おばあちゃんと夏の日

池の主

幽霊と夏の日

おばけっていると思いますか。


私はいないと思います。おばけって、怖い場所にいるイメージですよね。

例えば、墓地や廃墟......そう、古い民家とか。

毎年、夏休みを使っておばあちゃんの家に行きます。

おばあちゃんの家は、おばあちゃんが生まれる前からある、とても古い家です。


いわゆる、おばけがいそうな家です。


けれど、おばけが出たことなんて一度もありません。なのに、あのガキこと、私の

妹なのですが、「あそこ、お化けがいそうで行きたくない」と駄々をこねくりました。床に張り付いて、手と足をジタバタと。それはもう、震度4強の破壊力がありました。結果、両親は妹に付きっ切り。せっかく中学生になったのだからと一人で行くことになりました。


ちくしょう、もっとおばあちゃんを敬いやがれ。


おばーちゃんは、おじいさんに先立たれてから一人っきり。

長期休みにでも孫の顔を見せて元気出させないと。私も、おばあちゃんの顔も見たいし……

とにかく。おばけなんて、いません。おばあちゃんの家に行って、証明してやりますよ。


「おばあちゃーん、いーーるーーー?」


私は、玄関に立ち、セミの合唱に負けないぐらい大声でおばーちゃんを呼びました。

田舎の玄関なので、鍵なんてかけていないけれど、誰かに開けてもらう方が嬉しいのだ。


「あぁ、誰だい。こんな、大声で」


ぶつぶつとした声と共に、足音が近づいてくる。


「げ、ダボ孫。帰ってきたのか」

「おばあちゃん、ただいま」


おばあちゃんの顔にきざまれたしわや色素の抜け落ちた白髪、

老いいているはずなのに、それを上回る快活さが好きです。


「ほれ、そんなとこつったてないで中に入れ、中に」

「もう分かってるよ、おばあちゃんってせっかちなんだから」

「なにごとも早いにこしたことはないんだよ、このダボ孫」


お出かけ用に持ってきたスポーツバックを握りしめ、家の中に入っていきます。

懐かしい、おばあちゃんの家のにおいがする。


「おばあちゃんちって、おばあちゃんって感じのにおいで、好き。

でも、いつもより、なんか。おばあちゃんを感じる?」

「……そうかい」


おばあちゃんはすこし、寂しげな表情をしてから、どこか遠くを見つめました。


「おばあちゃん?」


私が不思議に思って、おばあちゃんを見つめていると、すぐにいつも通りのにらみっつらに戻りました。


「取り合えず、その重そうなもん2階において行きな。スイカ、切ってやるけん」

「うん!!」


さっきのおばあちゃんがおばあちゃんらしくないところは、気になりました。

始めてみる表情だったから。けれど、スイカの三文字はそんなことを忘れさせました。


スッイッカ、スッイッカ。私は、わくわくに体を任せ、階段を駆け上がりました。


「まったく、単純なガキだね」


おばあちゃんの呆れが顔を知らないまま。




スイカを満足に食べて、縁側で眠っていたころ。


ひゅーー、どん。


爆裂音が私の耳に入って拡散していきました。


「ん、ん……なに」


気が付くと、掛け布団が体を包んでいました。


「お、おばあちゃん」

「起きたかい、このダボ孫」


おばあちゃんは、座布団に正座しながらお茶をすすっていました。

わたしは布団にくるまりながら、そらを見上げました。


ひゅーどん。ひゅーどんどん。キラキラ。


花火が打ちあがっていました。


「はなび、大会?」

「今日は神輿祭りの日だからね。花火も、夜空にさくもんだい」


花火大会か。昔、おばあちゃんと


「昔、おまえを祭に連れて行ったんだけど、覚えているかい」

「お、おぼえているにきまってんじゃん」

「そうかい」


驚きました、おばあちゃんもおんなじこと思ったなんて。


「おまえさん。散々、いろんなもんであそんで、食べたくせに、綿あめ屋の前で、

駄々こねてたんだよ」


そんなことあったけ。


「私がそんなもういっぱいたべて、おなかにはいるわきゃないっていうと。

甘いのは別腹だとよと。寝そべって、じたばたと手足を地面に打ち付けるもんだから、仕方なく、綿あめを買ってやったんだ。」


恥ずかしい。


私は顔を赤らめた。妹のジタバタは私譲りだったのか。

過去への羞恥を感じつつ、妹のことを考える。妹、妹。


「あ。おばあちゃん、聞いて。妹がさ」


私は話題を切り替えるべく、妹の話を切り出した。

おばあちゃんちが古い民家でおばけがでそうで怖いんだって。

両親も妹に付きっ切りだから、私だけで来たんだよと。

不平不満をできるだけ大げさに口をとがらせて言いました。


おばあちゃんは私が話終わるまで耳を傾けてから、ゆっくりとした口調で


「そうかい」


と一言で返しました。


「ねぇ、おばあちゃん」

「なんだい、ダボ孫」

「おばけって、いると思う?」


花火がきこえる。なんども、なんども、夜空に花を咲かせては消えていく。


「おばけはいる、いないじゃない」


おばあちゃん、きっぱりという。


「じゃあ、なんだっていうの?」


私はおばーちゃんの顔を覗き込んだ。とても、寂しげだった。

おばあちゃんは、遠くを見つめていった。


「信じる、信じないだ」


私はなんだか、分からなかった。

信じる、信じないじゃ。いるのか、いないのかわからない。

私が反論しようとして、口を開きかけた時。


「さぁ、もう暗くなったし。ガキは寝る時間だよ」


おばあちゃんに先を越された。


「私を子供だと思っているの。もう中学生だよ」


私は、駄々をこねように言った。


「小学生も、中学生も、高校生も、ババアにとったら全員ガキだよ。

ほら、さっさと寝た、寝た。もうババアは眠くて仕方がないや」


おばあちゃんは、大きなあくびをした。

まったく、おばーちゃんが眠いのか。私は、素直に言うことを聞くことにした。


「わかった、わかったよ」

「わかったか。ほらしっし。二階で寝てこい」


おばあちゃんは片手で振り払う動作をしながら、投げやりに言いった。

私は、二階へと足を動かしつつ、ある言葉を思い出し止まった。


「おばあちゃん」

「なんだい、ダボ孫」


私はできるだけ明るく、笑顔で言った。


「おやすみなさい」


おばあちゃんはそれを見て、安心した面持ちでこう返した。


「おやすみ」




翌日。セミのコーラスが佳境に入り、否が応でも起きてしまった。


「ゲ、もうこんな時間か」


既にお昼どきを過ぎてしまいました。

私は朝食を求め、台所に向かいました。

台所には、なにもありませんでした。食器が全部しまってあり、おたまやフライパン

も壁に掛けられたまま。まるで、誰も使っていないかのように。


なにか、おかしい。


私は、湧きだすこころのざわめきを押さえつけながら、おばあちゃんを探しました。


「おばあちゃん、どこー」


「おばあちゃん。おばあちゃん」


「おばあちゃーーん」


おばーちゃんの返事がしない。買い物にでも、行ったのだろうか。

私は、近くのスーパーに行くために、玄関に向かった。


玄関の引き戸がガラリと空いた。


「おばあちゃ……」


近所の石田おじさんだった。

石田おじさんは、こっちの姿を確認すると、目を見開き言った。


「まさか、優子の孫の美緒ちゃん?」

「は、はい。おばあちゃん大好き、孫の美緒です」

「大きくなったねぇ」


石田おじさんは、あごのひげを触りつつこちらを見てきた。

感慨深く、懐かしむように目を細めながら。

数秒、時がながれたころ。


「ごめん、ごめん。つい懐かしくなってしまって」

「はぁ、別に若い時のおばあちゃんに似てるとかであればどうぞ見てください」

「君はほんと優子のことが好きだね」

「当然です」


私は胸を張って答える。石田おじさんは、そんな私の様子を見て、押し黙る。

私は、おじさんの雰囲気で気持ちを切り替えた。真面目、真剣な話が来る。

おじさんは、じっくりと私の様子の変化を見てから、口を開いた。


「それで、美緒ちゃんも優子に線香をあげに来たの?」






おばけっていると思いますか。


私は、正直に難しいです。

おばけがいるのかどうか、あんな体験をしたから。


でも、信じてみようと思います。

おばけが、おばあちゃんが今も見守ってくれていると思うと、


なんだか、元気が出てきますから。

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おばあちゃんと夏の日 池の主 @ghuieasa

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