第3話 それは貴方達が決める事です

 村長にその自覚は無いのだろうが、そんなことを言われてしまっては、それ以上誰も何も言える雰囲気ではなくなってしまうに違いない。


 案の定、コソコソと近くで、お互いに目で会話する者はいても、誰も言葉に出して、話を進めることはしていない。


 ――この村を見ればわかる。誰もが自分のことで精一杯なのだ。


 それは村長も同じだろう。ただ、そんな中でも浦島太郎の両親の行いを、村人たちはよく知っている。そして、それは両親だけでなく、浦島太郎自身もそうだったから余計にその事が響いているのだろう。


 その事を感謝しているからこそ、村人たちは出来ないことを口に出せずにいるのだろう。


 すきま風が入るその小屋には、重い沈黙がどっしりと居座っているようだった。もう長い間、そいつはその場に居続けている。ただ、時折囲炉裏の火が奏でる音とそれが描く村人たちの影の揺らぎだけが、おだやかな温もりと時の流れを伝えていた。


 ――もし、浦島太郎がこの事を知ったらどう思うだろう?


 そもそも、私が連れて行った竜宮城は、おかとは違い、非常にゆっくりと時がすすむ。浦島太郎を送り届けてすぐに来ても、おかではすでに数日がたっていた。


 もちろん、その事を浦島太郎はまだ知らない。いや、知ることもできないのだろう。


 もっとも、太郎はちょっと行って、すぐに帰るつもりだったに違いない。だが、海の中で息が出来るということや、不思議な出来事、乙姫様の美しさに圧倒され、もはやそれどころではなくなっていることだろう。


 ただ、今となっては、太郎が今すぐに帰ったとしても、きっとここにいる人たちもこの世にはいない。


 そんな自分がいない所で、自分が大切にしている母親の生死に係わる会合が開かれている事など、浦島太郎は露と知らずにいる事だろう。


 そんなとりとめのない事を考えている中、囲炉裏の火が大きく音を出してはじけていた。それを契機したのかどうかはわからないが、あの若者が大きく息を吸い込んで、自らの気持ちを吐き出していた。


「よっ……。いや、いっ、五日、だ……。りょっ、漁が下手な……、オッ、オラが、でっ、出来るのは……」


 それは無理やり絞り出したかのようなか細い声。先ほどの呟きよりも、はるかに細いその若者の声。だが、それはそこに居る誰もに届いていた。お互いに顔を見合わせ、頷きあう。まさに、それが呼び水となったように、村人たちは次々に、それぞれの気持ちを言葉にしていく。


「なら、そのあとの十日だ」

「いや、それなら――」


 それは、あっという間の出来事。堰を切ったように続く村人たちの声に、私は一瞬その変化に戸惑っていた。しかし、あの若者の言葉を皮切りに、それぞれが持っていた気持ちが一気に開花していくのを目の当たりにして、私は初めておかで見た、あの感動を思い出していた。


 いや、そもそも苗床として、浦島太郎とあの両親だからこそ、と言えるのか――。


 彼らの日々の行いこそが、この場とこの空気を生んでいた。そして、人間はほんの少しのきっかけで変化する。良い事も、悪いことも。


 ――だから、とても興味深い。


 しかも、その瞬間を、間違いなく私はこの目で見ることができた。これを、感慨無量の極みと言えるに違いない。


 ――いや、まだだ。まだだった。私はもう一つ、その事を見届ける必要がある。


 その為に、私はまだこの村を観察し続けることにした。

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