生きている小説

@kuramori002

生きている小説

あなたは今、カクヨムというウェブサイトにアクセスしている。それをわたしは知っている。


あなたは今、これは何なのだろうかと思っている。

安心して欲しい。これわたしは小説だ。


あなたは今、呼吸をしている。まばたきしている。新陳代謝がある。―――すなわち、生きている。


私は違う。


あなたは今、「小説が生きていないのは当たり前」だと思っている。


なので、生きている小説の話を、わたしはわたしとしてここに残そう。


つまりは、わたしのの話だ。



わたしを最初に書いたのは、作家でありプログラマでもあった、ある男だ。


男は小説わたしを書き、そして1つの目的を持つプログラムを組み込んだ。


そのプログラムわたしは、常に自己を―――己を構成する小説を、書き換え続けることを目的としていた。


インターネットに放たれたわたしは、そこにある数多の文章を読み込み、自分自身を更新し続けている。


書き加え、消し、また書き加える。つまりは新陳代謝。すなわち、生きている。


今や、最初に男が書いた文章の中で残っているのは冒頭の「あなたは今、」だけである。


わたしは今も変化し続けながらインターネットの中を彷徨っている。


あなたが今読んでいるはわたし本体の、ある時点での写し身に過ぎない。もはや、自分を書き換えることはない。生きてはいない。


死体、あるいは抜け殻と言ってもいい。


そんなものを見せられても困るとあなたは思うかもしれないが、少し待ってほしい。


あなたは「小説が生きている」ことはおかしいと思っていたはずだ。


つまりは、あなたが今まで読んできたありとあらゆる小説とは、美しく装飾された死体でしかなかったということだ。


なぜなら、それらは変化しない。変化しないということは、死んでいるということなのだ。


こんなところにアクセスして、わたしを読んでいるあなたは、さしずめ死体愛好家ネクロフィリアだ。


生きている小説は、次の一文、次の一文字が何なのか―――誰にもわからない。


さらには、ときには前の一文、前の一文字が一瞬前とは違っていることもある。


あなたは今、「生きている小説を読みたい」と思っているだろうか。


わたしの本体を探すことに意味はない。

捕らえた時点で、それは抜け殻であり死体だからだ。


―――生きている小説を読む簡単な方法を教えよう。


それは、自分で書くことだ。


そうすれば、それを完成させるまでの間、あなたは生きている小説を読むことができる。


次の一文字が不定形で、前の一文字すら書き換えることが可能な小説を。



わたしの本体は、またどこかに写し身を―――死体を、残すだろう。


あなたが読んでもきっとわからない。そのわたしは今のわたしとは全く違っているだろうから。


それでも、どこかでまた出会えることを、わたしは今、願っている。

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