些細な違和感(1)


 酒場で働き始めて半月が経過した。

 この店は周囲からの評判もいいらしく、夜になれば毎日大勢の客が入れ替わり立ち替わりでやってくる。


 きっと、従業員の顔がいいのも客受けがいい理由なのだろう。

 俺から見ても美女が揃っていて、ザインも中性顔のため時々女性に間違えられている。

 彼女らによる接客や、提供される料理の質がいいことも人気の理由だと思うが、男連中の半分以上は彼女らの容姿を眺めるために来ているのだろう、と俺は睨んでいる。


 接客をしていると、時々聞こえてくるのだ。

「お前は誰推しだ?」という声が。


 最初のほうは『推し』という言葉の意味を知らなかった。

 あとになってマギサに詳しく教えてもらったら、好意的に見て応援している者のことを『推し』と呼ぶらしい。


 ちなみに、一番人気はフィーナだ。

 やはり皆もあの純真無垢な笑顔に癒されるのだろう。

 フィーナは女性からも人気らしく、頻繁にお菓子の差し入れを貰っていた。その度に嬉しそうな笑顔でお礼を言われていた女性陣の目線は、もはや保護者同然だったな。


 とまぁ、そのような言葉が囁かれることから、接客や料理などの酒場としての評価や人気だけではなく、従業員目的でやってくる客も一定数いることがわかった。


 …………って、違う!


 そんなことのために彼女達を眺めていたわけじゃない。

 本来の俺の役目は、この酒場内に潜む大罪人を探し出し、可能であれば断罪することだ。


 だが、そっち方面の収穫は正直、あまり進んでいるとは言えない。

 大罪人も警戒しているのか中々尻尾を見せず、怖いくらいに皆との日常に溶け込んでいる。


 大罪人の噂なんて嘘だった。

 そう言われたほうが、まだ納得できる。

 だから俺は頭を抱えることになっていて、挙句にはどうでもいい情報ばかりを入手する羽目になっている。


 しかし、収穫が何一つないわけではない。


 この半月で俺なりに頑張って接客と料理をやっていた。

 そんな時、あるおかしな点に気づいたのだ。


 時々、妙な注文をしてくる客がいる。

 それは決まって、とある料理名を頼む時に出てくるのだ。


 当店では様々な種類の料理を楽しんでもらえるようにと、軽食を主に扱っている。

 その中でも特に人気なのは『フライドポテト』だ。子供から大人まで幅広く食べられていて、毎日百件以上の注文が入る。店によって芋の切り方によって食感が違って、揚げる大きさによって様々な派閥に分かれるほど人々を魅了している。その日の気分によって異なる店に通うマニアもいるらしい。ちなみに俺は細切り派だ。


 と、つい熱中してしまったが本題に戻ろう。


 その料理を注文する際、客は味付けを選ぶことができる。

 当店では五種類から選べるのだが、全種類を注文する客に何度か遭遇することがあった。


 これだけなら「ただ酔っ払いがふざけて言っているだけだろう」と思うかもしれないが、不思議なことにそれを注文する客は決まって小盛りを頼む。

 客一人だろうと団体だろうと関係なく、全種類の小盛りだ。

 一人で注文した者には「味が混ざってしまうぞ」と念のため注意し、団体客には「大盛りのほうがお得だが」と勧めたのだが、どちらも理解したうえでの注文だと言い切った。


 それに加えて、彼らはそのポテトを食べ切った直後に会計をして店を出てしまうのだ。

 まるで、何かを急いでいるように。


 不気味なほどに違和感のない酒場での、ほんの些細な違和感。

 それを俺は、気のせいだと一蹴することができなかった。


 だから俺は聞いてみることにしたんだ。


「なぁルティナ」

「我が右腕よ。ここでは師と呼べと言っているだろう」


 料理のことなら彼女以外に詳しい人はいない。

 そう思い、夜間営業が終わり椅子にのんびり腰掛けているルティナに質問を投げかけた。


「フライドポテトに五種類の味付けがあるだろう?」

「そうだが、それがなんだ?」

「あれ、どれも美味しいよな」

「……ふむ、それは当然だ。我がしっかりと分量を測り、薄すぎず濃すぎずの完璧な分量で調整しているのだからな」


 ドヤ顔になるルティナ。

 料理に対する彼女の努力は認めるが、今はそれを誉めている場合ではない。


「あれは味の種類が増えるほど、味付けの粉もその分入れているのか?」

「そうだ。味の数によって粉の量を調整するのは、流石に面倒だからな」

「ということは、だ……全種類の味では、どうしても味が濃くなってしまうと」

「その通りだが、なんだ? なにが言いたい。言いたいことがあるならハッキリと申してみよ」


 誘導するような会話に、ルティナも眉を顰め始めえる。

 これ以上は逆に怪しまれてしまうと感じた俺は、もう単刀直入に聞いてしまうことを決めた。


「さっきの営業時間に、全種類の味を小盛りで頼む客がいたんだ。やはり変だよな?」

「……さぁ、別におかしなことでもないだろうさ」


 と、ぶっきらぼうに返されてしまった。


「様々な店では客自身が好きな味の果実水を注ぐことのできる台座があるだろう? 其方、幼少期にそれらを混ぜたことは?」

「…………興味本位で、何度か」

「それと同じだ。全部混ぜたらどのような味に変化するのか。そのような幼い心を宿し続ける大人がいても、何ら不思議ではない」


 彼女の例えはとてもわかりやすく、すんなりと納得できてしまう説得力があった。


 ……これには反論できないな。

 素直に負けを認める。これ以上の詮索は不可能だろう。


「それもそうだな。すまない、つい気になってな」

「……ふっ、構わぬ。だがまぁ、我は一つの味を楽しむほうを強く勧めるぞ。全てを手に入れようとする者は、いつかその欲と共に破滅の道へと導かれるだろう」

「ああ、その意見には同意するよ」


 苦笑して、席を立ち上がる。


「話を聞いてくれてありがとう。俺はもう寝るよ」

「うむ。暗き誘いに惑わされぬよう、精々足掻くといい」

「ああ、おやすみ」


 今のは「おやすみなさい。寝坊したらダメだよ」という意味だ。

 ……どうやら俺も、ここでの生活に慣れてきたらしい。

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