第4話 さて、歴史を変える旅の始まりだ

「あん時は、よくも禁呪なんて発動してくれたよなぁ……!」

「そうだよ。呪いがあるのに、君はどうして影響を受けてないんだ!? それに、その姿は一体……? 君はとっくに天寿を全うして、全く新しい別の人生を歩んでいるはずだろう!?」

 あぁ、と思わず唸るような声を出す。

 忘れたって、忘れられる訳がねぇだろうが。


「一度別の世界で生まれて、またこっちに戻ってきたんだよ。ポンコツ女神のクソみてぇな条件をクリアしてな」

 レジェロの存在を思い出した時の、悲しみ、絶望、そして自分への激しい憎悪。自分てめぇを殺してやりたいほど憎んでも、既に俺は死んでいる。

 やり場のない怒りと後悔を抱え、年老いた俺は喉が壊れるほど泣き叫んだ。

 ようやく涙も声も枯れ果てた頃、目の前にやってきた女神に、俺は必死で懇願した。


『おれは、あの世界にとんでもない未練を残してきた。だから、頼む。もう一度、おれにあの世界で生きる権利をくれ……!』

 どうして俺はアイツのことを思い出さなかった。

 どうして魔王を倒したのに、英雄たちを讃えるうたがうたわれていないことに気づけなかった。

 俺たちが生きていて、世界が平和になったのはレジェロのおかげなのに、どうしてアイツが永遠の孤独に堪えなきゃならない。おかしいだろ、そんなの。


 その一心で、前世の記憶を持って一度目の転生を果たしたはずなのに、何故かレジェロの記憶だけが消えていた。

 再び死んだ後女神に確認してみれば、あの世界に生まれた以上、どれだけ呪いを跳ね除ける加護を得ても、あの禁呪を打ち破ることはできないのだと知った。


「そこで俺は思った。この世界に生まれた者じゃなく異世界から転移してきた他所者なら、ひょっとしたら呪いの影響を受けずに済むんじゃねぇかってな。はっ! 予想が当たって良かったぜ。やっと――やっとてめぇの面が拝めた」

 俺の長い話を呆然と聞きながら、レジェロは瞳に涙を溜めていた。今にもこぼれ落ちそうなのを、唇を噛み締めて堪えている。


「なん、でだよ。そんなに必死に頑張らなくたって良かったのに。僕のことなんて忘れたままで良かったのに。だって、世界は平和になっただろう? 君たちは、穏やかで幸せな一生を過ごしたんだろう? なのに、どうして」

「あぁーどうしてだろうなぁ」


 悔しかったのか、悲しかったのか、怒っていたのか。

 ここに戻ってくるまでに、いくつもの世界を救った。何度も死にそうな目に遭った。

 けど、血反吐を吐く想いをして諦めそうになった時には、必ず、てめぇの顔がチラついたんだ。

 澄ました顔で歌ってるところ。

 涼しい顔で魔物を倒すところ。

 ルカの寝坊やクォーリアの初恋、俺の手ぐせの悪さ、なんでもかんでも詩にして皆にキレられてるところ。

 そしてイヤミなくらいお綺麗な顔で笑って、誤魔化すところ。


『僕はみんなの一番のファンだからね。君たちの傍にいて、その活躍の全てを詩にするのが吟遊詩人としての僕の使命、いや、幸せなのさ』

 あの世界にいた時には、ちっとも思い出させてくれなかったのに。

 何度別の世界に行っても何百年経っても、俺の脳裏に焼きついて消えてくれやしねぇ。


「理由なんてもう、忘れちまったよ」

 いや、違うな。多分、レジェロが約束したあの詩を、俺たちの冒険をうたった詩を、俺は誰よりも聞きたかったのかもしれねぇな。


「悪かったな。てめぇのことを忘れちまって。本当に……悪かった」

 俺の言葉で、ついにレジェロの両目から大粒の涙が溢れ落ちた。いつも飄々としていた男がまるでガキみたいだ。


「覚悟はしてたんだ。禁呪を発動したらこうなるってことを」

「ああ」

「でも、やっぱり本当は、寂しくて辛くて……。こうして草原で誰かに話しかけても、歌を口ずさんでも、それが返ってくることはなくて」

「ああ」

「虚しくて、でも誰かに話しかけることを止められなくて……。けど、君たちを救えたことを、後悔なんてしたくなくて……! ずっとずっと」

 こんな日が来れば良いのにって、願ってた。


 聞き取り辛い声で呟き、レジェロはぐちゃぐちゃの顔で少し笑う。あーあー。美形が台無しじゃねぇか。俺の目の前がなんかぼやけているのは、きっと気のせいだ。そうに違いねぇ。

 俺が服の袖で目元を拭った時、突然草原に別の誰かの声が響き渡った。


「あー、やっとたどり着けたぁ。もう! すっごく苦労したんだからぁ」

「あら、もしかして……皆さん⁉︎ おなつかしい、いらしてたんですね。良かった」

「良かったぁ。ボクもなんとかみんなに追いつけたよ」

 俺は慌てて背後を振り返る。全然知らないのにどこか懐かしく思える奇妙な声。これは、まさか。


「お前ら……なのか?」

 金髪碧眼のイケメンも、黒ずくめで地味な眼鏡の女も、おさげ髪のちびっ子にも全く会ったことがねぇ。けど、その手に持つ剣と魔導書と杖は、見間違えようがなかった。


「ルカにクォーリア、それにアマンダか?」

「そう言うあんたは、ジャックね。うわ、その悪人面、転生しても変わらないわけ?」

 うるせぇ、ほっとけ。

 悪態をついたのが、魔法使いのクォーリアだろう。しかし、コイツは随分と印象が変わったな。前は、青少年が目のやり場に困るような格好の、派手な赤毛のねーちゃんだったのになぁ。


「おひさしぶりです、ジャックさん」

「アマンダ? その、随分と縮んだなぁ」

「縮んだんじゃなくて、今回転生してからまだ十も生きてないだけですっ! あ、奇跡の美魔女ってことでよろしくおねがいします」

 そう言って両手を振り上げるアマンダは、おお、僧侶なのに『魔女』ときたか。しかしこんな子どもが一人でこんな場所にいるとか。ちょっと親御さんの許可とかとった方が良いんじゃないか。


 それをにこやかに眺めているのが、剣士のルカってことなんだろうな。くそ、系統は違うがコイツは転生してもイケメンかよ。


「みんな懐かしいな。おれ、レジェロの呪いを攻略する方法になかなかたどり着けなくて、本当はもっと後じゃないと転生できない予定だったんだけど……みんなが揃ってて一人だけいないのは締まらないからって、女神様がちょっとにしてくれたんだ」

「いや。それ、普通に贔屓じゃね」

 女神め、さてはキラキラ系イケメンに弱いな。


「ジャックは随分老け――貫禄が出たねぇ」

「うるせぇ! こっちは三十路になるまでお声がかからなかったんだから、仕方ねぇだろうが⁉︎」

 どうしてどいつもこいつも、なんで俺に対して風当たりが強いんだよ。泣くぞ、年甲斐もなく。


「みんなまで、なんで……?」

 弱々しい声が響いて、俺たちは視線をレジェロに向ける。状況についていけずに、ヤツは呆然と座り込んでいたようだ。

 俺たちは誰からともなく視線を合わせて、ルカが目尻に涙を滲ませそっと微笑む。


「だっておれたち、キミに会いたかったんだもの。そして、みんなにも知って欲しかったんだ。おれたちの自慢の仲間、吟遊詩人のレジェロのことをね」

 ルカがレジェロに近づき、そっとその肩に触れる。嬉しげに目を細めながら、ルカはリーダーらしく明るい声で告げた。


「さて、みんな。これから大変だよ。何せ、レジェロの呪いは解けたわけじゃない。まだおれたち以外には、レジェロの存在は認識されないままだろう? おれたちは、『英雄は五人だ』ってこの世界の人々に知らしめなくちゃならないんだからね」

「歴史をひっくり返すんだから、並大抵の覚悟じゃできないわよねぇ」

「ふふ。なんだってできますよ! だって、私たちこの世界の元英雄、ついでにいくつもの世界を救った大ベテランですよ!」

 ルカの言葉に続けて、クォーリアとアマンダが言った。


 レジェロはというと、俺たちの顔を順に眺めながら、ゆっくりと瞬きを繰り返している。何も分かっていないような顔に、思わず口を出した。


「何ぼーっとしてやがる。てめぇも着いてくるんだよ」

「え、ぼく、も?」

 この期に及んで、まだ分かってねぇのかよ。てめぇもやり残したことがあんだろが。


「俺たちの活躍、うたにすんだろ。それがてめぇの使命で――あー、幸せなんだっけか?」

 レジェロは珍しいものでも見たように、目を大きく見開いている。涙も引っ込んだようだ。

 まぁ、俺も人生経験つみすぎて、ちょっとは素直になったんだよ。

 しばらくして、レジェロは両目を閉じて息を吐く。そして、馴染みのある調子で笑った。


「そうだね。僕は英雄御一行さまの専属吟遊詩人だからね。今度は必ず、英雄譚サーガをうたってあげるよ」

「なんだよ。ちゃんと分かってんじゃねぇか」

 レジェロが背中に背負った愛用のリュートを手にとって、弦をそっと爪弾く。

 冒険の始まりの合図ってわけか。

 ――悪くねぇな。

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未完の英雄譚(サーガ)はうたわれる〜戻ってきた元英雄は世界の歴史を変えに行く〜 寺音 @j-s-0730

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