もらったお題で短編書く
雅 清(Meme11masa)
なんにもしない日。【お題:雪】
静かな家の中にチャイムが鳴り響いた。なんてタイミングの悪いチャイムなのだろう。暖かい毛布を体から引きがはがして椅子から立ち上がる。キッチンのケトルからはほんのり湯気が立ち始めているというのに。宅配なんか頼んでいたっけ? いーや、そんなことはない。だって今日の予定はなにもしないだ。なにもないでなく、なんにもしない日。
きっとただのセールスなんだろう。なんと文句を言ってやろうか。でも、こんな年末にセールスだなんて、よっぽど忙しい人なんだろう。文句を言うのも申し訳ない気がしてきた。そう思いながら玄関を開けると小さくて長い龍がいた。
「年末なのに突然すみません」
龍は申し訳なさそうに宙に浮いている。八の字に蜷局を巻いている。
「なんでしょう?」
「道を教えてほしいんです」
外は本当に寒くて早く扉を閉めたかったけど、こんなに『困った』という字が顔に張り付いていたら放っておくのも気の毒だ。
理由を聞いてみると、普段のほとんどを寝ているのだそうだが、来年に向けているべきところへ行く必要があるというので起きたばかりなのだと。でもどうしたわけか今年はすっかりその場所をど忘れしてしまってたどり着けないのだとか。
「疫病が流行りましたでしょう」
龍はグルグルと体を巻き、その隙間から顔をの覗かせながら言う。
「寝ていたのに何で知っているかって。そりゃたまには起きていましたから多少なりとも。それにあちこちの神社の参拝客も減ってしまったのでなんとなくは知っていたんです。たぶん、その流行り病の関係があるんだと思うんです。きっと、たぶん、そうでしょう。今まではそんなことはなかったんですからそうに違いないです。ああ、でも、もしかすると前にもあったかもですが、もうずっと昔のことなので」
見た目はかなり厳ついのだが、出た来た言葉はどうもフワッとした感じだ。本人が言うのだからそうなんだろうけど。
「どのあたりかはわかるのですか?」
「東の方、とだけなら」
「ならそのまま東を目指せばいいんじゃないかな」
「でも東といってもどこまでが東なのか。考えるとどこまで行けばいいのか分からなくなってしまって。気づくと過ぎてしまう。もう何周したかわかりません」
龍は宙で蜷局を巻いてぐるぐる。うーん、うーんと唸っている。考え事をするとこうなるらしい。からまって困ることはないのだろうかと心配になる。
「なら来た道をそのまま戻ればいいでしょう。そうすればきっと目的地につきますよ」
「もちろん私も考えました。……でも」
「でも?」
「そうすると今度は西に向かうことになってしまうでしょう? それじゃぁなんだか違う気がして」
龍というのは力強くて聡明なものをイメージしていたが、僕もなんだか違う気がしてきた。
「東に行くとか、西に行くとかって考え方によるんじゃないかなと」
龍は蜷局を巻くのをピタリと止めた。
「東を目指すというのは、見方を変えれば西から来ることにもなるでしょう?」
「どうしてです? 東は東でしょう」
「ここへ立ち寄ったとき、あなたは東を目指している途中だった。そうですよね。でも、僕から見れば、あたなは西から来たことになる」
「うーん、たしかにそうなんだけども。龍は頭が混乱してきました」
一人称、龍は再び蜷局を巻き始める。さっきよりも絡まりそうな勢いだ。
「ようは、東へ行くためなら西に行ってもいいってことですよ」
「そうか。……そうなのかな」
「そんなもんですよ」
「そういうものなのか」
そのあと龍はもう10分ほど、うん、うん、とグルグルと回りながら唸っていて、自分としては早く暖かい部屋に戻りたいがためのその場の思い付きのかなりテキトーなことを言ったつもりだったのだけども、龍の頭の中ではピッタリはまったようで、来た時とは見違えるほどのすっきりした表情で「ありがとう」と言って空に昇って行った。
「なぁ、どうして僕のところに立ち寄ったんだい?」
大声で呼びかけると龍も大声でこたえた。
「だってあなたは良い人なんでしょう」
と言って龍はグングンと空に昇って行って見えなくなって、それからすぐに雪が降り始めた。そういえば結局、行く場所はちゃんと思い出せたんだろうか。まぁ、きっと大丈夫なんだろう。今までもこうしてきたんだろうから。
今日の天気予報は雪。積雪は三センチくらいらしい。僕はすっかり冷えてしまったケトルのぬるま湯を温めなおすためにスイッチをいれなおした。今日は何もない日ではなかったけど、良いことをした日にはなったみたいだ。たぶん。
もらったお題で短編書く 雅 清(Meme11masa) @Meme11
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