台詞『八龍』

第9話

(狴犴、贔屓、睚眦、幽幽)

狴犴「……で、どうすんのこれ」

贔屓「おっかしいなぁ〜······普段（ふだん）なら前（まえ）に立（た）てば勝手（かって）に開（ひら）くのに」

睚眦「門兵（もんぺい）は何（なに）をして居（お）るか。主（あるじ）の帰還（きかん）で在（あ）ろうに」

？？「全（まった）くです。不測（ふそく）の事態（じたい）も予感（よかん）出来（でき）ないとは、贔屓衆（ひきしゅう）の名折（なお）れ。彼等（かれら）には少々（しょうしょう）の暇（いとま）を出（だ）しましょう」

狴犴「あ、アンタの妹（いもうと）じゃん」

贔屓「あ！　幽幽（ヨウヨウ）！　この門（もん）、開（あ）けてくれないかな〜！？　僕（ぼく）じゃ開（あ）けられないから、困（こま）ってるんだよ〜！」

幽「あら兄上（あにうえ）、随分（ずいぶん）と小（ちい）さくなられましたね。米粒（こめつぶ）でもまだ大（おお）きいかしら」

贔屓「え」

幽「尤（もっと）も、悪路（あくろ）の長旅（ながたび）に喘（あえ）いでいたのでしょうから、それも致（いた）し方（かた）無（な）いとも云（い）えるわね。しかし、驢馬（ろば）は旅（たび）をしても馬（うま）にはならぬと云（い）う言葉（ことば）は誠（まこと）の様（よう）です。残念（ざんねん）でなりません」

贔屓「あ〜······うん」

睚眦「のう、狴犴（ヘイカン）……」

狴犴「何（なに）」

睚眦「彼奴（あやつ）、妾（わらわ）を見（み）て居（お）らぬぞ？」

狴犴「知（し）ってる。あたしの事（こと）も見（み）ていないから、きっと元（もと）からこいつ以外（いがい）眼中（がんちゅう）に無（な）いんじゃないの？　いつかのアンタみたいに」

睚眦「云（い）うではないか。で、如何（いかが）する」

狴犴「ここはまだ見守（みまも）る所（ところ）じゃない？　変（へん）に暴（あば）れても通（つう）じたりしないでしょ」

睚眦「然様（さよう）か。然（しか）らば妾（わらわ）は待（ま）つ事（こと）としようぞ」

狴犴「そうして。あたしもそうする」

贔屓「え〜っと……二人共（ふたちとも）……」

睚眦「む？」

狴犴「何（なに）さ」

贔屓「手伝（てつだ）ってくれたり、しない……？　多分（たぶん）これ、血（ち）が足（た）りないのと、傷口（きずぐち）が痛（いた）んでまともに力（ちから）が入（はい）らない奴（やつ）……」

狴犴「……大丈夫（だいじょうぶ）って云（い）ってたのは？」

贔屓「咄嗟（とっさ）に、云（い）っちゃってさ……」

睚眦「其（そ）の有様（ありさま）では何（なに）を申（もう）せど格好（かっこう）等（など）付（つ）かんわ、全（まった）く……」

贔屓「御力（おちから）を御貸（おか）し頂き、恐悦至極に存じます……あっ、壊（こわ）さぬ様（よう）に御願（おねが）い申（もう）し上（あ）げます！　これでも我等（われら）の財産（ざいさん）なもので……！」

睚眦「解（わか）って居（お）るわ。妾（わらわ）を誰（だれ）と心得（こころえ）るか」

狴犴「生（い）きて意思（いし）持（も）ってる災害（さいがい）」

睚眦「何（なに）を云（い）うか！　妾（わらわ）は仮（かり）にも帝（みかど）の娘（むすめ）ぞ！」

贔屓「仮（かり）にもと申（もう）されると云（い）う事（こと）は、然程（さほど）其（そ）れに頓着（とんちゃく）してはおられないのですね」

睚眦「然様（さよう）な物（もの）は只（ただ）の飾（かざ）りよ。其（そ）れで妾（わらわ）の力（ちから）が増（ま）す事（こと）等（など）……無（な）かろうッ！」

狴犴「じゃあ反論（はんろん）になってないじゃん……」

贔屓「良（よ）かった壊（こわ）れてない……！」

幽「お帰（かえ）りなさい、視視（シシ）。帰（かえ）って来（こ）なくても良（よ）かったのですよ」

贔屓「ただいま幽幽（ヨウヨウ）。そうはいかないんだ。ここに居（い）ないと、命（いのち）が幾（いく）つあっても足（た）りない」

幽「何（なに）を云（い）うかと思（おも）えば。逆（ぎゃく）ですよ。貴方（あなた）は外（そと）に居（い）るべきなのです。そうでもしなければ貴方（あなた）は成長（せいちょう）等（など）しないでしょう」

贔屓「その訴（うった）えが、この矢文（やぶみ）かい……？　いつにも増（ま）して随分（ずいぶん）と手厳（てきび）しい様（よう）だけれど」

幽「云（い）わずとも解（わか）るでしょう」

贔屓「そっ……かぁ……」

狴犴「ちょっ……！」

贔屓「あ〜······これ、不味（まず）い奴（やつ）だ……」

狴犴「……生（い）きてる……けど、意識（いしき）は無（な）いね」

睚眦「死（し）にはせんな。血（ち）が足（た）りぬか」

幽「寝（ね）れば治（なお）ります。お気（き）になさらず」

睚眦「…………」

狴犴「…………」

幽「……寡黙（かもく）ですね」

狴犴「……あっ、私達（わたしたち）か」

幽「ええ。兄（あに）の対応（たいおう）に追（お）われていた為（ため）にまともに挨拶（あいさつ）も出来（でき）ず、申（もう）し訳（わけ）ありません」

狴犴「はぁ……いやまぁ、良（よ）いんだけどさ」

睚眦「兄（あに）一人（ひとり）に然様（さよう）にせねばならんのか？」

幽「兄（あに）であるが故（ゆえ）です。我々（われわれ）は、彼（かれ）に峻険（しゅんけん）に接（せっ）さなければならないのです。ご理解（りかい）下（くだ）さい」

狴犴「……そうしなきゃいけないってのは、解（わか）ったけどさ……取（と）り敢（あ）えずこいつ運（はこ）ばない？」

幽「ええ。このままでも死（し）にはしませんが、回復（かいふく）が遅（おく）れますので」

睚眦「然（しか）らば、邪魔（じゃま）をするぞ」

狴犴「少（すこ）しは手伝（てつだ）えよ……」

睚眦「汝（なんぢ）一人（ひと）でも盤石（ばんじゃく）で在（あ）ろうよ。落（お）としはすまい」

狴犴「そりゃそうだけどさ……もうちょっと協調性（きょうちょうせい）って物（もの）を……いや、もう良（よ）い……」

幽「私（わたし）は……却（かえ）って邪魔（じゃま）になってしまいそうです」

狴犴「あぁ、うん……それは有難（ありがと）う……はぁ……護衛（ごえい）って云（い）ったのはこっちの方（ほう）だし、仕方無（しかたな）いかぁ……」

幽「お二人共（ふたりとも）、出来得（できう）る限（かぎ）りの歓迎（かんげい）をさせて頂（いただ）きます」

睚眦「応（おう）。妾（わらわ）の寵児（ちょうじ）に手傷（てきず）を負（お）わせた者（もの）の手練手管（てれんてくだ）、見（み）せてみるが良（よ）い……」

狴犴「あ、ちょっとキレてる……」

幽「承知（しょうち）致（いた）しました。この命（いのち）に代（か）えても」

狴犴「何（なん）なのこの妹（いもうと）……」