第2話 家の中を拝見してもよろしいですか?

「皆の衆、浦島の太郎がいなくなった」


 浜辺に近い村の寄り合い場――風で吹き飛ばされそうなほどの古い小屋――に集まった漁師たち。ただでさえみすぼらしい恰好の男たちが、重い顔で囲炉裏を囲んでいた。その中で上座にいる一人が、今さらながらの事を尊大に宣言していた。


「のう、村長。それは皆よう知っとる。皆も薄情な阿呆ではないのだ。だからこそ、こうして各家を代表して集まっておる」


 最初に宣言した村長の隣に座る年寄りが、ため息交じりにそう告げていた。だが、その言葉を聞いた村長は、大真面目な顔で年寄りに言葉を返していた。


「大爺よ、大事なことだから言ったのだ。話し合う場で、互いの認識が違っていたのでは話になるまい? 太郎の事を、まず受け止めて、話し合わねばならぬのだ。いや、正確に言えば、あの母親想いの太郎が、母親を残して忽然と姿を消した。理由はわからんがな……」


 尊大な態度を崩すことなく、村長は皆を見回して、再びその言葉を告げていた。


「村長、太郎がひょっこり戻ってくる可能性はないのか? オラはまだ信じられん……」


 一番端に座っている若い男が、自らの気持ちを口に出す。だが、その希望はかなえられないであろうことは、その若者も知っているようだった。


「太郎の船には、全てがそのまま残っておった。今すぐにでも、漁ができるほどにな……」

「しかも、あの日は穏やかじゃったな。不思議と、皆不漁じゃったが……。まるで海の生き物が、全ておらんようになったように……」

「もしや、物の怪モノノケの仕業か? まさか、海神様がお怒りに!?」

物の怪モノノケはともかく、あの太郎の事。海神様は無いじゃろうて……。誰ぞ、その前の太郎を見た者はおらんのか?」

「太郎も親父殿と同じように鼻が利くからの。その行動はよくわからんよ……。だが、やはり親子じゃよ。親父殿と同じで、いつも一人で、その日に必要な分だけじゃ……」


 口々に、近くの者と話し合う村人たち。いくら話し合っても解決しない事を、この狭い小屋の中で続けていく。だが、それもいつまでも続かなかった。


 そう、薄い壁の隙間からのぞくまでもなく、ひときわ大きな声が小屋の中から沸き起こっていた。


「もういいわい! さっき太郎はおらんと言うたじゃろ⁉ 今宵集まったのは、そんな事を話し合うためじゃなかろうが! 村長も――! 回りくどいことは言わず、本題に入ればよいじゃろうが……」


 大声を出したわりに、そのあとは小さくなる大男。そもそもそれほど意見を言う方ではないのだろう。今も見るに見かねての発言に違いない。だが、体格に応じたその声は大きい。さらに、怒気を含んだその声は、その大男の心情を物語っていた。


 ただ、その事で、周囲にいっそうの緊張感が張り巡らされる。


「さよう、今の問題は太郎の母を誰が面倒みるのかじゃな。太郎がどうしていなくなったかも問題じゃが、今宵はその話をするために集まったわけではない」


 村長の隣に座る年寄りが深く頷き、静かに大男の言葉を繋げていた。ただ、その言葉を聞いた途端、そこに居る誰もが俯き始める。


「もちろん、誰もが生活に余裕が無い。そのことは、この村に住む者がいちばんわかっておる。だが、この村に住む者だからこそわかっておろう? この中でも、太郎の母親の世話にならなかった者はおるまい? 無論、亡くなった太郎の親父殿や、そもそも太郎自身にも助けられた者も少なくなかろう? それに、あの親子の口癖も知っておろう? 『困ったときはお互い様』だ。だからこそ、儂らもそうあるべきだと思うのだが?」


 下を向く村人に向かい、村長は静かにそう告げていた。ただ、それに答える者はなく、皆ただただ俯くばかりであった。


「そういう村長が……」


 それは決して大きな声ではなかっただろう。ただ、静まり返ったその場にあって、呟きに似たその言葉は、発した若者が驚くほど響いていた。


そう、響いたその言葉に、小さく頷くものが多かった。


「無論、儂もそうじゃ。じゃが、儂は村長として、皆の意見を聞いておる。それに、知っとるぞ? お主、太郎からかなり獲物を分けてもらっておったよな? 今見た中にも、心当たりがある者がおるようじゃが?」


 強い言葉と共に、その者達を眼光鋭く見据える村長。ただ、それ以上は追求せず、ただ周囲を見回すのみで終わっている。


 ただ、その事で、より一層話し合う雰囲気ではなくなってしまっていた。

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