貴族なのだから/庶民であるのなら

「――彼の答えは、こうでした」


 会議室。

 少女は会した一同、そして最高責任者CEOであるキヨの視線に動じることなく、次なる言葉を紡ぐ。


「我が輩は貴族である。

 では、貴族にとって欠かせないものとはなにか?

 ――領民領地。

 そうではない。

 ――名声、血筋。

 あれば尚良いが、そうではない。

 ――伝統、歴史。

 これもまた、その限りではない」

 

 少女を通し、まるで自分に問いかけているように、キヨには思えた。

 彼女による、彼の言葉は続く。

 

 貴族にとって欠かせないもの。

 それは――。


「――それは、人との繋がりによる欲である。

 さて、繋がる欲とはどういうことか。

 それはつまり――。


 たとえばたっとぶ者がいなければ、貴族というものはそもそも存在しない。

 たとえばそれを支える者がいなければ、貴族というものはその責務を果たせない。


 誰かにかしずかれたい、誰かを愛したい、誰かを蹴落としたい、誰かのために何かをしたい――。

 それこそ貴族を貴族たらしめる核であり、人と繋がる欲というものである」


 キヨは真剣な面持ちで、朗々と響く声を聞く。


「そう――我が輩は貴族である。

 たしかに、責務からは逃れられぬ。

 国が、国王が、我が輩に北方へ向かえと告げる。

 死ねと命令する。

 理不尽にして、遺憾。しかして、我が存在そのものが理不尽にして遺憾ゆえ。その命に異を唱えることは、もとより許されぬ存在定理である」


 キヨが思わず息を呑み――。

 少女は、続きを諳んじる。


「しかし同時にまた――欲からも逃れられないのも、またその性質。

 それは無論、我が輩自身の生きたい、死にたくないなどという欲のことではない。


 我が輩が弟から死を請われ、死地へと送られるように。

 誰かが我が輩の生を願うのなら、そして、生かさなければならない命がこの手にあるのなら。

 誰かと我が輩が繋がり、欲を持つのならば。


 生きねばなるまい。

 たとえ身分を捨て、過去を捨て、名を捨てようとも――」


 そして、少女は彼の言葉を続ける。


「――


 少女が口を閉じて着席し――しばらく経っても、場内は水を打ったように静かだった。


 しかるのちに、


「生で聞きたかった……その名演説……」


 と、キヨが目頭を押さえて呟いた。


 まずは、安堵。

 そして――やはりゾルガタ様は、自分の知っている通りの人物だという感動に、齢48にして、もはやハムスターが一生懸命口を動かしているだけでも涙が出てくるほど弱った涙腺を刺激されていた。

 

 しかし、数分経って立ち上がった時――その声には、穏やかながらもリーダーシップに溢れていた。

 

「では、ゾルガタ様のことは、本人の意向も加味しつつ、あなたに引き続き任せるわ」


「はっ!」


「偽造身分証、それから銀行口座も抜かりなく。なるべく不自由がないように差し上げて頂戴。偽装死体に関しては――ネクロマ?」


「はっ。

 死体のことならなんでもお任せ、葬儀屋本舗総合部長、ネクロマはここにおります」


「同体格のものを二体、ヴァイアちゃんの分も忘れずにね。

 検死官への根回しは、カナケンと協力なさい」


 集まっている企業の重役、盗賊団やギルド長、官僚に至るまで――それぞれ、的確に指示を出していく。

 それこそが、キヨの裏社会を仕切る首領ドン――世に知られざる女傑としての顔であった。


「――それから、適当な闇バイトを襲撃犯として捕まえさせる手筈は整ってるわね?」


「人選のピックアップ、警察への根回し含め完了してまーす」


「よろしい。

 それじゃ――なにかあったら、テレグラムで連絡頂戴」

 

 会議室の扉を開け、出て行こうとするその背に、「ボス!」と声がかかる。

 盗賊団のリーダー……先ほど、ゾルガダの言葉を諳んじて見せた少女である。


「失礼をお許しください。

 しかし――どうしても、教えて頂きたく」


「――なにかしら?」


 少女は自分の考えなしの行動に今さら迷いを見せたが、意を決して口を開いた。


「……わたしには、分からないのです。

 組織をこれだけ大きく動かすのは、あまり前例がないこと。

 なぜなら、大きな動きこそが打草驚蛇を招くというもの……。明確なリスクだからです。

 それを……いかにゾルガダ様が立派な人物であれ、なぜ、そこまでするのか……」

 

「そんなの、決まってるじゃない」


 まあ、と大げさに驚いてキヨは振り返る。

 叱責、いやさ馘首すらも覚悟していたが――キヨの表情に不興の文字はない。


「生きたいから生きる。助けたいから助ける。

 私たちは、いつだってそう。理屈も理由も、どこにもない。

 目の前のことに、一喜一憂して、もがいて、欲をかいて、大騒ぎ――」

 

 軽やかに歌うように言って、彼女は少女にウィンクする。

 

「それが、貴族なんかじゃない、私たち庶民の生き方でしょう?」

 

 最後に、まるで無垢な少女のように笑って――。


 キヨは、ぱっと姿を消した。


「――――庶民の、生き方」


 少女は、キヨの言葉を反復し、そう呟く。

 そして、自分の顔に手をやって自然と笑みが零れていることに気付いてから――よし、と思う。


 目の前のことを、精一杯。

 やるべきことを、やろう。


 ボスのために――そして、ゾルガダ・ボンダンドールのために。



 そうすっきりとした気持ちで決めて、目を瞑った少女は、転移術を起動させた。

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性奴隷を買ったのに優秀すぎてヤれなくなった。~結局、なぜ我が輩はアイドルグループを運営することになったのか~ 秋サメ @akkeypan

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