些細な違和感(2)


 さて、ルティナから情報を得る作戦は失敗してしまった。


 ──客の謎の行動には何かしらありそうだ。

 というのはほぼ確信しているが、まだその真相を明かしたわけではない。


 他の従業員にも聞き込みをしようと思ったが、最も気軽に会話できそうなルティナで失敗したのだ。俺の話術ではあれが限界だと悟り、無理はしないことにした。


 もとより、俺は会話での駆け引きや交渉が得意ではない。

 どちらかと言えば戦闘のほうが得意で、過去に得られた賞賛の声も魔物討伐での戦績がほとんどだった。


 ……正直に言ってしまうと、今回の任務は俺向きではないと思っている。


 陛下から任務について聞かされた時も、なぜ俺なのかと疑問を抱いた。

 頭を使う難しいことは別の者に任せていたため、自分には荷が重いと感じていた。

 もし正体がバレた時は、大罪人との戦闘になる可能性も考えられる。そのため多少は戦闘能力に長けた者が派遣されるのも納得できる。


 だが、それは最悪の場合だ。


 あくまでも今回の任務は調査のみ。

 調査に失敗して戦闘にならないことを重要視するべきだから、余計に俺を向かわせた陛下の考えがわからなかった。


 ──陛下は、俺に期待しているのだ。

 そう思い任務に向かったが、やはり適任は俺ではなかったと今でも思っている。


 現に、半月が経過して見つけられたのは些細な違和感のみ。

 これについて会話から聞き出そうとしたが、それも失敗。


 他に残された手段は──客の尾行だ。


「フライドポテト小盛りを、全ての味で頼む」


 ──来た。

 何日か待ち続けて、ようやく標的が現れた。


「……それでは味が濃くなってしまうぞ?」

「いや、それで大丈夫だ」

「了解した。少し待っていてくれ」


 カウンターへ戻り、注文を告げる。

 厨房の奥からの元気な声を聞き届け、やるべきことを終わらせた俺はすぐさまフィーナの元へ駆け寄る。


「すまない店長。なんだか体調が悪いようだ。今日は早めに休ませてくれないか?」

「えっ!? 大丈夫なの?」


 驚きの声を上げた後に心配そうな目で見つめられてしまい、良心がほんの少しだけチクッと痛む。

 だが調査のためだ。背に腹は変えられない。


「頭痛が酷くてな。熱も……少しあるようだ」

「そっかー……うん。ちょうどお客さんも少なくなってきたし、今日はもう休んでいいよ。あとでお薬持っていこうか?」

「いいや。自前で持っているものがあるから大丈夫だ。すまないな」

「大丈夫だいじょうぶ! 最近は頑張ってもらってたし、念のため明日もお休みにしていいから。ゆっくり休んでね!」


 頭を下げて、自室に戻る。

 作戦は上手く行った。フィーナや他のみんなには申し訳ないが、今回ばかりは許してほしい。


「……急がねば」


 俺の観察が間違っていなければ、あの客達は急いでポテトを完食し、すぐに会計を済ませて酒場を出るだろう。

 事前に準備していた変装用のローブを羽織って、窓から外へ飛び出す。


「やはり出てきたか」


 酒場の出入り口を見張ること数分。

 先程の客が会計を済ませて出てきたので、少し離れながら彼らの後ろ姿を追いかける。


 今回の標的は二人だ。

 どちらも男。

 片方はガタイのいい体格で、大きな斧を背負っている。

 もう片方は細く痩せていて一見弱そうに見えるが、歩き方は戦闘に慣れた者のそれだ。


 二人は途中で別れる様子もなく、夜道を淡々と歩いていた。

 時折手に持っている紙切れを確認して、キョロキョロと周囲を見渡している。何度か様々な方角を指差しながら話し合い、足早に右へ左へ街中を歩く。


 おかげで後を追うのが大変だった。

 彼らが進むのはどれも人通りが少ない細道ばかりで、しかも無駄に迷路のように入り組んでいる。そのせいで何度か見失いかけた。


「……ここか」


 と、ようやく目的地に着いたらしい。

 紙切れとその建物を交互に見比べた二人はお互いの顔を見合わせ、中へ入っていく。


「って、ここは……」


 たどり着いた場所は、酒場の裏手にある寂れた建物だった。

 ここに来て一度も室内の明かりが灯っているのも見なかったため、もう誰も住んでいないのかと思っていたが……。


 おそらく過去に同じ注文をした客も、酒場での会計を済ませた後にここへ来ていたのだろう。

 ──何らかの方法で手渡された道案内の紙切れを持って。


 そう推測すれば辻褄は合う。

 不思議な注文。客の怪しい行動。そして複雑な順路の先にあった酒場裏の建物。


 きっと、ここが密会の場なのだろう。


 この先に大罪人がいる可能性が高い。

 ゴクリと生唾を飲み込み、罠を警戒しつつ扉を開ける。


「…………なんだここは」


 どうやらここは昔に閉店した喫茶店のようだ。


 何年も手入れされていないのか、中はボロボロだった。

 床は所々抜けていて、テーブルや椅子は横倒しのまま放置。カウンターに置かれた酒瓶のほとんどが割れており、漏れ出た中身も乾ききっている。当然清掃もされていない様子でそこらじゅうに埃が舞っている。


 そんな中、一部だけ埃をかぶっていない空間を見つけた。

 カウンター席のすぐ隣にある壁だけ妙に何もなく、もしやと思い押し込んでみると────


「隠し通路か」


 壁は回転扉のようになっていて、扉の先には地下へ向かう階段が伸びている。

 おそらく、先程の二人もここを通ったのだろう。


「……すぅ……はぁ…………」


 ここで失敗すれば何もかもが無駄になる。

 深く呼吸をして、緊張している心臓を落ち着かせた。


「……よし、行くか」


 覚悟は決まった。

 細心の注意を払いつつ、俺は階段を降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る