第6話
「絵を描きまして、ですね!」
謹慎は10日で終了となり、ロミーナは授業に復帰した。ポーラからのはからいがあったのか、それとも何か別の力が働いたのか、復帰はスムーズだった。
絵画の時間にはポーラが現れた。
ポーラの鼻先に、ロミーナは復帰からがむしゃらに描いていた絵を差し出す。
以前の絵と、モチーフは似ている。同じではない。
ポーラの忠告は少しだけ取り入れた。全部ではない。
「先生が思い描いた絵とは違うかもしれないけど、これが私の描きたい絵です。私が描いた絵を先生にどうしても見てほしいと思いまして!」
「……五点」
百点満点だと考えると大変塩辛い味わいの点数を告げられた。
「ゆめゆめ、いまの実力でプロになれるとは思わないで。このままではどこにも推薦は出せない。もうその絵はいらない」
下げて、とそっけなく言われてロミーナはすごすごと絵を手にする。その指先を伏し目がちに見つめながら、ポーラが呟いた。
「今度は目が開いているのね。その青年像にモデルはいるの?」
「図書館の悪魔です」
あれ以来一度も会っていない。
ただ、この絵をのぞきこんだヴィルジニアがある上級生の名前を口にした。あの方に似ている、と。
「目は開いていた方がいいわね。以前のあなたの絵には退廃的な毒を感じたけど、彼の表情のおかげでちょうど良い毒になっている」
ポーラがほんの少しだけほめる発言をして、指導を終えた。
ロミーナはその言葉を噛み締めてから、宣言する。
「私、絵はやめません。先生に認められなくても、画家になります。でも、大変お忙しいはずなのに母校の教師を勤めている先生には後進を育てたい気持ちはあると思うので、良い絵が描けたら見てほしいです。掴みかかったことはすみませんでした。ポーラ先生に絵を赤く塗られたことはまだ全然許せてないけど、私のレベルが低くて先生の言っている意味がわからなかったのはいつかどうにか」
「もう行って。あなた、一言も二言も多いわ。多すぎよ。馬鹿なの?」
もはや目も合わせることなくポーラは言い捨てて、顔を逸らす。
その横顔が、ほんの一瞬だけ微笑んだのを見て、ロミーナは破顔した。
そして、心の中で悪魔に御礼を言った。
あれは本当の悪魔か。もしくは現実に存在する人間だったのか。
すれ違うだけの存在で、二度とは会えないかもしれない彼を、筆を尽くして絵に描いた。
絵の中の彼に、ロミーナはそっと語りかける。
あのときあなたがくれた悪魔の毒が私を生かしている。
この絵を描かせてくれてありがとう、と。
美しい毒の一匙 有沢真尋 @mahiroA
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