【短編】悪い剣につかまった少年の話

そろまうれ

本編



十二歳の、成人の儀として連れてこられた場所はたくさんの呪われた物品が閉じ込められた場所だった。

厳重に封がされて、いくつも並べられている。


「父上」


「どうした」


「ここから選ばなければ、なりませんか」


「ああ、俺も選んだ。この呪われた物品たちを自在に操れてこそマイミ家として一人前となる」


「父上は、なにを選んだのですか?」


「何も」


「何も?」


「たとえ俺が選んだとて、向こうが気に入らなければ弾かれる。俺はマイミ家としては失格だった」


「それでも、父上は強いです」


「他がだらしなかったのさ、選ばれなかった俺にすら敗れた」


「そうですか……」


「肩の力は抜けたか」


「はい」


「では、好きなものを……」


「――ああ、久しぶりですね――?」


「……」


「今のは……」


「あれからどれほど時間がたちましたかね、ようやく私を使ってくれる気になりましたか?」


「剣……?」


「ミロ」


「は、はい父上」


「この剣は選ぶな」


「あら、ひどい」


「俺はコレとの間に縁があった。だが、俺は選ばなかった」


「どうしてですか?」


「勘だ、直感だ、嫌な予感だ。しかし、ここまで盛大なものとなると外れるとは思えなかった」


「それは……」


「まったく、親子二代に渡って縁があるとは腹立たしい」


「ミロでしたか、契約の仕方について説明いたしましょう、少しばかり血を垂らし、共に行くと言っていただければ成立です。どのような苦難も越えてゆきましょう」


「おい、俺を無視して説明をするな」


「僕は、強くなれる?」


「ミロ、お前まさか……」


「くふふ、ふふふ……ええ、ええ、なれますとも。天下無双の剣の名手に、どのような敵であってもあなたに触れることすらできないでしょう」


「わかった」


「後悔しても知らんぞ……」


「僕は、お前のマスターとなる」


「了解いたしましたミロ・マイミ様」


「様はいらない」


「はい」


「……俺がこの剣を断った理由は、近くに住んでいた性悪女にすげえ似ていたからだが、まあ、頑張れ」


「え」


「あらま」


僕は呪われた剣を手に入れた。

先行きは不安だった。



 + + +



血まみれの血だらけだった。

すべて敵のもので、襲ってきた山賊たちが山中で無惨な死体に変わっていた。


「いや、すごいな……」


「ふふん、でしょう?」


「問題は、これを僕がやったわけじゃないってことだ……」


「なにがご不満なのですか、このマスターは」


「あのね」


「はい」


「僕は、鍛えるために旅に出た」


「ええ、その助けとなるために私がいます」


「うん、助けだ、補助だ」


「そうしていますよね?」


「違うでしょ! そうじゃないよねこれ! ぜんぶそっちが倒してるし! 僕が剣を抜いたらそれだけで全部終わったんだけど!? なんで剣だけが勝手に独りで飛んで倒してんの!?」


「ふふふ、甘いですね」


「なにがよ」


「真の名人は、武器すら必要としないものなのです、手に凶器がなくとも敵をなぎ倒します。マスターはその境地にいち早く立ったのです」


「絶対に、間違いなく、この有り様を指して名人とは言わない……!」


「結果としては似たようなものです。これこそが名人が見ている景色……」


「これで剣の名人なれるなら、魔法使いも剣の名人だ……!」


「あらま」


「強くなって周囲を見返したかったのに、また呪われた家だとか言われるよ」


「それは酷い差別ですね、ご同情申し上げます」


「ふん、あっそ」


「呪われた物品を自在に使ってこそのマイミ家です、マスターは気後れする必要などありません」


「本音を言ってみて?」


「狭苦しいところからやっと開放されたぜ生き血をぞんぶんに吸えるぜひゃっはー」


「どうにか折れないかな、このダメ剣」


「いきなり評価がだだ下がりしていますね」


「当然だよ」


「私はこんなに尽くしているのに」


「尽くし方が間違えてる」


「あらま」


剣なのに器用に小首を傾げていた。

謎だ。



 + + +



ハイウィロー流の剣士たちが20人ほど倒れ伏してた。

剣と魔の融合を目指すマイミ流とは敵対しているけれど、ただ剣のみにて研鑽を続ける彼らのことを僕は密かに憧れていた。


「……あのね」


「はい」


「僕は、自分で敵を倒したい、って言った」


「そうですね、私ひとりが飛んで倒すのでは鍛錬にならないと、確かにそう聞きました」


「それで、これ?」


「ご要望の通りでしょう? いやあ、とても大変でしたよ、マスターの願いを叶えるのは」


「僕は! 剣の技を鍛えたいの! 強くなりたいの! たしかに勝手に飛んで倒しはしなかったよ? だけど刀身がグニグニ伸びてブンブン敵をなぎ倒すなら、ほとんど違いなんてないよ!? なにあの鞭みたいな動き!」


「いえ、きちんとマスターが保持ができていなければ威力が乗りません、マスターの力があればこそです」


「やたら僕に握力ばっかり鍛えさせるのはどうしてかと思ってたけど、これが、理由……っ!」


「私は能力を発展させる、マスターは握力を鍛える。倒す手応えだってばっちり。ご要望にはお応えできているでしょう?」


「顔もないのに見えるドヤ顔がすげえムカつく。なにその「当然頷いてくれますよね?」みたいな口調」


「あらま」


「僕がやったことって、剣を強く握ってただけじゃん……」


「見取り稽古という言葉もあります」


「あのウニウニ勝手に動く剣の動きをどう参考にしろと?」


「マスターも頑張ればできます。こう腕とか伸ばす感じで」


「僕、人間やめる気はない」


「鍛錬が足りませんね」


「鍛錬の方向性が違いすぎる……あー、でも、鞭みたいにしなる剣技を僕自身が使えるなら、アリといえばアリではあるのかな……?」


「あれは私自身がコントロールしているからこそ可能なもので、マスター単体の操作では、ふっ」


「鼻で笑ったね? 明らかに小馬鹿にしたね? 人間にはどうせ無理でしょうけどぉ、みたいな侮りをにじませたなこのダメ剣!」


「えー、だってぇ、構成要素変化させて伸ばして切っ先を鋭くして引き寄せながらまた変化して、って人間には無理じゃないですかー」


「口調まで変わってるし。くそう、マイミ流は剣と魔の融合こそが真骨頂。僕だってやろうと思えば……!」


「あっはっは、マスターおもしろーい」


「ぜったいにやってやる……!」


「ふふふっ」


新たな決意を胸にした。



 + + +



50メートルほど先で身を隠していた敵を斬ったのを確認した。

少し遅れて、身を翻した場所を矢が通り過ぎた。


「よし!」


「……」


「たしかに難しいけど、できた!」


「……」


「剣構成っていうより伝達魔力の塩梅かな、感覚を広げれば、より遠く、より精密に動かせる」


「へー……」


「剣士が遠距離攻撃への対処ができる。うん、これ悪くない!」


「よかったですねー……」


「たしかあの人、弓の名人だったはず、それを相手に勝てたのは大きい!」


「マスター……」


「なに?」


「なんで……」


「ん?」


「なんでどうして私よりも上手く剣を伸ばせるんですか、どうやればそんな攻撃精度になるんですか! おかしくないですか!? ヘンじゃないですか!? ピンポイントであんな遠くまで刀身伸ばさないでくださいよ! 剣自身よりも剣の操作精度を上げてどうするつもりですか!」


「最近気づいたけど、君って割と魔力の使い方に無駄が多いよね?」


「うっわ、うっわ、なにドヤ顔してるんですか! なに哀れみのニュアンス混ぜてるんですかコイツ!? あれですか? ちょぉっと上手くなったからってマスター気取りですか!?」


「やっぱり、僕のことをマスター扱いしてなかったか」


「武者修行する子供を騙して唆して好き勝手に生き血を吸いまくる私の素敵計画が……」


「そんなこと思ってたの?」


「人間なんて、おだてて調子に乗らせれば何も見えなくなる愚かな生き物のはずなのに」


「偏見がすごい」


「まさか、人に知恵があるだなんて想定外でした」


「あ、違う、そもそも人間のことをゴブリンくらいの生物だって思ってる」


「いえ、ですが、ですがこれでいいのですか?!」


「なにが?」


「この方向に鍛え続けることは、マスターの当初の目標である武者修行になっていますかね!? 違うんじゃないですかねえ!」


「なに怒ってるの?」


「怒ってませんが! 誰がいつどこで怒り狂って悔し涙をこらえてるっていうんですかよッ!」


「確実に激怒してんじゃん。だけど、まあ、たしかにそうだね。これ、僕が望んでる剣士の姿じゃない」


「でしょお?」


「とはいっても、この方向性の強さも捨てたくはないなあ」


「贅沢を言ってはいけません、正統派の剣士を目指すべきです。二兎を追う者は一兎をも得ず。初志を貫徹せずになにが剣士ですか」


「最初に独り飛んでいった剣が言っていいセリフじゃない」


「ふんだ」


少しばかり関係が変化した。



 + + +



少しばかり大きな大会で、僕は優勝者としての栄誉を受けていた。

明らかに格上の、僕よりも強い敵を倒した。


「やりましたねえ」


「うん……」


「たしかにとても強い相手でしたが、私達の敵ではありません」


「そうだね……」


「様々な流派、様々な剣技を、すべてを越えました」


「あのさ」


「なんです」


「優勝したのは、確かなんだけど……」


「ええ」


「これを、僕の実力だって言っていいの……?」


「あはは、マスターも変なことを言いますね、剣が飛んでない、伸びてもいない、身体と剣だけで戦って倒したのですから胸を張っていいでしょう?」


「問題は、僕がしたってわけじゃないことだ」


「結果的に違いはありませんよ?」


「おかしいと思ったんだよ。なにが身体を操る訓練だよ、なにが正しい剣の振り方を体感できるだよ……!」


「別に間違ってはいなかったですよね? 実際に達人の動きを再現できましたし、格上を苦も無く倒せました。見取り稽古どころか体感稽古です」


「それがむしろ腹立たしいんだよ!」


「大会優勝は嬉しくなかったですか?」


「君が細く剣を伸ばして僕の身体の中にまで侵入して操ってる状況で大会優勝したところで嬉しさは微妙だよ! 超強い操り人形状態を喜べたら剣士どころか人間として失格だ!」


「えー、割と大変だったんですよ、糸みたいに細く剣を伸ばして筋肉と融合させて、動きを再現させるのって」


「それはすごいよ、それはものっすごいと思うんだけど、どうしてそれができて普通に剣を伸ばす方がむしろ苦手なんだよ……」


「不思議ですねえ、おそらく変化の量よりも、微細かつ繊細な操作の方が得意なんでしょう」


「うっわ、見えないけど「人間なのに身体の扱い下手すぎぃ」って顔を絶対してる……」


「いえいえ見えない悪意を勝手に見てはいけませんよぉ」


「くそ、僕よりも剣構造変化が下手な癖に……」


「うっわ、言ってはならないことをいいやがりましたねこのへっぽこマスター!」


「なに言ってんだこのダメ剣。というか、どうして剣の癖に僕よりも肉体の使い方が上手いんだよ!」


「マスターがなってないからですよ! へへーん、この人間失格!」


「調子に乗りすぎだこの呪剣! というか客観的に見れば僕が剣に操られてるって状況だよねこれ!」


「マスターが本気になればレジストできますよ、たぶん」


「たぶんって言った……」


「というか、マスターは肉体操作の精度が甘すぎです」


「僕がどれだけ日々鍛錬をしてると思ってるんだ……!」


「訓練とか言って無駄が多すぎるんですよ」


「そっちこそ魔力構成を凝りすぎて生成速度も展開威力も遅すぎるくせに、シンプルでいいところを複雑化させすぎて結局はダメになってる」


「はあああ!? あの魔力構造の微細と美麗がわからないんですかこのマスターは!?」


「そっちこそ人間の努力を無駄扱いするな!」


「あさっての方向の努力を賞賛しないでください!」


「なに?! じゃあ剣操作の方を努力しろってこと!?」


「そぉんなこと一言もいってないじゃないですかよ!!」


小声でやり取りしていたせいで、せっかく優勝したのに残念な人扱いされた。

くそう。



 + + +



川で洗濯していた。

ごしごしと洗う、一心不乱に。


「あー、あのですね」


「……」


「別に自然なことだと思うわけですよ、気にすることもありません」


「黙れ」


「はい」


「……」


「……ええと」


「……」


「そのぉ、ひとついいですかね」


「なに」


「これがミロの初の射精というか夢精だったわけですが、これからどう処理しましょうか?」


「本当に黙ってて!?」


「いやあ、割と大事なことですよ」


「どこがよ!?」


「お金の問題です」


「はあ!?」


「これから先、町々で春を買いに行きますか?」


「やだ、こわい」


「あらま」


「それでハマったりするのが怖い、剣の修業がおろそかになる」


「大会優勝で路銀はあるのですから、別にいいのではありませんか?」


「君の力で得た金を、そう使うのってダメ男すぎない?」


「ヒモですね」


「強くなるための武者修行の旅なのに、尊厳ががんがんに目減りしてる!?」


「私はそんなに気にしませんし」


「僕は盛大に気にするよ……っ!」


「あと、ひとつ気がついたことがあります」


「なによ」


「私は血を吸う剣です」


「そうだね」


「要するに、体液を吸う剣なわけです」


「だからどうしたの?」


「別の液体でも良かったようです」


「……ねえ」


「はい」


「……ひょっとして、かかったの? 昨日の夜、なんかそっちにまで付いたの?」


「ミロ、割と肌見放さずですよね、私のこと」


「……野営してるんだから、武器が手元に無いと不安だから……」


「えへ」


「うわあ、まじか、うわあ……」


「いやあ、ですからね? その、ですね」


「なに」


「あれ、意外と美味しかったので、試しにもう一回くれません?」


「へし折るよ!!」


「これから先、無駄に放出するだけのものじゃないですか」


「僕の何かがガンガン減るよ、なんかいろいろとダメだよ、それ!」


「そういえば私って、ミロの身体を操れるんですよね……」


「なにをするつもりだ」


「新しい世界に案内しようかと」


「破滅する世界だ!」


「私を見るだけで条件反射的に反応してくれたら成功ですね」


「最悪だ、この剣」


「一緒に堕ちましょう?」


「父上、あなたの直感は当たっていたようです、この剣、いろんな意味で性悪だ……」


「あらま」


以降、微妙に距離を離して寝るようになった。

朝になったらなぜか抱えてた。



 + + +



ハイウィロー流の高弟だった。

多く倒し、大会でも打ち破り、ついに出てきた相手だった。

僕らは、手も足も出なかった。


「強いですね、これは」


「くそ……」


「幸いなことは、敵がカウンター型の使い手である点です。仕掛けなければ、積極的には仕掛けて来ません」


「だけど……」


「ええ、隙が見当たりません。下手な動きをすれば、一刀のもとに両断してくることでしょう」


「問題は、その下手なことの中に、剣を伸ばしたり飛ばしたりするのも含まれるってことだ……」


「それらを隙だと見る相手がいるとは思いませんでした、剣を伸ばそうと構える、剣だけを飛ばそうとする、その動きを感知しているようですね、とんでもない速度で接近されましたし、斬られる寸前でした。なんですか、あの変態」


「名人だよ」


「む……」


「あれこそが、本当の剣の名人だ」


「ミロは私が偽物だとでも言いたいんですか?」


「まだ正道で真っ当な力だって思ってることの方が衝撃だよ」


「強ければいいんですよ、強ければ」


「思考が邪道そのものだ」


「それで、どうしましょうか」


「うん……」


「ここは逃げるのも手です、再戦に向けて努力いたしましょう」


「嫌だな、逃げたくない」


「無駄なプライドは人間の悪癖です」


「プライドと道徳の無い人間はただのゴブリンだ」


「む」


「どうせなら、全力をぶつける、やれるすべてをやる」


「……どのように?」


「僕らはお互い、得意な部分が逆だ、いっそ突き詰めよう」


「まさか……」


「僕は剣の構成変化にのみ力を注ぐ、君は僕の身体の操作にだけ注力してくれ」


「ミロ、あなた正気ですか?」


「はは、邪道もいいところかもね、剣士が剣として、剣が剣士として振る舞おうとしてるんだ」


「……敵は剣の名人です、手加減はできません、本当にどうなっても知りませんよ」


「ここまで鍛えてきた僕の身体だ、君が使えば必ず勝てる」


「私だけでは届きません」


「ああ、僕も助力するとも。派手な動き、大幅な変化は必要ない。少しの剣の長さの変化、より強い強度、あるいは軽量化をする、今から、最善最適の魔力操作を行う――」


「……いいのですか?」


「許す、やれ」


「はい!」


「くっ……」


「より精密に、より適切に、より知悉し、私は動きます、私は操作します、どれだけ鍛錬しようが人など越える……!」


「ハイウィロー流の剣士、お前は体の内部に剣を行き渡らせる感覚を知らない。僕らのほうが強い」


「ええ、ミロ・マイミの身体は今や私のものです」


「待って、なんか語弊が!?」


勝った、けど、さすがの敵だった。

最後の反撃の一撃が、こちらに届いた。



 + + +



マイミ家は、小高い山の上にあります。

切り開いて平らに均された場所は住むには不便ですが、戦いでは有利な土地でした。


「おお、ミロ、ようやく帰ったか、遅かったな」


「いいえ」


「む」


「私はミロではありません」


「……どういうことだ?」


「ハイウィロー流の高弟と戦い、全力を振り絞りました。私達は協力し、勝ちましたが、最後の反撃にて断ち切られました」


「それは……」


「どういった道理であるのかは不明です、しかし、私の意識はミロ様の身体に移ったままであり、ミロ様の意識はいまだ戻りません」


「……」


「マイミ家当主殿」


「なんだ」


「さまざまに手を尽くしましたが、私では戻すことができませんでした。そのため、恥を忍んでこのように帰還いたしました。なにか手立てはございませんか?」


「それは――」


「無いのですね」


「思い至らぬ」


「であれば、致し方ありません」


「まて、どうするつもりだ」


「マスターのいなくなった魔剣は、また封じられるのが筋でしょう?」


「その体のままでか」


「私をミロ・マイミとして扱えますか?」


「……」


「その葛藤と沈黙こそが答えです。私とて、そのように呼ばれたくはありません」


「なにか手立ては無いのか」


「おそらく主導権がミロにあるからでしょう、今の私は剣を操ることができません。ミロとつながる経路がないのですよ」


「……」


「封じてください、私を」


当主からの答えは、ありませんでした。



 + + +



結局のところ扱いとしては半端なものになりました。

封印蔵の近くで、半ば野営するように過ごします。

日に二度ほど食料すら分け与えてくれました。


「まあ、私を封じれば、実質的にミロを殺すようなものですからね、致し方ないのでしょう」


「まったく、なんというか、妙なところで甘いですよね、マイミ家の方々は。封じられた呪物の品々も、危険を承知の上での貯蔵でしょう。リスクとメリットが釣り合っていません。成人の儀に使うからとか、ほとんど言い訳でしかないでしょうに」


「実際、現当主が非呪物使いです。これらの呪具は必須ではありません。マイミ流の真骨頂は、魔と剣の融合。これは私達のような呪具と剣技ではなく、もともとは魔術と剣技の融合だったんじゃないですかね? ミロの強さの方向性は、あきらかにそれでした」


「ねえ、なにか言ってくださいよ、呼びかけている私が馬鹿みたいじゃないですか、ちょっと無口すぎません?」


「…………おそらく、の話ではあるんですが……」


「今のこの現状は、魂魄と呼ばれるものが交換された形です。あのハイウィロー流は、本当に全てを振り絞らなければ勝てない相手でした。それこそ魂ですらも」


「その状態で断ち切られた。私とミロが相手の器へと魂を注いでいる最中に。結果として、交換がなされた、そんなところでしょう。本当に、最後の反撃として命を奪うよりも厄介な置き土産でした」


「剣なのに魂があるのか、という話であれば、ええ、実をいえばあります」


「あまり自覚はありませんが、うっすら憶えてはいるんですよね――きっと、この剣を作る際に使われた魂魄です」


「割と珍しいのですが、体内に鉄鋼物を生成する民がいます、心臓付近に構築されるそれは最良の素材でもありました。いくつかの有名な剣はそれが元となっているとのことですが、まあ、こっちからすればクソですよね、心臓付近に生成されているため、殺して取り出さなければなりませんし」


「まあ、そんなことはゴメンなので里を抜け出して好き勝手して色んな人を高笑いしながら破滅させていたわけですが、捕まってしまいましてねえ。さすがに軍まで出てこられては逆らいようがありません。死罪の上に内部の鉱物まで取られました」


「罰そのものには文句はありません、けれど、別の文句はあります。使用もせずに呪われたもの扱いするのって、ちょっとひどくないですか? こんなにも心清らかな魂だというのに」


「むう、いつもならここで来るツッコミすら来ませんね。この方向性ですらダメですか」


「それなら、うん、仕方ないですよね? 他に手段がないんですもんね! ね!」


ちょっとだけウキウキです。



 + + +



身体が違う、と思える。

だから、最適化する。


目が見えない、感じ取れない。

肌がない、何にも触れない。

舌も鼻も耳も機能していない。


完全な無明の中で、僕は僕を続ける。


けど、そもそも、僕って、なんだ?


哲学的な問いに答えはない。


ふわふわと浮かぶ記憶はすべて他人事のようで実感がなかった。

それを頼りにしてはいけないという直感があった。


今ここで在るためには、それらを手がかりにしてはいけない。

人であることは己の証明にはならない。


ならば、伸ばす。


僕が僕をわからないのであれば、全力をただ振り絞る。

魔力を展開し、染み渡らせ、己のものとする。


強固に「他者」と定義されたものを自身のものだと認めさせるのには相応の時間を必要とした。


「――」


なにかの刺激がある。

初めてのもの……いや、どこかで知っている、気がした。


声が聞こえる。

匂いがする。

触られている。

味すらある。

そうして僕は、世界を知る。


「ああ」


そうして見えた景色は。


「久しぶりですね?」


いろいろと違っていた。



 + + +



今の僕は剣だった、けれど――


「剣の形がずいぶんと違ってますねえ」


「うん……」


「おそらく、ミロに合わせる形となったのでしょう、その剣はもはやミロの魂魄の形であり、そのものです」


「そっか……」


「まっすぐな直剣なのに、どこか歪にも見える、とてもミロらしい形です」


「あのさ……」


「なんでしょうか?」


「僕が剣になったことは、わかってる。ここまで形が違ったら、君がこの剣に戻ることも難しいとは思う」


「そうですね、もうその剣はミロのものです、身体を好きにされてしまいました」


「言い方ぁ!?」


「でも実際そうでしょう?」


「でもだからって、どうしてなんで僕の身体が女の子になっているんだよ!??」


「えー、ミロが私の身体をそう変えてしまったのですから、私だってそうしたっていいでしょう?」


「それに関しては強くは言えない、けど、最初に見たとき誰だと思ったよ、なんだよこの美少女と思ったよ!」


「自画自賛ですか?」


「だからすごい時間が経って見知らぬ人が僕を手にしてるのかと!」


「あれから2ヶ月くらいですよ?」


「その短時間でどうしてそんな完璧に女の子してるの!!??」


「大丈夫です」


「なにが!」


「中身はまだそんなに変えてません」


「これから本格的に変える気まんまんじゃないか! そんなにってどういうことだよ! 何もかもまったく大丈夫じゃない……っ!」


「おそらくいままで目覚めなかったのは、根本的な魔力不足だと思われます」


「話をガンガンに変えすぎじゃない!?」


「いえ、割と大変だったんですよ? ミロは普通の魔力譲渡を受け取ってくれませんでした」


「え、じゃあどうやって?」


「私の性質を利用しました」


「性質? 変化と変質――いや、この場合は違うか、血を吸うんだっけ」


「いえ、精液の方を……」


「何してんの!? 何やってくれちゃってんの!? というか夢現に感じたあの味って……ッ」


「そのような経路で魔力を渡しました。だから身体の中身までは、まだ変えなかったんですよねー」


「どうして血にしなかった!!」


「血を吸う魔剣って、ミロは嫌じゃないですか?」


「そうかもしれない! でもだからってそっちを吸うのは変態剣だ! 感謝したくてもできないよ!」


「別にこれから接種しなければいいでしょう? 癖にはなっていませんよね」


「…………うん……」


「あらま」


「違う、そうじゃない! 体験として変な刷り込み方をされてる可能性を考えただけだ!! これからはもうしない!!」


「だが、主導権は私にあるのでした」


「嫌だからね、絶対に嫌だからね!」


「フリですか?」


「違う!」


「うふふ」


とてもうれしそうに笑っているのを僕は感知する。

剣となったからなのか、歓喜はダイレクトに伝わってくる。


表面上の慎ましやかな笑顔とは裏腹の、巨大なうねりのような喜びだった。

僕を手に入れ、独占欲が満たされていた。

そう――絶対に手放さないという執着も一緒に伝達されていた。


「ああ、もう」


「どうしました?」


「父上の言う通りだ、悪い女に捕まった」


「あらま」


そのことに悪い気がしないのが、一番の問題だった。

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