山賊討伐

「山賊か……」

「ただの山賊じゃねえ。王都の兵士もびびる『竜吼団』とは、俺たちの事よ」

「……嘘をつくな。王都でお前たちのような不成者ならずものの話など、聞いた事はない」

「んだとぉ? 手前ぇ、どこぞのお貴族様かよ。男みてーな格好してるが、随分な上玉だ! 高く売れそうだぜ」

「身代金を取った方が儲かるかもしれんぞ」

「それより、こんな上玉、俺たちで楽しんじまおうぜっ!」

「大人しくすれば、天国を見せた後に、天国へ連れてってやるよ」


 口々に勝手なことを言いながら、『竜吼団』と名乗った男たちがランサスに向かって近付いてきた。下卑た顔で下品な言葉を口にしながら、無造作に包囲を狭めてくる。


「何を言っているのか意味が分からんが、天国というからには私たちを殺して財布を奪うという事か?」

「姫様の身体を彼らの流儀で楽しんだあと、女郎小屋などへ売り払うか、身代金をせしめるつもりなのでしょうな」

「……なるほど、これが貞操の危機というものか。私を女の天国に導いた後、男どもの天国に連れて行かれるということなのだな」

「もっとも、身代金を取るのは不可能だと、先に教えてやるべきでしょうな」

「ああ、確かにそうだな……。おい! お前たち!」

「なんだぁ?」

「残念な事に、先日、我が家は燃えてしまってな。財産を全部失ってしまったのだ。だから、身代金を取る事は出来んぞ」


 嘘ではない。王都が燃えて落城したのだから、完全な事実である。ただ、話の尺度がいささか大きいというだけだ。


「はっはっは! 身形みなりは良いのに、焼け出されて宿なしかい。だったら手前ぇの身体をもらうしかねえなあ!」


 その瞬間、男たちから発せられる圧力が増した。


「姫様!」

「半分は任せる」

「はっ!」


 じりじりと包囲を狭める男たちに目を向けながら、ランサスはゆっくりと細剣の柄に手をかけた。

 男たちは全部で十人。ランサスは右利き。抜剣に都合が良いように、ランサスは左手の五人を受け持つことにした。残る右手の五人はルートが相手をする。視線で意図を交わし合った主従は、自然な動きで立ち位置を変えた。


「殺すなよ、手前ぇら!」

「殺さなきゃいいんだろ? なあに、手足が無くても楽しめるし、なんならその方が面白え。芋虫を犯すみてえにな!」


 剣よりも先に言葉で嬲る。それが男たちのやり口のようである。

 ランサスの背後で殺気が増した。ランサスが抜剣の構えでいるのと違い、ルートは剣を抜いたようである。振り向けば、ルートはランサスの身の丈はあろうかという大剣を構えていた。


「ちょっとちょっとぉ。人んちで刃傷沙汰なんて止めてくれないかな」


 場の空気が一触即発で弾けそうになったところへ、場違いに暢気な声が聞こえてきた。

 声の主へ目を向ければ、いつの間にか森の中へ半身を隠したニュームが、のんびりと苦情を申し立てている。


「お前の都合など知らん。こちらは自衛するだけだ」


 だが、ランサスの反応はにべも無い。


「まあ、山賊相手じゃしようがないか。やばくなったら加勢するよー」

「無用だっ!」


 言い様、ランサスは勢い良く一歩踏み込んで抜剣、横薙ぎに斬り払った。そして踏み込んだ足に体重を乗せ、元の位置へと飛び戻る。

 一歩進んで剣を振り、一歩下がる。

 ランサスが行なった事は、ただそれだけである。戻った時にはもう、何事も無かったかのように細剣は鞘に収まっていた。


「おいおい、いいとこのお嬢様は、お上品な剣の舞でも習ってんのかい? 俺たちを驚かすつもりだったのかもしれんが、そんな距離で剣を振っても当たらんぜ。なあ?」


 山賊の一人は、半歩前にいる男に声をかけた。

 だが、声をかけられた男は、仲間に相槌を打つ事が出来なかった。何故なら、男の首にもう一つの口が開き、答えの代わりに真っ赤な血が勢いよく噴き出したからである。


「ごっ……、がぼっ……」

「なっ!」


 俗に言う、一足一刀の間合い。

 剣先が相手に届く距離。

 ランサスはニュームと言葉を交わしながら、包囲の輪から半歩だけ近い距離にいた男に対して、じりじりと間合いを詰めていたのだ。

 だが、それを加味しても、元の位置に立つランサスと山賊の包囲には距離がある。恐るべき速さの踏み込みと抜剣であった。


「こ……この女ぁっ!」

「ぶっ殺す!」


 口々に罵りながら、山賊たちもそれぞれに武器を出して身構えた。長剣に手斧、手槍に戦鎚と、山賊らしく統一感のない武装である。共通しているのが、取り回しのしやすい片手武器ばかりと言うところか。威嚇と追撃が主な戦闘行為である山賊にとっては、この方が扱いやすいのであろう。


「私を殺したら、この身体を楽しめないのではないか?」


 山賊を挑発する為に、ランサスはわざと自分の胸に手を当てた。十七歳という年齢相応に発育の良い身体は、剣術で鍛えられて均整が取れており、男物の衣服の上からでも隠し切れない女の雰囲気が見て取れる。


「るせえっ! 生きたまま芋虫かっ! でなきゃ死体を犯してやるっ!」


 どうやら、生かしておく必要の無い連中であるとランサスは判断した。既に一人は斬り殺しているので今更だが、改めてランサスは山賊の皆殺しを決意した。


「これも私の義務だな。大事の前の小事とはいえ、見逃すわけにもいかん。我が国の平和のため、お前たちを討伐する」

「大層な物言いしやがって! どこぞの姫だか知らんが、命が惜しくねえらしいな!」


 北方山脈周辺の貴族の娘だとでも思ったのか、身代金の話も忘れて山賊は激高した。犯罪集団のような実力主義の世界では、舐められた終わりだとランサスは聞いた事がある。山賊なりの矜持なのであろうが、それは目先の欲望を満たす事と同義であり、浅はかな思考だと王女は思った。


「死ねえっ!」


 長剣を持った山賊が、大きく振りかぶって突っ込んできた。最初に殺した山賊に話しかけていた男である。もしかしたら、死んだ男と仲が良かったのであろうか。その瞳は仲間を殺された怒りに燃えており、美しい少女を前にした獣欲が上書きされてしまっているようである。

 だが、その動きは直線的で単純だ。ランサスは半身になり、容易に躱す事が出来た。王女の目の前を、殺意に彩られた刃が上から下へ通り過ぎていく。

 長剣が地面に叩きつけられると同時に、ランサスはその先端を長靴で踏み付けた。


「ぬおっ!」


 男は慌てて長剣を引き抜こうとしたが、力を入れようと前屈みになった瞬間、額に細剣が突き立った。


「がっ!」


 いつの間にランサスは細剣を抜いたのであろうか。山賊の長剣を踏み付けた時、細剣はまるで手品のようにランサスの手の中にあり、その先端は深々と男の額に突き込まれていた。

 山賊が長剣を振りかぶってから振り下ろすまで一呼吸。ランサスはその一瞬で男を絶命せしめたのである。


「しゅ……瞬殺姫……」

「ほう、こんな北の辺境で、そんな呼ばれ方をするとは思わなかったな。さてはお前たち、名のある悪党だな?」


 武器を手にし、数を頼みに女に襲い掛かるなど、悪党以外の何者でもない。ましてや自分たちを『竜吼団』と名乗り、王都にまで雷鳴が轟いているとうそぶくような連中である。さぞや悪行も積み重ねているのだろう。

 だが、あっという間に二人の仲間を殺した女を前にして、山賊たちは浮足立った。ランサスの嫌味な物言いにも言い返す事が出来ない。


「細剣……男のような格好に馬の尻尾……間違いねえ!」

「なんだ、やばい奴なのか?」


 その名は、竜吼団などという彼らの自称よりも広く知られていた。無辜の民の間ではなく、荒くれ者たちの間で、である。

 外敵の少ないこの国で、好んで治安の悪い地域へ出向いては、不逞な輩を血祭りにあげる王女。

 竜の加護が無いにもかかわらず、単騎で風のように駆け、山賊や魔獣の群れを瞬く間に刺し貫く鮮血の姫。

 素早い動きと、軽量の細剣で嵐のような刺突を繰り出すことから、彼女はこう呼ばれていた。


「瞬殺姫……。この国で、王と王妃の次に手を出しちゃいけねぇ奴だ! 冗談じゃねぇ、引くぞ!」

「逃すと思うのか!」


 この国を治める王族の義務として、またいずれは竜の加護を受け継ぐ者として、ランサスは山賊や犯罪者の集団などを積極的に狩り立ててきた。魔獣の被害と隣国の侵攻を食い止めるのは国王夫妻の役目。そして、国内の治安維持は王族であるランサス王女の役目であった。

 細剣を再び鞘へ仕舞いながら、ランサスは踏みつけていた長剣の先を、再度力強く踏み抜いた。持ち主を失っていた剣はランサスの頭上に舞い上がり、くるくると回りながらランサスの眼前に落ちてくる。その柄を危なげない動きで掴み取ったランサスは、流れるように身体を回転させて剣を投擲した。

 まるで投げナイフのように無造作に飛んでいく長剣が、我先にと逃げ出した山賊の先頭の男の背に突き刺さる。


「ぐあっ!」

「くそがっ!」


 恐るべき勢いで仲間の背に突き立った剣を呆然と眺めていた山賊たちが、意を決したように武器を構えて振り返った。残るは二人である。

 だが、その時には既にランサスは間合いを詰めており、山賊の一人の眼前に立っていた。

 額、喉、両肩、心臓、腹。

 一呼吸で、人体の致命的な六か所を刺突する。

 突撃と刺突を同時に行なえば、普通人体は勢いと共に吹き飛んでいくだろう。連続しての刺突など不可能である。

 だが、ランサスの刺突は繊細で正確無比。そして、突きと戻しが同じ速度で放たれる。ゆえに、刺された方は地面に縫い付けられたように動かず、その場で致命の六連撃を受けて絶命した。


「死ねえっ!」


 次の瞬間、残るもう一人の男が戦槌を振り下ろしてきた。仲間を助ける事をせず、ランサスを殺す事を優先させた結果、瞬殺姫の先手を取る事に成功したのだ。

 避ける事の出来ない必殺の間合い。首を巡らせたランサスの視線の先に、戦槌を振り下ろす最後の山賊の姿が映る。

 長年の訓練で見に染み付いた反射的な動きで、ランサスは細剣を受けるような形に持ち上げた。

 戦槌と細剣。まともにぶつかり合えば、どちらが勝つか子供でも容易に想像がつく。引き延ばされた時間の中で、勝利を確信した山賊の口元が歪む。

 しかし、山賊の戦槌がランサスの細剣を砕く事は無かった。細剣の重心で戦槌を受け止めた瞬間、ランサスは腕を伸ばし、戦槌を細剣の腹に滑らせた。振り下ろされた勢いのまま、戦槌は火花を散らしながらランサスの細剣を滑り落ち、地面へと叩きつけられる。当然、ランサスは傷一つ負っていない。


「ち、ちくしょうっ!」


 態勢を崩した山賊は、怒りと絶望の叫びを上げてランサスを見上げた。

 その頭を無造作に掴み、ちょうど山賊の前に来ていた細剣の刃を山賊の首にあて、引き抜く。口と首から噴き出した鮮血が、ランサスの旅装束を緋に染めた。


「ふう……」


 三つの死体を前に一息ついたランサスは、細剣を振って血を払った。そして鞘に納めながら、ルートの方を見やる。

 ランサスは、一対一でルートに勝つことは滅多にない。だから、この程度の山賊風情に元騎兵団長が後れを取る事など、微塵も考えていなかった。


「なっ……!」


 だが、戦う事と追う事は別の話である。討伐任務に慣れているとはいっても、二人で山賊の討伐など初めての経験である。負ける事は有り得ないとしても、さっきのように戦わずして逃げる事は、最初から想定しておくべきだったのかもしれない。普段の討伐任務であれば後詰めの部隊を引き連れているため、そのような事態など起きないのであるが、失策である事には変わりない。

 ランサスは、ルートが山賊の一人を斬り殺すと同時に、残る一人が遥か先へ逃げ出している光景を目撃した。その先には、さっきニュームと名乗った荒事には縁の無さそうな男がいる。つまりは王国の民であり、ランサスの守るべき存在だ。


「間に合わない……っ!」

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竜の花嫁 紫陽花 @joe_k

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