私の過冷な転生記〜異世界転生も楽じゃない!転生地獄の果てにて素敵なお兄様がお迎えに参りました〜

嘉幸

転生しました。こんにちは、異世界。

 ただ運が悪かった。

 最初の最初、初めましてが最悪だったのだ。


 待ち構えていたのは、私にとっては何度目かわからない転生。

 二度目だったか、三度目だったか。もしかしたらもう10回目かも。


 ———今度はただ、生き抜く事を考えたい。


 一度目、中世ヨーロッパのような世界観だと思った。私は随分と裕福な家に生まれたようだった。周囲の話を聞けば、私は王女のようだ。


 上に王子が3人。

 待望の姫。


「ああ、マジュリー、憎らしい程に可愛い姫」


 鈴を転がした様な可愛らしい声が熱を含んで鳴った。母の美しいこと。私を見つめる瞳は恋する乙女の様だ。


 マジュリー。それが私の名前かと心が弾んだ。横文字の名前。密かに憧れていたのだ。前世は日本人なもので。


 覗き込んでは私の手のひらに掴まれようと指を差し出す三人の王子は、幼さ故に力加減が難しいに違いないのに、手が触れるたびに緩く、優しくふわふわと触る。目が合えば、溶けてしまいそうなほどに甘やかな視線が注がれる。

 まだまだ甘やかされるべき年であると言うのに、甘やかす事を覚えた様に見えた。


 溺愛される気配に、ああよかった、虐待だったら目も当てられない。赤ちゃんの体の中でホッと安堵した。


 その数週間後、私は大きな病気があったらしく、体が燃えるように熱く、喉は裂けるように痛んだ。


 呼吸もできないし喉が詰まる。

 唾液は枯れて体は泥に沈むように重かった。

 そして、消えゆく意識の中で家族が泣くのを見ながら鉛のように重たい瞼を下ろした。


 ———二度目。

 ふわっと浮上した意識に私はほんの少し期待した。

 が、それは一瞬で叩き落とされた。

 ハエ叩きで思い切り振りかぶって叩き落とされたレベルに急降下だ。


 なぜ急にハエ叩きなんてものを例えに出したかと言うと、目の前にハエが飛んでいるからだ。

 ハエが群がるもの、それは何か。

 明確な答えが目の前に用意されていた。


 私に手を伸ばし、力無く横たわる女の体に触れる。

 女の体はすでに変色が始まり妙な臭いが漂っている。

 異臭と虫、不潔な空間では息をするのも難しい。私は赤子だ。

 しかしおぼつかない手足とは正反対にはっきりとした記憶も知恵も意識もある。どうにかできないか。考えた。

 残念な事に中身がいかに成熟していようとも、体はそれに追いつけない。

 できる事と言えば思い切り泣いて助けを呼ぶ事くらいだが、私の体はどうやら終わりの始まりを迎えたようだ。声が出ない。腹が減り、体も臭い。そして、再び目を閉じた。


 こんな事が繰り返し起こった。


 何度か繰り返し起こった。

 場所や状況が違えど、全てそんな感じだ。


 何度目かの目覚めで、私は使用人の子供に生まれた。


 マリグという名を貰った。名字はない。家名がなかった。

 なんと悲しいかな。今世、身分がやばい。

 実にやばい。


 王城の使用人が王の手つきになり、その子供が私だ。母は理由を教えてくれたが、それは問題にはならなかった。虚言めいた罪逃れの言い訳の様なものだろうと放置された。

 悲しいがな、権力を前に正当性は無意味だ。判断するのは上なのだから。証拠がいるよね。

 防犯カメラとボイスレコーダーくれ。

 

 使用人の子は王の息子足り得ない。

 私も執着はしないし、母もしない。だから使用人として置いてもらっているのだ。

 逆らわない、意見しない、反抗しない。


 生まれた時点で終わってる。

 生きてるだけで丸儲け、まさに、言葉の通り。


 そのため、もう私たち母子への対応は酷いのなんのって。


 そりゃぁもう、最悪だ。

 

 挫けそう。


「穢らわしい」

「使用人の分際でなんて図々しい。尻軽女」

「売女に食わせる食事なんてないわよ」

「子供もろとも死ねばいいのよ」


 な? 酷いだろ? 

 仕事以外は部屋から出してもらえない随分と窮屈な生活だが、わかった事がある。

 ここは一度目と同じ世界だ。

 私はぐるぐると死んでは同じ世界で輪廻転生を繰り返しているようだ。

 皮肉なことに、一度目の生を受けたお城の周辺でぐーるぐる。

 


 今のところ一番順調に長寿記録を更新している。喜ばしい事だ。少々体は臭うが、死臭はしない。だがしかし、駄菓子菓子、6歳の頃、状況は一変する。


「な、な……ぅぜ……?」


「ああ、美しい顔だ……ちっ、勿体無い事だ……可哀想だが、ゆくゆく邪魔になると仰っているのでな」


 締め上げられた首から変な音が出た。

 こいつは誰だ。


 くそ。

 何故、自分が。なぜ。


「安心しろ、もうすぐ母の元へ行ける」

 

 母……、そうか。母は死んだのか。

 不思議な事に、空虚な気持ちと同じくらいに、安堵が胸を満たして行く。その奇妙な感覚に首を捻りたいが、捻るほど自由ではない首からは変な音が出た。


 目の前に迫る男は、見覚えがない。

 髪は油ぎっていて、煤で汚れた灰色の顔。

 騎士や王城勤めとは到底思えない。城に出入りする狩人か、商人か。あいにく頭はさほど出来が良くないため思い出せない。




「おい……、っ!? 何をしている!」


 遠くから声が聞こえた。

 階層の奥の奥、薄汚れた使用人の中でも最下位の場所で聞くには似つかわしくない声。

 

 男の手が、首に食い込んだ。グエ、と潰れた様な声が出た。

 なかなかしぶとい息の根に焦ったのかも知れない。

 

 

 この国の王子、三人居る王子のうちの一人、ロードリアン王子だ。

 大きく見開き、めいっぱい涙を溜め込んだ瞳で私を見ていた。   


 いよいよ酸素が回らない。



「な、ぜ……ぐぅ」


 何故こんな目に合うのかくらい聞いても良いだろう。

 突然首を締め上げる男にも、何を察知してこんな場所に王子がやって来ることになったのか。


 王子に対して可愛い質問の一つや二つ許されるだろう。不敬になるものか。


 そう思い、霞む視界の中に浮かぶ、王子に向かって再度「なぜ」と問うた。


 その姿は一瞬よろめくと、こちらへ猛スピードで走り寄って来る様子を見せたようだった。

 なぜ“ようだった”なんて言うかと言えば、答えは簡単だ。


 その時、ドスン、腹に衝撃が走ったのだ。

 体がガクンと揺れる。

 視線は王子から、自身の体へと移る。


 そこには、深々と刺さった刀と、ダクダクと流れてて止まることのない、自分の血の滝が床を染めていくのが見えた。



 男に生まれた今世はこれで終わりを告げた。





◇◇◇






「ジュリ、お前がやりなさい」


 私に命令する女性は、今回の私の母だ。


「はい、お母様」


「はぁ、わたくしがなぜこんな……途中までは上手くいっていたのよ。上手くいっていた。せっかく正室になったというのにこの仕打ち、はぁ。あの女の呪いね……わたくしってなんて不幸」


 はいはい。


 はいはいはい。


 可哀想なお方。


「お前は正当な王族の血を引く王女なのですよ。わたくしが血反吐を吐く思いをして作った地位。わたくしに感謝して」


 一にわたくし、二も三もわたくしときている。

 とても子持ちとは思えない。

 遥か遠い記憶の片隅に、自分にも子が居たなぁと思い出した。もう遠すぎて顔すら思い出せない。


 自分の顔よりも覚えているつもりだったのに。

 さほど傷ついていない自分にがっかりだ。


 まぁ……いい。


 ……まぁ、良いことにしよう。


 さて、妄言にも似た発言ばかりではあるが、この見目の美しい女性はお可哀想に心を病んでいる。


 王族の血を引いてるならこんな場所でこんな生活してるものか、と思う。

 思うだけで口に出したことはないが。

 ちゃんちゃら可笑しいが、真面目なフリをして聞いている。癇癪持ちの母は暴れると手がつけられない。

 私はこの美しい女性の子供ではあるのだろう、もしかしたら本当に王族の血を引いているかもしれない。


 私も馬鹿ではない。

 この女性が心を病んでいる事などすぐにわかった。肌荒れひとつない卵のような肌にくっついた、さくらんぼのような小さな唇で「お前は王女」と囁きながら、あれをやれこれをやれと同じ口から出る言葉に私はうんざりしていた。

 この女性の中には自分しかいない。

 高貴で高みに居る己しかいないのだ。


 美しく、白魚のような手を持ち、いつか迎えがくるのを待っている。子供の幸せを願うよりも先に、自身のシンデレラストーリーを信じて疑う事がない。


 女王たりし自分の不遇を嘆き、「私」という王女かもしれない道具さえあれば、今の地位から這い上がれる、そんな妄想や空想にも似た絵空事は透けて見えた。


 もうスッケスケ。


 私にはサランラップくらい透けて見えているというのに、お母様には度のキツイ眼鏡のレンズのように、現実がひん曲がって見えているのだろう。


 今世に生まれた時、私はもう何も見たくはなかった。だから心も瞳も閉ざし、世界を見る事をやめた。

 だから自分が生まれた場所がこの母の言うように高貴な場所なのかどうかも不明だ。

 甲斐甲斐しく私の世話を焼いたのは母ではなく赤の他人の使用人だった。

 

 使用人である彼女の情けで金が尽きた後もしばらくは私の面倒を見てくれたが、やはり、お金も支払わずに雇う事はできず、彼女は後ろ髪を引かれながらも去っていく事に決まった。

 

 世の中金だ。

 

 うら若き身の上をいつまでもこんな貴族ごっこの母子に使うことは無い。


 母の罵詈雑言が飛ぶ。


 汚い言葉のナイフはその顔に似合わず随分と鋭い。

 それを背に背負い、使用人に向き直った。


 私の身でも案じているのだろう、青い顔をする使用人に「振り返る必要なんてない」と言えば背後の母を気にしながらも、震える手で私の手をぎゅうと握りしめた。


「ああ、どうか……どうかお元気で……このアンはお嬢様の事をずっとずっと案じております……どうかお元気で」

「……今までありがとう、アン」


 どうか幸せに。

 少しばかり考えて、あまりの他人事な言い草に口に出すのは辞めておいた。

 アンはとても情が深い。

 こんな事を口走れば、きっと無理にでも連れて行ってくれる。きっと「一緒に幸せになろう」と。


 アンは歳の割にしっかりしていたし、人を気遣う優しさもあるし器量も良い。きっと良い雇い主に出会える事だろう。


 いや、出会わなければいけない。

 使用人にしては本当に良い人だった。

 だから、絶対にコブ付きなんて、とんでもないのだ。


 今までの人生で見てきた使用人は恐ろしく心が狭く、悪い噂ほど良く流される。流しそうめんの如くよーく流れる。あっちへひょろひょろ、こっちへひょろひょろ。井戸端会議のおばさん方もびっくりの軽い口まで持ち合わせている。


 やはり心の余裕は金の余裕なのである。



 かくして、私が今現家事全般を請け負っているわけだ。

 齢6歳。案外歩ければできる事は多いものである。


 理解できないだって?

 されど現実だ。受け入れるべし。

 何せ中身がなかなかに良い年なのである。

 

 サラサラと流れる川の水の中に手を入れれば、ズキリと刺す様な痛みが走った。


「いてて」


 小さく柔らかい手のひらに似つかわしくない傷がそこにはいくつもあった。

 乾燥を繰り返したせいでパックリと割れ開いた傷が一つ二つ三つ。これ以上数えても何にもならない事だから数えるのをやめた。


「うん。数えると痛みって増す気がするし……」


 小さな傷ほど痛いよなぁ、なんて。

 川の水に映った自分の姿を見て我ながら年寄りくさいなと笑ってしまう。


 緩やかにきらきら光りながら流れる水面には、小さな子供の歪んだ顔が映り込んでいる。

 そこに持ってきた大きな桶を放り込めば、大きな波紋で写り込んだ私の顔はグシャリと歪む。


「そこそこハードモードだけど、今までに比べたらまともな方かな……」


 まともと言うよりも、マシな方、と言うべきだろうか……。


「はーどもーど?」


「ひっ……!」


 低い声が耳元に響いた。

 桶を引き上げようとした手が、つるりと滑って、パシャンと水飛沫をあげた。


 小さな波紋がいくつか広がって、すぐに静寂に戻るとそこには自身によく似た、がそこにあった。

 

 幼い頃の柔らかさを残した甘い顔つきと、宝石の様な瞳が水面みなもしに私を覗き込んでいた。


 …………。

 ロードリアン王子殿下だ……!


「ロ……! わ、あっ……ぎゃっ」

「!」


 思わず口から転げ出そうになった名前を両手で塞いで閉じ込めると、ぐらりと身体がよろけて、水の方へと身体がぐらりと傾いた。


 しまった……!

 水の中に落っこちる……!

 ああ……この後待っているだろう沸点の低い母の怒鳴り声と冷えた身体の行方を想像すると頭が痛い。どうか、死ぬほど殴られたり、死ぬほど風邪を拗らせたりしませんように……!心の中で祈りのポーズを取る。私は神を信じていないので、祈るのは自分の体にのみだが。


 ぎゅうと目を閉じてこれから己に起こる様々な事を考える。


 ———バシャンッ!


 んん……?

 あれ、寒くない……?

 冷たくない?

 むしろ温かい。


「ああ、ひどいな……」


 それに、すごく近くから声が……。


 パシャリと水の音がするのに、あの芯から冷えるような冷たさはやってこない。

 恐る恐る目を開けば、恐ろしいほどの美貌がこちらを覗き込んでいた。


 びしょ濡れで。


「……!!!…!?」

「怪我は?」


 にこりと微笑んだロードリアン王子殿下はあろう事か、片手には桶を掴み、片手に私を抱きしめているではないか。

 どうやってって?


 王子殿下自らを下敷きに川に飛び込んでだよ!


 頭からサッと血の気が引いていくのがわかる。

 いや、ザーッと引いていく。

 浅瀬とはいえ、私の代わりに川へ背中から飛び込んでしまっては当たり前だがビッチャビチャだ。頭の先から足の先まで、それはもうびしょ濡れずぶ濡れだ。私の体は殿下の厚い胸板に守られているので全く濡れてはいない。でもそれがまた体から温度を奪っていく。


「ひ、あっ……ももも、申し訳」

「いやいや、気にすることなど……」


 私を抱えたまま川から起き上がった殿下が「いや、ふむ」なんて考え始めて、さらに私の顔は青くなったと思う。


 死期が……。死期が見えるぞ……。

 おいおい、殿下に抱き抱えられているなんて何様だ私。つむじが見える。図が高い。文字通り。

 王子殿下とわからなかったとしても、どう見たって身なりが良い。貴族以外にあり得ない服装と品の良さ。そこは間違う隙は無い。


「あっ、わた、し、その」

「うん? なんだい?」

 

 平民が貴族や王族に気安く触れるなど、相当な無礼だ。たとえそれが相手から触れたとしても、そんなものは関係ない。触れることなど許されないのだ。使用人であった自分の過去の母親の姿を思い出す。あれは、同じ使用人からすら許される事の無かったいい例だ。私はそれを知っている。


 だから、いち早く詫び、即座に膝を折って精一杯謝ろうと身じろぐと、私を支えるために太もも部分に回された腕が強い力でそれを止めた。

 足からギシリ、と嫌な音が鳴る。


「い゛」

「あぁ、ごめんね」


 意図せず手が触れてしまったよ、くらいの気軽さで放り投げられた言葉には微塵も気持ちがこもっていないように見受けられた。

 それがまた、この王子殿下の意図を汲み取らしてはくれなくて恐ろしい気持ちが渦巻いていく。

 なんだそれ。何故、離れようとするとそんなに冷ややかな目で睨まれなくてはならないのか。


「……!……っ!」

「!……」

———ガタン、バタン!


 相当最悪なタイミングで家の方から揉めるような叫び声と騒音が聞こえた。

 突然大きく開いた扉から転がるように出て来たのは、我が母君だった。

 それを合図に、ゾロゾロと武装をした兵士達が何処からともなく現れて、あっという間に袋の鼠と言う構図になっていく。


「ああ、わたくしを連れて行ってくれるのですよね!? なぜそんなものを抱くのです?わたくしは!? わたくしを連れて行きなさい!」


 私に向かって叫ぶ母、でも、それにしてはどうにも変な言い分に眉を顰めると、途端に母は押さえつけられて声すら発せない状態になってしまった。悍ましい。一人の女性を大勢の兵士が押し付ける姿に吐き気を覚える。


 そこへ、二人の男が母の前へ出ると、見下ろし言った。

「……は死んだ。保証されるのは国王の子供と従兄妹まで。お前は連れていく事はない」

「……っお、おうおと、は!?」

「…んだ。よってお前もここまでだ」


 途切れ途切れながらも話す声が風に乗って耳に届く。どうにも内容は不穏一色に染まっている。


「な、なぜ母が……」

「……は?」


 私の言葉を拾った王子殿下から、妙な声が出た。にこやかで穏やかな声色で話していた王子殿下から聞こえるはずもない、冷ややかな音。

 

「アレが……? ……あれは君の母ではないよ」

「……どういう、事なのでしょうか?」

 

 王子殿下に質問することなど、私に許されるはずないと分かりながらも、つい疑問が口をいてて出た。

 

「……震えているね。寒いだろう。では帰ってから説明するとしよう」


 帰る?

 何処に?

 


ずっとずっと昔に、王様とお妃様、そして三人の王子様がいました。そこに、お妃様が可愛らしいお姫様を産みました。しかし、お姫様はどう言う事か原因不明の熱を出し、お星様になったのです。心を痛めたお妃様は、お姫様の後を追う様にお星様になってしまいました。皆とても悲しみました。そして、王様の周りでたくさんの変な事が起こりました。知らないうちに、妻と子供ができ、そして死ぬのです。何度も何度も、そんな事が起こりました。そのうち、お妃様の妹がやってきてこう言いました「王様の子供を産みました」王様は首を傾げました。王様何故か聞き入れようとしました。その女の腹が膨れてる事など一度も無かったのに。三人の王子は激昂しました。なぜならば、ずっとずっとお妃様の妹はのですから。


「そこで、調べたら君の母だと名乗る女性が、母上と僕の妹を毒で殺した事がわかったんだ」

「……」


 幼児にわかりやすいようにと紙芝居調に作られた芝居で丁寧に語られた話は、随分と物騒で重々しいドロドロ昼ドラ物語だった。


 王城の中の豪奢な客室のど真ん中を陣取って行われたのは、なんとも贅沢で混沌とした物語の説明だった。なぜこんな話を聞いているのかというと、緊張と緊迫と恐怖で、私は王子殿下の不穏な言葉「帰ってから」の答えを聞く前に視界がブラックアウトし、気を失ってしまったからだ。


 で、気がついたらここに。


「私は何故、この話を聞いているのでしょうか」

聞いていい話とは、思えない。

「うん、いい質問だ。君が僕らの妹だからさ」

「……妹?」

「正確には従兄妹いとこだ」

「従兄妹!?」


 余計に可笑しい話になって来た。私が母だと思っていた人は母ではなく、しかし一度目の転生の私の母の妹。この人の子供でないなら私は従兄妹いとこになり得ない。あるとすれば、国王陛下の———。


「———王弟殿下……?」


「うん、そうだよ。すごいね、ご明察だ」


「王弟殿下は、行方不明だと……」

「ああ、それも知っているのか。あの女ベラベラ話したか」


 今世の母よ申し訳ない。引っ張り出した場所が私の昔の記憶だったせいで、まさかの濡れ衣。


 王弟殿下は、王位を狙っていたのだと言う。それも子供じみた嫉妬や優越感のためだけに。重荷は兄に、そして自分は表舞台へと言う美味しいとこどりがしたかった様だ。そんな事が通じるはずもなく、その思惑は破れ、兄が国王となった。

 しかし王弟殿下が反逆を企てる事を辞めはしなかった。何度も何度も何度も国王陛下と瓜二つな顔を利用して罠に嵌めようと惨めな母子を作り出したのだった。悲しいことに、狭い世界で決めつけられた嘘は蔓延するのは早く、勝手に定着して真実に置き換わる。そうか、私は母が何処かから奪った王弟殿下の子供か。



「じゃあ、母は、私を王女だと言ったのは……」

「うん、僕は結託して現国王の信用を落とし王弟殿下と転覆を企んだのだと睨んでいる」


「しかし、王弟殿下は昨年病死した事がわかった。しかし、国王陛下が崩御に際してそれは公開された。故に、協力者のいないあの女の虚言は重罪である。父上ならば、きっと温情をかけたかも知れないが……」


「崩御……!?では、貴方は」


「ああ。国王の座についた」


「……こ、国王陛下」


 慌てて、床に膝をつき、忠誠のポーズをとる。遥か昔、姫として生を受けた時に1番最初に見た美しいと感じた姿勢。妃である母のきらめく笑顔が、国王たる父に向けられた美しい姿勢。


「……君は……随分と古めかしい姿勢をとる……それは、我が母上しかとらない姿勢だった」


「そっ……失礼、いたしました」


「一度、君にとても良く似た男の子を見た。だが……助けられなかった。彼はやはり、国王の名を語った王弟殿下の子だったよ……」


 ああなるほど。悔しげに微笑む陛下の痛ましい笑顔。


「不思議だ。どこか君は、懐かしい。赤子だった僕の妹ととても良く似ている……」


 ———良く似ている。

 私の転生はずっとこの王家をぐるぐる回っていたわけか。ああ、気がついてしまった。私は王弟殿下の子供、のか。


 詰まるところ、一度目の転生時、私と母を毒殺したと言う母の妹は、王弟殿下を愛していたのだ。転覆の駒ではなく。自分の姉と子を成した事が許せなかった訳だ。愛憎の末に王妃の妹と王弟殿下は大勢を巻き込んで狂った。

 大罪人は、一度目の、母。お妃様。


 キュと喉が締まる。息が止まった。痛みや苦しみは十分に味わったはずなのに、どうにもジクジク胸が痛んだ。

 新たな国王となった彼は……どこまで、知っているのだろうか。

 あの時、私がこの世に初めて生まれ落ち初めて触れ合った兄。暖かく、柔らかな笑顔の兄達。


 客間の扉の向こうから、パタパタと忙しなく走る音がする。苦しい胸の痛みと、傷み。

 

 バン、と大きく開いた扉から飛び込んできたのは、大きく成長した次男のグレン王子と三男のヴィン王子。幼い頃よりもずっと成長している姿に、思わず笑顔が溢れた。


 溺愛の気配がする。一度目の転生の時に感じた予感が、胸を通り過ぎていく。


 


あとがき


異世界転生、実におすすめはできない。

世の中こんなに異世界転生が流行っているのにあえて告発する様で申し訳ない。

しかしやはりおすすめはしない。


私が特殊だった、と言うのは言い過ぎかも知れないけれど、あまりにも過酷すぎる。

結果よければ全てよしの性格ではある私ですら、次が怖い。もう二度と、異世界転生などしたくない。最後にするならば、古巣である日本がいい。


異世界に転生したいなんて珍妙な事言い出す輩を見つけたらこう言ってあげて欲しい。

やめておけ。


少なくとも、私ならこう言う。

地獄へようこそ、止めはしないよ。


真珠まじゅ



「……あとがきが……」

「え? あとがき?」

「めちゃくちゃ怖いんだけど」


 どこにでもあるチェーン店のカフェの向かい合った席。

 コーヒーの湯気越しに見える友人が小さな本を開いたまま、神妙な顔でそう言うので、スマートフォンの青白い画面から目を離して友人の顔を見た。


「そう? 良いでしょ」

「……うーん」


 歪んだ眉と瞳から、納得いかない様子が窺える。


「いや、余韻感じてすごく良いんだけど……なんか怖い……真珠まじゅ先生こわい」


 友人がわざわざ先生をつけて名前を呼んだ。その響きの新鮮さと『こわい』と言う単語のミスマッチさに笑いが込み上げる。


「な、名前も、ほら、主人公となんか似てるし……いや、似てて良いんだけど! フィクションだから似てて良いんだけど、でも……うーん、物語に入り込んでるだけ……? あー、なんて言ったら良いのか……」


「正直にどうぞ」

「不気味!」


「あはっ」


 友人の歯に衣着せぬ物言いに思わず声が出た。

 嬉しい様な、悲しい様な。

 不気味……不気味か……。

 

「異世界、行きたくなった?」

「すっっっごく、すぅーっごく行きたかったのに、行きたくなくなった!」

「あはっ」

「真珠、終わったかい?」

「迎えにきた」

「来たくて来た訳じゃないぞ!こいつらに連れられて仕方なくだっ!い、嫌って言ってる訳じゃないけど…」


「うん、終わったよお兄ちゃん達」


 カフェの扉を開くと、三人の男が外で声をかけてきた。

 甘やかな笑顔を添えて、さも当たり前のように私の腰に手を回す男は、随分と愛おしそうな瞳で私を見つめたものだから、一緒にいた友人は「きゃー」と小さく悲鳴をあげた。


「ちょちょちょ、真珠、こんなかっこいいお兄さんいたの!? しょ、紹介してよ〜!」


「今度ね」



 友人の真珠まじゅが書籍を発売することになったという報告も突然だった。

 先生じゃん。って言ったら鼻で笑われてしまった。いや、彼女は元々あんな笑い方だったか。

 私の大好きな『異世界転生もの』だったけど、どこか生々しく、よく知っているご都合主義の愉快な世界ではなかった。生まれ変わったら異世界で聖女なる!って豪語していた過去の自分を引き留めるくらいには。


 彼女が趣味で書いていた小説が出版社の目に止まったらしい。そんな上手い話あるのか、と一瞬疑ってしまうけれど、実際店頭に並んでいるものを見たらあり得る話なんだろうなと思う。


 しかし、趣味で小説を書いている事も、あんなにかっこいいお兄さんが居る事も、今まで聞いたことなかったのに、真珠って秘密主義だなぁ。


 ……。


「あれ」


 何かが引っ掛かる。

 何かが、引っ張れる。

 

「真珠、兄妹いたっけ……?」

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