【SFショートストーリー】星界のエダ
藍埜佑(あいのたすく)
【SFショートストーリー】星界のエダ
新暦2571年。
宇宙がイグドラシルの伝承で結ばれていた時代である。
天の川系最外縁のドワーフ惑星ファルニルは、ミッドガルド連盟のほんの一部でしかなかったが、その上空で不可解な出来事が繰り広げられていた。圧倒的な知性を持った未知のエンティティ「オーディン」が現れ、ファルニルの軌道を変え始めていたのである。 バルドルは、“現実”の定義を見つけるために生涯を捧げてきた男だった。彼はアスガルドの大学で哲学を専攻し、その後は心理学者としてさまざまな惑星を渡り歩いていた。そして今、オーディンとの対話を試みるべくファルニルへと派遣されたのだった。
バルドルは、宇宙船の中でオーディンと向き合っていた。
照明は薄暗く、二人の間にはただ静寂が漂う。
窓の外に広がるのは、星々が瞬く無限の暗闇だ。
一つひとつの星が、ささやかながらもその存在を主張している。
そんな中、バルドルは言葉を紡ぎ始めた。
「オーディン様、私たちは何故、ここにいるのでしょうか? 天の川が織り成す運命の網の中で、私たちの位置は?」
オーディンはほほえむように静かに言った。
「バルドルよ、私たちの存在は小さな星座のようなもの。一つ一つの星が独立しているように見えるが、実は密接に関連し合い、大きな絵を描いている。私たちは自分が星であることを忘れがちだが、実際はその全部なのだよ」
会話が続く中で、船内にいた他の乗組員が加わった。
シグリンは気丈な女性で、彼女もまた真実を求める者だった。
彼女は直接的な問いを投げかけた。
「しかし、私たちの自由は? 確かに星座は美しいかもしれません。でも、個々の星にもそれぞれが持つ輝きがある」
オーディンはうなずき、考えを巡らせると静かに答えた。
「然り。君のその疑問は大変重要だ、シグリン。私たちの自由、それもまた大きな宇宙の絵の中の一部だ。私たちは確かに束縛されているように感じることもある。だが、星が光ることをやめたら、星座は消えてしまう。私たち一人一人が自由に選び、行動することで、その美しい絵を完成させていくのだ」
バルドルが再び言葉を選ぶ。
「オーディン様、私たちがそれぞれの行動でこの宇宙の絵を描くというのは理解できます。しかし、私たちの選択は本当に自由なのでしょうか? それともイグドラシルの枝に指示された通りに動くだけなのですか?」
オーディンの目は知恵と時間を超えた穏やかさを宿している。
「それも愛すべき疑問だ。イグドラシルは私たちを結ぶが、それは自由を制限するものではない。むしろ、それは私たちの強さの源だ。選択は自由だ、確かに爪跡を残す木の皮のように制約があるかもしれないが、何を選ぶかは私たち次第だ。木は成長を助けてくれるが、進む道を決めるのは私たちだ」
このやりとりは何時間にもわたり、多くの疑問が投げかけられた。彼らの対話はピアノの連弾のように、時には調和し、また一方で不協和音を奏でながら進んでいた。喜びや悲しみ、期待や恐れが交錯し、人間の脆さと強さ、限界と可能性が探究される。 乗組員たちは皆、それぞれの立場から知恵を分かち合うことで、閃きと啓発の瞬間を多く体験した。それによって、それぞれの人々と宇宙の理を深く理解するに至る。
バルドルとシグリンが一致団結しながら、時には議論を重ねる中で、彼らは人間としての役割を模索し、宇宙との調和を追究し、イグドラシルの枝葉の一部としての自分たちを受け入れるための洞察を深めていったのだった。
オーディンはさらに言った。
「君たちの現実は一幕の劇に過ぎない」
バルドルはこれを直感で理解していたが、経験という変則的なフィルターを通してしか物事を見ることができなかった。彼は問いかけた。
「では、真の現実とは何ですか?」
オーディンは地球上での広義の意味での時間概念を無視するかのように答えた。
「それは探求する君たち自身の旅だ。太陽の息吹を感じる幸福、星々と意識を共有する喜び。このイグドラシルにおける認知の拡張こそが、真実に至る道なのだから」
ファルニルの軌道変更は宇宙における人類の位置づけを再定義し、彼らが追い求める“現実”の絆を再考させるきっかけとなった。
彼らはオーディンの言葉を胸に、新たな星界のエダを育てていく。それはルーンの知識と哲学が融合した、全く新しい意識の進化をもたらすものであった。古の智慧と現代の心が、運命の織りなす螺旋を描きながら舞踏する。その中でバルドルは、人類の居場所と、イグドラシルという無限のステージ上での彼らの役割を見つけ出すのだった。
星間を航行する船はベイルストリームを超えることができた。だが心の旅は、それよりも遥かに速く、また遥かに遅い。永遠を感じさせる旅路。バルドルはその真実を模索し続ける。
(了)
【SFショートストーリー】星界のエダ 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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