第8話 みどりサン、本日最後の曲
「さあ、ササキさんも。立てますか?」
「世話んなるねえ」
(〈中沢みどり〉は、宿主の想いを〈矯正〉させられるのを拒んでいたのかな)
それがなぜなのか。これからわかることもあるのだろうか。
「あら」
みどりサン、リルが声を上げたとき、暗がりの向こうでカキン、と、硬い音がした。
「リルちゃん、戦中は何やってたの? 驚いたねエ」
ササキは、女性歌手の護身用の拳銃など慣れていたが、リルのようにこちらを狙った拳銃を、暗がりではじくほどの腕前は初めて見た。
「ちょっと、ね」
◆
運転手がハンドルを握っているのは来たときのトラックではなく、偉いさんが乗りそうなリムジンだ。
「いやあ、これはツイてるなあ」
すでに遠く離れた酒場から焔があがり、リルの顔を闇の中に浮かび上がらせる。
「あれ?」
ササキが目ざとかった。
「なあんだ、リルちゃん。ウィッグかあ」
みごとな栗色の巻き毛が、ネットごと落ちてしまい、黒のおかっぱ頭が現れた。
「どこかで見た顔だな?」
「フルーツパーラーにいる人に似てるね!」
つけまつ毛も取れたらしい。
「あなたの仕事は、そういうところが危なっかしいんだなア」
一郎クンに小声で言われたのに、しかめっ面で返したとき、
「このクルマ、追われてるよ?」
ゲンさんの声で見れば二台、こちらに向かっている。
「あー」
運転手はこんなときも平板に喋る。
「どうやら私もいっしょに逃げたほうがいいようですね。
すみません。あなたがたの記憶を消して解放すると報告していたのですが、いろいろばれてしまったかもしれません。どうやら下層に転落です」
とはいえこのクルマ、常に銃口の構えがあるゲートをどのように越えられたものか。
「運転、代わって?」
「リルちゃん?」
みどりサン、器用に運転席にすべりこむ。
「頭隠して。シートベルトもしといて。
行くわよ?」
速度はぐんぐん上がり、ゲートはけたたましく非常ベルを鳴らす。
「わっ!」
銃弾がかすめたような気がするが、当たっていないのなら気にしないほうがいいかもしれない。
それにこれは、Aクラスの〈連中〉のクルマ、防弾くらいされている。
「はいっ!」
クルマはふわり、と放物線を描いて、ゲートを飛び越えた。
「えええええ?」
「びっくりした?」
我らのみどりサンは笑って、なおもクルマを飛ばすのだった。
「あたし、明日お休みなの。どこまでも逃げられるわ。ツイてたかな?」
みどりサン 倉沢トモエ @kisaragi_01
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