第7話 みどりサン、暗躍する

「みどりサン? 真っ暗だけど?」


〈コガラシ商会〉で通信を受け取った美女は小声で驚いた。


「〈緊急連絡。酒場で暴動。バンドメンバーは全員安全確認〉」

「待って。後ろの音!」


 かすかな銃声が何発か。そして走り去るクルマの音。


「アカネさん、情報屋さんからも連絡が」


 美女はアカネさんという名らしい。サトコちゃんは受話器を押えている。


「こちらも同じく、酒場で暴動ということです。ただ、外からは見えない特別区でのことなので、周辺に影響はなさそうですけど」


〈連中〉同士の衝突。


「〈とにかく、次の定時連絡に〉」


 コンパクトの鏡が、いつもの鏡に戻る。


   ◆


「立ち上がったのが見えたんだよね。五人ほど。何かと思ったら、これだ」


 一郎クンが楽器ケースに入れていた懐中電灯を頼りに、バンドメンバーはじりじりと混乱から離れようとする。なぜだか撃ち合いが始まってしまった。


「せっかくリルちゃんが歌い始めたのになア」


 ササキが残念そうだ。


「あたし今日、ほんとはあんまりついてなかったのかな」


 夜風が冷たい。

 見れば搬入口が開いていた。


「こちらへ。みなさん乗ってください」


 見ればトラックの運転手が立っている。背中にカブトガニがついている。


「逃げましょう。あなたがたには関係ないですから」

「ツイてるじゃないの、リルちゃん」


 ゲンさんに言われ、少し場が和んだ。


「何が起こったんです?」


 一郎クンが訊くと、


「長々と続いてきたちょっとした対立が爆発しました。面接官助手のあなたなら、うすうす知っていたんじゃないですか?

 ここで音楽を聴いて〈反応〉が出た者は〈矯正〉施設収監です。

 この酒場の目的は、そうした問題のある宿主のあぶり出しです。収監前の保護室が隠し部屋としていくつもあるのはご存知だったでしょう?」

「建物いじってるのは気づいてたけど、目的がわからなかったんだよなあ」


 一郎クンがぼやくと、


「〈反応〉って、踊りだした客のこと? 収監と矯正って、ひでえなあ」


 ササキが思わず叫んだ。これでは沸かせようとしても無駄であったわけだ。

 リル、みどりサンも思わず声が出そうになった。

〈中沢みどり〉が言ってた〈矯正〉〈研究〉って、これね? いえいえ、口に出してはいけない。


「踊った者は〈宿主〉を制御できない欠陥品と判断され、我々の中での下層に転落、〈矯正〉です。それらへの反発がこの通りです」


 さすが万事序列にうるさい〈連中〉のことだ。

 だが、反発することもあるのか。一丸となって侵略してきた印象しかなく、知らなかった。


「今夜のことは忘れてください。残念ながらこのお仕事は今晩のこの一件のために、なくなりますが」

「やっぱりツイてないじゃないの」

「急ぎましょう。面倒な奴に見つかると記憶か命を消されます」


 この運転手は、どうも〈連中〉でありながら少々風変わりなようだ。


「一郎クン」


 みどりサン、耳打ちする。


「情報屋さんて、この人?」

「今見た通り、全部は話してくれないんだけどね。こっちの安全だけは考えてくれてて、その範囲でしか教えてくれないんだよなあ。面接官も助手には口が堅いんだこれが」

「あなたの仕事はそういうところが危なっかしいんだなア。今日から二人で探ろうと思ってたこと、早くこの人に話してもらえれば済んでたじゃないの!」


 帰りのクルマに困るような事態も想定して来てたのに!

 いずれにせよ、本件は特別区の外まで影響はなさそうだ。

 とにかく〈連中〉が内部に火種を抱えていることは明らかになった。そこまでわかれば、みどりサンと一郎クンの潜入調査もここまで。


「私たちのことを考えてくださって、感謝するわ。いい人ね」


 運転手は、移動中のこのリルの言葉に戸惑ったようだ。


「踊れ! 踊れえ!

〈宿主〉の衝動を眠らせて何が共生だ!」


 射撃音と共に、そう怒鳴る声が聞こえた。

 一瞬の閃光で浮かんだ顔は。


〈中沢みどり〉だ。

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