#3
* * *
ふわふわと小動物のような白井に無邪気に好意を寄せられて、悪い気はしない。はっきりと言葉にして部長が応じたわけではないかもしれないが、自然と、部長と白井は恋人同士の関係になった。
そこへ横恋慕してきたのが黒木だ。勝気で情熱的な黒木は、白井の存在にお構い無しに積極的に部長にアプローチした。僕らは皆その様子を目の前に見ていたはずなのに、誰もそうとは思わなかった。僕らはまだ子供だったから。それはただおふざけの一環だとか、偶像崇拝のようなものだと勝手に解釈していたのだ。
黒木のアプローチは日増しに激しくなり、白井はそれが我慢ならなかった。
黒木と白井の間にどのようなやりとりがあったのかは分からない。けれど、悶着の結果、白井は黒木を殺害してしまった。
パニック状態の白井は、恋人である部長に助けを求めた。
駆けつけた時、黒木はすでに事切れていた。部長は即座に決断した。
部長の指示で、二人は死体を遺棄した。生きている者が大事だから。部長らしい決断だと思う。
しかし、人を殺して遺棄するなんて、並の人間が平常心で耐えられるものではない。黒木が失踪して白井が怯えていたのは、事件に対してではない、罪の意識に怯えていたのだ。
耐えられない白井を見かねて、部長は白井とともに逃走した。まずは白井の身を隠してから、それを追ってまた部長も。彼女らは、自ら失踪したのだ。
中学生の少女二人きりの生活。決して楽なものではなかっただろう。だが、生きるという強い意志さえあれば、何とかなるものだという。二人は犯した罪から逃れ、新しい生活を一から作っていった。
はずだった。
しかし、白井は罪悪感から自死してしまった。部長を残して。もう部長自身には逃げ続ける理由はなかった。しかし、もとの生活に戻ることで、白井の罪が露見してしまうことを避けるため、一人きりで生きていくことを決めた。
人間て難しいね。科学なんかより、ずっと。中学生でも生きる意志さえあれば何とかなるのだけどね。……生きるだけならね。私は。タイム・トリップを、未来を信じて生きた。
数年ぶりに再会した部長はそう言って笑った。
部長は生きているに違いない。その確信を持って、あらゆる手段を尽くして行方を捜した。すると、今まで見つからなかったのが嘘のようにするりと部長は見つかった。
変わらず美しい容姿。しかし、あの頃よりも人間味のある表情をしているので、一目で部長であると気付く人は少ないのではないか。
あれから七年以上の歳月が経過しており、部長は失踪宣告によってすでに戸籍からその存在は消えてしまっていた。
しかし、部長はやはり失踪取消を選ばない。白井の死とともに部長も死んだということだろうか。彼女なりの贖罪なのだろうか。あの時自首していれば白井は死なずに済んだと? けれど。
そんな風に日陰の人生を歩むことは、部長の頭脳を埋もれさすことでもある。惜しいことだと思う。
新たに戸籍を作って、僕と結婚しませんか。この提案に部長が乗ったのは、部長自身もまた、知的好奇心の充足に飢えていたからなのかもしれない。それとも。少しくらい、僕も信じていいのだろうか。彼女に選んでもらったのだと。
「いいわね」
確かにそう言って、部長は微笑んだのだ。
僕の家で、新しい生活の準備を始めていたのだ。
なのに。
手続を前にして、部長はまた、姿を消してしまった。
待てど暮らせど戻らない。
あの中学のタイムカプセルの髪や爪から、部長を生成することはもうできない。部長は言ったのだ。ばかね、と。僕が取っておいた髪と爪を見て。それは黒木のものなのだと部長は言った。贖罪だったのだろうか。その髪と爪からいつか再び黒木が生き返ることを祈って。それともそうなることで白井が救われることを祈ったのだろうか。
だから部長はタイム・トリップを信じるといったのか。死んだ者の痕跡から新たな生命をつくるクローン生成だって、タイム・トリップといえるかもしれない。
けれど、僕が待ち焦がれているのは部長だけだ。
家中隈なく探したのに、部長の髪の毛一本見つからなかった。数日間とはいえ一緒に生活していたのに、そんなことあるだろうか。
あれは僕が見た幻だったのだろうか。
いや、僕は信じている。
部長はきっと、自身でタイム・トリップを成功させたのだ。
ハーメルンは笛を吹かない。真理。事実をありのままに認めることが科学である。宇宙全体のうち、科学的に解明されているのはほんの四パーセントに過ぎない。九十六パーセントはいまだ解明されていない、未知の物質・エネルギーに満ちた世界なのだ。
タイム・トリップ。目に見えるもので光速以上のものは発見されていないが、目に見えないものならば。それは、例えば。魂とか。虚構の世界とか。そんなものがきっと。
太古の昔から人々は霊や魂を祀ってきた。大いなる力を神と崇め、信仰した。この世ならざる世界と交信し、行き来した。現代の我々には感じ得ないだけで、それは本当に存在するのではないか。だからこそ、連綿と受継がれて神話となり信仰となったのではないか。九十六パーセントにはそのような奇跡が含まれているのではないか。
だからきっとまた部長に会える。そう信じている。
科学と、そして彼女を愛しているから。
ハーメルンは笛を吹かない 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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