるとわかった程度のことだ。
だが、何かがあるとわかっただけでも十分な意味がある。
──待っていろ。
いつか必ず、貴様らの正体を暴いてやるからな。
◆◇◆
あの後、俺は酒場に戻り、陛下への報告書を作成した。
酒場で怪しい動きを見つけたこと。
密会の場所を特定したこと。
俺一人では戦力面に不安があるため、応援が欲しいこと。
それらを文面に記し、すぐさま送り届けてもらえるよう伝書鳩を飛ばした。
……これで数日待てば手紙が返ってくるだろう。
それまでは俺も普通の従業員として過ごす。
あの場所をもっと調査したいのは山々だが、扉の先に大罪人がいるかもしれない以上、下手に手を出して事を荒立てられない。
奴は一夜にしてかのヴァーハルト監獄を崩した罪人だ。相当な実力を持っていることは明らかで、その上誰かを殺すことに罪悪感を感じない殺人鬼なのだ。最悪の場合、正体を明かされ逆上した大罪人によって、他の従業員やこの周辺に住む市民が危険に晒される可能性もある。
この件は、慎重になるべきだ。
たとえ牛歩でもいい。
一つひとつ確実に証拠を集め、大罪人の正体を暴く。
それさえ果たせば、俺の働きにも価値があったと言えるだろう。
……だが、きっとフィーナ達は悲しむだろうな。
仲間だと信じていた従業員の一人が冷酷な殺人鬼だったら、誰でも裏切られたと憤り、それ以上に彼女らは悲しむだろう。
そうなる未来を考えて、ほんの少しだけ……憂鬱になった。
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