ソレは特別

第壱乱 転移

 風洞院フウドウイン 影晴カゲハルという名の女は、訳有である。

 

 しかし、此奴コヤツは男として生きていた。そのため”彼”と称そう。

 

 まあ、あまり良い出身ソダチとは言えないだろう、少なくとも彼にとっては。

 そのため、彼は自由を求め、家族からの解放を求め、上京を決めたのである。

 上京することにより、新居、新築、一人暮らし。全て自由で、全て自分でする。

 そのような清々しく、晴れ晴れとした高揚感は、きっと彼以外には理解し得ない。

 彼は心を弾ませた。


 彼は、あまり大きい部屋を借りたわけではない。持っていくものが多くなかったため、一人部屋のアパートと同じような大きさの部屋を借りた。


「自由っていいな…ん?


 彼は、ポケットから零《コボ》れ落ちた”かんざしを眺めながら、そんなことをつぶやいた。簪はゆらゆらりと揺れ動くカーテンの隙間から、暖かく柔らかな光に反射し、美しく煌く。


 その瞬間に、異変は起きた。


 外は照明スポット・ライトを落としたかのように暗闇に呑まれ、先程まであった人の声は、完璧に消え去っていた。部屋は、静寂であった。

 まさに、人の住まぬ街のように…耳がおかしくなったのではと、疑ってしまう。

 すると、台風のような風が部屋へと舞い込む。その風音カザオトが、物少ない部屋に響く。窓を閉めようとベランダに近づけば、風でナビくカーテンの後ろに、大きくて不気味な人影が潜んでいた。

 恐る恐るカーテンの端をつかみ、目をつむりながら勢いよく開けた其の向こうには…一人の男が、ベランダの作に腰掛けていた。

 そして彼をメインとして、ステージは証明を当てていた。バックから来る、月のような光が彼を美しく、怪しげに照らす。彼は…のようだ―そう、影晴は思った。

 男の顔には仮面がついていた。それもとても独特で、忘れることがなさそうな印象的なもの。わざと、これに意識を持っていかせ、自分を隠そうとしているように思えてしまう―少し、考えてしまった。この仮面は、黒くて長いくちばしがついている。やはり、目が惹きつけられた。

 彼の体には、これまた黒いマントをマトっていた。 


―なぜ人間ヒトがこんなところに?

 いや、彼は人間ではないのかもしれない。―


 影晴がそう考えてしまうように、彼の見た目は異様だった。

 なぜなら、背中からは息を呑むほどに大きく、美しい濡れ羽色の翼。それはまさに『』の翼と言えよう。

 そんなファンタジーな発想でも、実際彼はそのようにしか表現できない。『”アノ”羽は偽物なのではないか?』という疑問が出てくるのも無理はないかもしれない。

 しかし、あれがもし『今現在動いているとしたら?』そう言えるだろうか。

 否、言えないだろう。

 そして、その考えが正しいと断言できる理由はもう一つある。それは人間が、不法侵入でここに勝手に入るなど、まず有り得ないという事だ。この明らかに目立ってしまう格好で、誰が人のうちにのこのこと上がろうというものか。しかもここはアパートの二階だ。そのような事をする阿呆がいるはずない―といえる自信が、影晴にはあった。

 つまり、こいつがならば、全ての辻褄が合うのだ。

 そして―ヒョコっと影晴が彼の横に顔を出し、ベランダの向こうを見る。やはり、街には人っ子一人通っていない。そして、不思議な空気に包まれている。まるで結界が張られたように。しかもこの男にだけ光は当てられている。こんな事ができるものが人間であって貯まるものか―とオカルチックではあるがそう考えた。

 そうやって、一通り男の検討をつけると、


「ん゛ん゛」


 彼はわざとらしく顎に手を添え、口を覆うようにして咳払いをした。


「探偵さん、私が誰かわかったかね?」

「は、はい」

「そうかい」


 彼は仮面の下でニヤリと微笑み、左口角を上げる。彼の声は、とても低く、想像通りといった感じだ。


「それでは仕事に入ろう……お前が『風洞院』の養子、風洞院 影晴というか」

「……………はい、そうですが?」


 彼が男というのも、無理はなかった。しかし、だからといってやはり男と言われるのは今の彼にとって気分が悪く、少し睨みながら言ってしまう。

 だが、彼はそれすらも愉快に思っている様子だった。


「お前は、私の仕事先の条件をすべて通過したのだ。そんな人間は早々見ない。

 そのため…喜べ、お前は品になるのだぞ」

「な、何を言って―」

「そのままだ」


 突然の彼の話に、影晴は頭が回らなかった。まず品とは何? 何処に連れて行かれるの?―溢れる疑問と不安に、答えを差し伸べてくれるものは一人もいなかった。

 話はどんどん進んで行く。


「安心しろ、お前がしっかり自分の価値を人に示せば必ず人はお前を選ぶだろう。人間が売られることは滅多にない。しかもこんな”上玉”のな」

「え…? というか、どうして自分が選ばれたんですか?」

「何を言う? そんなこと、お前が一番理解しているはずだろう?」

「…!」

 

 彼の言っていることは、間違っていなかった。

 拾われて間もないうちに『アレをやれ、コレをやれ』と言われ続け、自分の知らぬ間に自分の事を『ああだよね、こうだよね』と言われてきた。

 そうやって人を信用できなくなり、心はだんだんと弱り、薄れていった。


 結果―人が嫌いになった。


―そうやって、人との関わりを自ら切ろうといしているものならば、

 どう炒めることも可能だ―


 彼はそれが言いたいのだろう。


「御名答!…と言いたいが、少しお前は間違っている」

「え」

「私はお前を炒める気など更々ない。」

「…」


 彼は私の心を読み、考えを見た。そんな事をすることができるらしい。しかし、その上で否定した。もしかしたら―いや、そんなはずないか。影晴は軽くカブリを振った。


「どうして、お前が今のような状況に至ったのかは知らん。”アイツ”の書いた書類に載っていなかったからな。」

「アイツ…」


 彼は、ファイルのようなものに挟まれた資料を影晴に見せながら話す。


「しかし―」

「ひゃっ!」


 彼は影晴をすくい上げるように上げるようにしてお姫様抱っこし、自分の顔を影晴に近づける。仮面の区の瞳は、こころなしか影晴を愛おしく見つめている気もする。


「自分の価値がお前は”今は”理解していないようだが…私とくればそれがわかる。

 決して悪い話ではなかろう?」

「…」


 彼鉢に盛った書類を顎に当て、口元にニヤリと笑みを浮かべる。目が笑ってなく見えるのは、今もやはり彼を不気味に思ってしまっているからだろう。

 この話、改めて考えれば彼の言う通り、たしかに悪い話ではないかもしれない。むしろ好条件とも言える。

 影晴自体は、何処に連れて行かれ、何をされるかはまだわからないが、することは売られればいいだけのこと。

 その後がどうなるかは、今の彼には考えられない領域だろう。


 そして、彼は答えを出した。


「わかりました、受けましょう」


 その答えに再び深く、男は笑みを浮かべた。


                 ++++


「そうこなくっちゃねぇ!」


 彼が思いもよらず、急に子供っぽい口調と声で喋りだすので、

 体をビクつかせてしまう。

 彼は笑みを浮かべながら指を『パチン』と鳴らした。すると彼の羽が一つ一つと舞い、台風の渦のようにして彼らを覆った。

 そして、その場から消え去ったのだ、一枚の”黒い羽根”を残して。


 彼が連れて行ったのはこの世、つまり俗に言う”人間界”ではない”異世界”の天高く上で、影晴はもう”元の世”に帰ることは無いだろうと考えた。

 常人ならばこの湯な急すぎる展開をとは受け止め難いだろう。そして『新居なのに』だとか『両親に会いたい』だとか『友達どうしてるかな、心配されてるかも』などと考えるだろうが、影晴はそんな事考えない。

 そもそも誰にもそうは思われていないだろうと考えているため、はっきり言って、誰も自分を知らないこの世界に自由をかんじる始末だ。

 まぁ、本当のところは常人こそ何も考えられなくなってしまうのだろうが。

 

 とても早く走り、肌に冷たく感じる空気―そんな事を考えながらも、一番彼が気になっているのがいつまでこの男…いや、鳥人間と称そうか。この”鳥人間”にお姫様抱っこをされなくてはならないのかということだった。

 いくら名家の出身だからといって、彼はそのようにされたことはない、この一度も。

 それは、彼が男として生きてきたというのもあるのだろうが、彼の両親に『今日ね、〇〇さんが男の子と手つないでたんだ』と話した時などに『そ、そんな破廉恥な事してはなりません!』と発狂していたからだ。

 しかし、結局の所はあまりそのような言いつけに従っていないのだが。


 

 まぁ、そんな無駄話は置いといて。


 彼に抱きかかえられながら、横に首を少し動かし、下の様子を見ると―そこには、このままズルっと滑ればふわりと落ちてしまいそうな雰囲気のある半透明な薄い雲と、その隙間からわずかに散らばって見える小さな明かりだった。


「あそこには…何があるんですか?」

「お前の送られる”奴隷市場”だ。安心しろ、お前がここに長居することは決して無い」

「…?」


 影晴は彼の言っていることがあまり理解できなかったが、雲の層を付きのけ視界が晴れると、どういうことかを瞬時に理解できた。

 それは、痛々しい姿をしている―で”奴隷達”だった。

 彼はその惨劇を目の当たりにし、目を見開いた。彼等カレラの様子は様々に痛めつけられ、自分までもが痛みを感じるを程だった。

 その最も目についたものが、下記のことである。


 壁に手首を釘で刺され、足は鎖で巻きつけられているもの。

 顔に布袋をかぶせて首を絞められ、数千ボルトもあるだろう電流の届く鎖を体中に巻きつけられているもの。

 両足に重りのついた鎖をつけ、打撲や切り傷、やけどなどと痛めつけられているもの。


 このようなことをされているもの全員が、血を吐き肉を出し、皮のはがれている状態である。もとは白かっただろう彼等の服も、真っ赤な鮮血に染められているのだった。

 あまりにも…というその様子に、影晴は目を背けた。


「どうした?」

「か、彼等はどうしてここに?」

「この世、魔界マカイの犯罪者や、違反を犯したものなど様々だ。そういう奴らをよく買ってくれるから…という事で彼奴等はここにいるのだ。

 始末しようのない悪党ではなく、使える力のある悪党がここにいる。そういう奴らを媒介するのが奴隷市場だ。

 つまり、”闇業者”ってことだ。

 だから言っただろう?『お前程の上玉はいない』と」


―ああ、それで選ばれたのか―と、影晴はすべてを理解した。


 まず、”条件の通過”というのは、彼(影晴)自身の気持ちと状況である。

 影晴は、もう人間との関わりに対して縁を切っている…そのようなものだった。そのため、売ったりしても構わないようなものということだろう。

 そして、人間ということでとてもきれいな体とよい力を持っている。これならば、どう甚振ることも出来よう。

 

 影晴は、大きく溜息タメイキを吐いた。自分が、少しでも”誰かを信じようとした”事をとても恥じた。しかも、相手は悪魔だと言うのに。なんて不甲斐フガイないんだろう、と数分前の自分が憎らしい。

 そうやって憂鬱ユウウツな気分になっていると、なぜか鳥人間が『はぁ』とため息を付いた。


「考えすぎだよ、君は。やっぱり…何でこんなに―」


 そう小さく独り言を零すと、影晴がかれのことをじっと見ているのに築き、すぐに言葉を呑み込んでいた。

 

(考えすぎって? そんな酷いことは考えていないってことかな…)


 彼の言ったことの深部を考えていると、彼は気を取り直すように深呼吸をし、


「よし、じゃあ座って!」


 と、再び子供っぽい声を出して言う。


「はい?」


 その急で強引な動きに、素っ頓狂な声を出してしまう。


 彼は影晴に有無を言わさず、彼の肩に力を入れ、無理やり押し倒すようにして座らせるのだ。

 そして両手を鎖で結びつけると、再び『パチン』と指を鳴らして、影晴の入った檻を覆う大きな結界を張り、それはやがて固く太い鉄の柵へと化した。


「え、あ、あの!」

「五分程…かな。それぐらい待てば客は来るだろう」


 彼はそうつぶやくと、指を『パチン』と鳴らして美しくお辞儀をする。

 そして、瞬きのする間に、彼は一枚の羽を残して去ったのだ。


 呆然と彼の居た場所を眺めていれば、たちまち時間は過ぎていき、市の門が開く。すると同時に金属を引っ掻いたような音が、耳に響く。そしたら入ってきた客は、五分も経たぬ間に人は影晴の檻を囲うようにして壁を作っていった。


 つまり、彼の言った通りになったのだ。


 最初は客がそれぞれ興味を持った奴隷の前へ行き、品定めをしたりしていた。しかし、影晴の存在に気付いたあとの客の行動はとても早かった。はっきり言って、枯れた笑いが漏れてしまう程に。影晴の顔は、引きつっていた。

 

 影晴の檻を囲う悪魔たちはみな色々なことを言っている。


「あの男、傷一つ無いぞ!」

「それだけではない。奴隷が来てはいないような、きれいな衣まで身に着けているではないか」


 客は、他の奴隷との格差に目を丸くして驚いた。

 しかしその中には『貧弱そうな体つきよのう、こんなんで力仕事ができるのかね?』と言っている者や、『見た目が良くてもねぇ。所詮は奴隷でしょう?好いでではない愚民に変わりないわ』と言う者が居た。

 そうやって客が口々に好きなことを勝手に言って話している中、人混みを割くように割行って、檻の目の前まで近づいてくる”若い男”が居た。


「ねぇ、君」


 男の声はとても若く、影晴と同じ年の青年のようだ。見た目もそこまでゴツゴツとした様子がなく、ゆるりとしている。


「………はい」

「ここで僕に買われるのと、他の悪魔に買われるの…どちらがいい?」

「あなたに買われるのと、他の客に買われることが、あまり自分にとってメリットの違いはないのですが」


 影晴は散々”物”や”下民”と蔑まれたため、不機嫌な顔つきと低い声で、男に睨みながら答える。


「ハハハ、ひどいなぁ」

 

 そう軽快に笑って肩をすくめながら冗談を言う彼は、次の瞬間、ポケットから鍵をすっと出し、檻を『カチャリ』と音を立てて開ける。

 そのありえない動きはマジックのごとく人を驚かせ、影晴は勿論として、周囲の客まで目をパチクリさせながら驚いていた。その様子は、ドラマの一時停止をかけたようだった。


 そして彼はニコリと優しく微笑みかけると、


「ねぇ?」

「は、は、はは、はい!」

「僕は君を出しってやったんだ。これで君は断ることができないよね? “貸し”ができたんだから。君にはね―」


 その時彼が放った言葉に、周囲は再び絶句した。


「僕の将来のフィアンセになってもらいたい」

「………………ハ?」

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蘭乱と舞う 山田葦久 @dkuma

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