ゴーストタウン

香久山 ゆみ

ゴーストタウン

 地元は住宅街で何もないところだ。代わり映えのしない景観。とはいえ少子化の時世、ここ二十年でおもちゃ屋はなくなり、スーパー店頭のアーケードゲームも撤去され、三件あった駄菓子屋もすべて潰れた。それでも住宅戸数が変わらないのは、昔から住む高齢者が多いからだろう。子ども向けの店に代わって、ドラッグストアがあちこちに建った。あと十年もして高齢者が徐々に減っていったら、この町はあっという間にゴーストタウンになってしまうかもしれない。

 なんて、窓の外を眺めながらぼんやり考える。俺こそこの町に生まれ住んで三十年、ひきこもって十五年だ。自分が一番代り映えしない。

 人生の転機なんて分からないものだ。それも最悪の。

 自分の親も高齢の部類とはいえ、迎えが来るのはまだまだ先だと思っていた。なのに、二人同時に事故で逝ってしまうなんて。

 茫然とする俺に代わって、叔父が葬儀一切を執り仕切ってくれた。近所の人達も多く参列してくれたが、十年以上ひきこもりの俺を長男として認識する人はいなかった。

 翌日から、うちに回覧板が届かなくなった。空き家だと思われているのかもしれない。べつに、町内会の催しに参加する気などはなからないから、全然構わない。新聞は解約した。郵便物は時々届くけれど、宛先が俺名義のものはない。葬儀後、叔父が役所回りなど必要最低限の手続をしてくれた。「公共料金や銀行手続は相続人のお前がちゃんとやるんだぞ」そう言われたが、何も手を付けていない。銀行に死亡届も出していないので、相変わらず水道・電気・ガス料金などは親父の口座から引落とされているし、使用量の知らせも親父名義で届く。日用品はネット通販で購入したりするが、親父名義のクレジットを使い、親父宛に配達される。たまにお袋宛のDMも届く。

 ある日、郵便物の誤配送があった。「山木麗華様」宛。親父は「山木一郎」で、お袋は「山木花子」で、俺は「山木光太」である。誤配送として近所の郵便ポストに再投函したものの、またうちの郵便受けに配達された。それに、通数も増えている。馬鹿なのか。宛先をまじまじ見ると、「山木」の同姓であるだけでなく、住所も番地までうちと一緒だ。

 もう一度郵便ポストまで行こうかと思ったが、同じ番地なら直接この人の家に投函した方が早い。表札を確認しながら近所をぐるり一周すれば見つかるだろう。仮にまた「山木」違いだとしても、あとはそいつが対応してくれればいい。

 そういうことで、夕闇に紛れて家を出た。一周してみたが、うち以外に「山木」姓は見つからなかった。仕方ないのでまた郵便ポストまで足を伸ばして帰宅すると、ちょうど郵便配達員がうちのインターホンを押すところが見えた。タイミングの悪さに舌打ちしながら近付くと、俺が声を掛けるより先にうちの玄関ドアが開いた。咄嗟に物蔭に身を隠して窺う。出てきたのは俺と同じ年頃の髪の長い女だ。

「山木麗華様宛の書留です」

 配達員が告げると、「私です」と返事をして、平然と荷物を受け取っている。彼女が家に戻ろうとすると、隣家のおばさんに呼び止められる。

「麗華ちゃん、回覧板」

「はーい、ありがとうございます」

 手渡しされて、そのまま二、三の世間話なぞもしている。

 まるで訳が分からない。ただ、この家が自分の居場所でないことだけが分かったが、もうどうでもいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴーストタウン 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ