第4話 カメですので、人様の人生をどうこう言う資格はありません
いったいどのくらい月日が流れたのかは覚えていない。ただ、かなりの年月がすでに過ぎ去っている。しかし、その日がいつ来てもいいように、私はこの場所に居続けていた。そして、今日。待ちに待ったその日がやってきた事を知る。
突如、浜辺に上がった白煙。
その箱が開けられた気配を感じ、私はその場所に急いで行く。ただ、少し着くのが遅かったのだろう。すでに、そこには白煙はなく、その箱もない。ただ、呆然と立ち尽くす老人だけが、まるで打ち上げられた流木のように、そこに取り残されていた。
ただ、老人となったその人の姿を、私が忘れることはない。
「おや、爺さん。このあたりで煙が上がったようだけど、あんた何か知らないかい? いや、それよりどうした? 爺さん。それに、あんた見ない顔だな? この村に誰かを訪ねてきたのかい? そんな困った顔をみるとほっとけないな」
白煙を見てやってきたのだろう。人のよさそうな若者が、浜辺で佇むその老人に声をかける。だが、老人雰囲気もそうだろうが、その言っている事もよくわからないのだろう。しきりに首をかしげていた。
若者よ、おそらくその老人もわかっていないのだ。ただ、老人が自分の名を告げたあたりから、その若者の態度が違っていた。
「なるほど、なるほど。わかったよ、爺さん。まあ、よくはわからないが、その名前を口にするなら、爺さんはこの村の縁者か――、まあ、それに連なる者に違いない。その名はこの村では特別な意味を持つ上に、大切にされている名だ。しかも、その母親の名まで言えるとなるとなおさらだな。なるほど、縁者だからこそ、その名を知っているか聞くように言われたわけだな! なぁ、きっとそうだろう? まあ、そうだろうよ」
さらに、よくわからないという顔の老人をよそに、若者は自らの理論と理解を掘り進めていく。
「そして、今は困っているわけだ。なるほど、なるほど、なるほどな! 大丈夫だ、爺さん! この村には昔から言い伝えられている言葉がある。まあ、伝統だな。知ってるだろうけど、『困ったときはお互い様』だ。だから、安心していいぜ!」
その老人の手を取り、若者はニコリとそう告げていた。
「もっとも、貧しい村だ。そんな贅沢はできないけどな。でも、爺さんも出来る事があったらやってもらうぜ?」
まだよくわかっていない老人の手を引き、若者は村の方へと歩みだす。ただ、心なしかその足取りには、不安な様子は見られない。
――そうだ、もう少し、この先も見続けよう。
まだ、若干の戸惑いをみせながらも、その若者に手をひかれる老人の背をみて、私はそう感じていた。
《了》
カメはミタ あきのななぐさ @akinonanagusa
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