穴埋め部、解決する

「なんや人がせっかく、罪を認めてるのに」

 そう言いつつ、大菱さんの目は泳ぎ、指は何かを取り繕うように絡み合っていた。まさしく告発された「犯人」に相応しい。

「この推理を思いついてからずっと気になってて。どうして大菱さんは、トコちゃんを隠さなかったんだろうって。事件からすごい時間が経ってるのに、回収する暇もなかったとは思えない」

「咄嗟のことやぞ。そんな冷静に頭働かせられるか。それに、どこでなくしたかも分からん」

「そうですかね。普通、犯行の後にトコちゃん紛失に気づいたら、気が気じゃないと思いますけど。それに、あれを身につけてロッカーに潜んでいるのも、なんだか不思議でした。で、考えてみたんです。大菱さんが本当に犯人に、なり得るのかって」

 大菱さんの顔は、蒼白だった。私は妙な納得感を得て続けた。ここから先は、トコちゃんを無視した推理を続ける。

「侵入にテニスコートを使ったことは間違いないとして、問題は出るときです。内側からは鍵がなくても開くけど、施錠して出るのは無理です。でも、爆発物の捜索があると分かっていて構内に残るとも考えにくい。だから扉は開けっぱなしにするしかありません。朝練習に来た人は、不審がるはずです。いや、もっと最悪なのが、部員と鉢合わせることですね」

「……それは、仕方のないリスクやな」

「トコちゃんの一件と併せると、別の考えが浮かびます。大菱さんは誰かを庇って、自ら偽の証拠をでっち上げたのではないか。そしてその誰かは、トコちゃんによって除外された人間。かつコウテイの人間。テニスコートの扉を、朝一番に開ける人と鉢合わせにならないのは、当人だけです。硬式庭球会会長の、宮織さん」


 大菱さんの情緒はまるで台風だ。最初は静けさがあって、先刻荒れて、今は、凪いでいる。諦観のなせる様か。

「トコちゃんを偽造したのは、私が宮織さんに辿り着きかけたからですか」

「ああ。あの人と出くわしたせいで必要な情報が揃ってしもた」

「それでこう考えた。自分が犯人ということにすれば、殿村さんの保身が働いて握り潰せると。宮織さんとそんな仲良いとは思えませんけど、弱みでも握られてますか?」

「まあ、近いな」

 その内実を話すことが、どうやら最も躊躇われるようだった。正直、是が非でも爆破予告犯を白日の下にさらす、なんて気概はない。けれどそこに隠れた罪が――例えば、コウテイが犯したような、誰かの尊厳や人生を踏みにじることであれば、どうだろう。私は、戦えるだろうか。少なくとも、戦いたいとは思うけれど。

「あの人と同じ講義を受けてるって言ったやろ。それで、一緒にカンニングをしてな」

「はあ」

 張っていた糸が、途端にたわむ。

「爆破予告がバレたら過去の試験とかも疑われるやろ。結構俺と解答似てんねん。だから、あの人が捕まるわけには……」

 大菱さんはやっぱりしょうもない人だ。安心した。やったことはアウト寄りのアウトだけれど、私はそれを責める立場でもないから、と逃げてみる。

「責任取って今回の記事大菱さんが書いてくださいね。あとはスタバの新作で見逃します」

「……ほんまか?」

「まあ、同じ部署のよしみってことで」

「松山まで行かなあかんのか? ギフトじゃあかん?」

「自分の立場自覚したらどうです?」

 特急で片道一時間半三千円。田舎の貧乏学生をいじめすぎただろうか。最悪LINEギフトでもいいや、と内心で付け加える。

 私はどうやら、このワトソン適性のある先輩を、少しは気に入っているらしい。

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大学生が爆破予告犯を全力で特定してみた バブル @bubbleandbubble

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