最終話 異世界戦争最前線の野良犬たち

「……っ」


 タンゴ小隊指揮官コマンダー、タキ・入瀬いるせは、きっとハルトたち『野良犬ストレイドッグス分隊』からの信頼を失ってしまったのだろう、と弱気になり、彼らの行動に口をはさむことがどうしてもできないでいた。


(しかし――今ここで、ハルトたちが『終末の日』になにがあったのかを知るのは早い……)



 知らないワケではない。


 だからこそ、それを隠している自分を恥じ、それをえて伝えなかった自分の愚かさを後悔していた。本来であれば、自分が指揮をり、『ポータル』を元の場所へ戻すべきだとは分かっている。なにより、『ポータル』と彼ら個人指導教官チューターズは切っても切れない関係にあるからだ。


 だが、ハルトが自分の名を呼ぶことを躊躇ためらう様を見てしまったことで、溝を感じていた。



 そして――。



「うふふ――っ」


 そのお陰で、いまだ屈辱的な姿勢を取らされている、サルーアン教皇国の助祭、アドリチェニ・アン・サルナーニスの浮かべている意味ありげな微笑みに気づいたのだった。


「まさか……まさか、お前――?」

「私には分かっておりましたわ……きっとそうするだろうと。貴女たちは人の絆、繋がりよりも、科学とやらを重用するのですもの。科学は嘘をつかない、科学は裏切らない。そして――」

「くそ――っ!」


 ハルトたち『野良犬分隊』は、待合室の窓辺に置かれた『ポータル』へ近づいていく。あまりにも無防備に、無警戒に。タキはその背を追い、必死の叫びを上げた。


「ダ――ダメだ! お前たち、それに触るんじゃない!! よせぇえええええっ!!!!」

「え――?」


 突然のことに呆けたような表情を浮かべたハルトたちを押し退け、全身のチカラを振り絞って蹴り飛ばすように『ポータル』から遠ざけたタキは、その反動で自ら『ポータル』に触れた。


 次の瞬間、




 ――どぱん!!!!




 触れたその場所から光が炸裂し、タキの身体はその激しい衝撃をまともに受けてしまった。


(な――なに――が――??)


 朦朧とする意識の中、タキはチカラが抜け出ていくような寒さと虚ろさを感じて右の脇腹に触れる――ぬるり――白いシリコン由来の人工血液がべっとりと手を濡らす様を見て、悟った。


(ははっ……。やって……しまったな……。これはもう……修復不可能だ……)


 どさり、と崩れ落ちるタキの姿を見て、ハルトたちの刹那止まっていた時間が動き出す。


「タ――タキっ!?」

「だ、大丈夫なんだよ!?」


 すんでのところで低い位置からハナの手が伸び、タキの身体は床に打ち付けられる前に拾い上げられた。わずか遅れて、躊躇ためらい気味だったハルトの手がなにかを振り切るように伸びる。


「くそっ! どうしてあたしたちを……!? おい……! てめえ……っ!!!!」

「よ、よせ、ガ、ガブリ……エラ……」


 激昂し、アドリチェニに詰め寄ろうとするガビをぼやけてにじんだ視界の中にとらえたタキは、息もえにそれを制止する。なぜなら、もうすでにアドリチェニは息絶えているだろうからだ。術者の命を引き換えに、もてる魔力のすべてを圧縮設置した爆発型の魔導術式だ。


「もう……死んでいる。私としたことが……少し気が……抜けていたようだ……」


 素直に命令に従ってタキの下へ駆け寄ってきたガビの目に今にもこぼれ落ちそうな涙があるのを見て、ああ、本当に死ぬのだな、とあらためて思い知る。タキは気力を振り絞って伝えた。


「今まで……この手で何人もの個人指導教官チューターズが殺られたことを……すっかり忘れていたな……」

「そんなことはいい! 話すな! 傷がひどい……!」



 ハルトはようやく自分の心についていた嘘を知る。



 本当は信じたかったのだということを。


 親のように接してくれた、ビショップやディーコンやタキから、この『現実セカイ』の本当の姿を教えて欲しかったのだということを。たとえそれが哀しく、辛い気持ちを呼び起こすことになったとしても、彼らの口から語って欲しかったのだ。


 彼らのつく「嘘」は、ハルトたちを守るための「嘘」だということを知っていたから。



「どうする? どうすればいい!? タキを治療するために、俺たちは一体どうすれば――!」

「ふむ――残念だが……もうできることは…………」


 タキは笑ってみせるが、その拍子に口腔こうくうから、ごぼり、と白い血液が大量に溢れ出る。


「いや……これだけは……やっておかねば……な……。ハルト……どこだ? 済まないが……私を抱きかかえて『ポータル』にくれないかね?」

「そんなことより――!!」

「い、いや……どうしても……その行為が必要なのだ……」


 タキは今目にした光景に、即座に失血と負傷による記憶機能の低下を疑った。ハルトが、私のために涙を流すはずがない。ははっ、いよいよダメらしいな――。タキは辛抱強く続けた。


「私を、私のすべてを……統合政府のデータバンクに保存しなければ……。私の記憶、私の行動、私の想い、お前たちとの日々……。ああ、ディー……少し迎えが早すぎだ……待っていろ」

「……分かった。タキ、つかまっていてくれ」


 手の震えをなんとか止め、タキの身体をそっと抱きかかえる。その一部が大きく欠損した身体は、驚くほどに、涙が出るほどに軽かった。タキは『ポータル』の誘導柱ガイドポールにぬるりと滑る右手のひらでそっと触れると、小さくつぶやく。


「――接続アクセス


 途端、タキのグレーの瞳に、幾何学的な文様が浮かび上がった。


「済まないな……済まなかった、ハルト……」

「違う……謝るべきは俺の方だったのに……」

「ふふ――っ」


 タキは幻でも良いと思った。

 ハルトの瞳をたゆたい、頬を伝い落ちる涙が、自分のためのものだと思いたかったのだ。


「お前は……拾った時から……子どものようなところが……あったな……」

「俺はまだ、ガキだ。どうしようもなくへそ曲がりで馬鹿な……悪ガキだ」

「だから……つい……構ってやりたくなる。そういうものなのかもな……」


 タキは空いている左手を伸ばし、ハルトの髪を優しくくしけずる。私の血で汚れたことを怒るだろうか? いや、どちらでも構わない、その頃にはもう、私という存在はいないのだろうから。


「――よし。終わったよ。降ろして……くれ。少し横になりたいんだ……」

「いや、このままがいい」

「ふふっ……甘えん坊め」


 ハルトはタキを腕の中に抱いたまま、その場にゆっくりと座り込んだ。今離してしまえば、二度と話をすることができない、そう思ったからだ。ハルトの周りに『野良犬分隊』が集まる。


「よく頑張ったな……『野良犬』たち……」


 タキは眩しそうに目を細め、ひとりずつ顔を見つめていった。



 ナリは大きいが、優しく、素朴で照れ屋なモンド。

 無口だが、誰よりも心配性で常に仲間を気遣きづかうチェンニ。

 小さく幼く見えても、しっかり者で責任感の強いハナ。

 飄々ひょうひょうと軽薄そうに見えて、分隊の頭脳として頼れるエド。

 熱血漢で情にもろいが、誰にも負けないタフさで身体を張るガビ。



 そして――。



 彼らをまとめ上げ、正しき道へと導く素質を備えた、馬鹿がつくほど真っ直ぐなハルト。



 最も忠実で、最も賢く、そして、言うことを聞かない自由気ままで勝手な『野良犬』たち。その彼らが今流している涙が自分のためだとはやはり思えず、つい、揶揄からかってやりたくなる。


「おいおいおい……。お前たち、そんな顔をするな。まるでじゃないかね?」

「ヘイ! 笑え……ねえよ……そんなジョーク……!」

「ははっ。たしかにな――」


 ほ、とタキは溜息をはいた。


「私がいなくなった『現実セカイ』でも……お前たちがうまくやれると……いいんだが……。……ハルト?」

「……ここにいる。なんだ?」

「今から、お前がタンゴ小隊の指揮官だ。……やれるな?」

了解イエス……しましたマム


 迷いのないハルトのこたえに、タキは満足そうに微笑みを浮かべる。

 が、急に顔をしかめて不機嫌そうな顔つきになった。


「いつも思っていたんだが……私はお前たちの『母親ママ』と呼ばれるには……まだ若くないか?」

「それでもタキは、俺たちの『母親ママ』だ。それは変わらない。この先もずっと――」

「ふむ――『姉貴シス』では……ダメかね?」

「ダメだ」

「なら、仕方ない……な……」


 くくっ、と小鳩のように笑いを溢した拍子に、ごぼ、と血が溢れる。

 もう時間はなさそうだ。


「いいかね? お前たち『野良犬分隊』に、指揮官として最後の命令を伝える――」


 こくり、と無言の返事が返ってきた。


「ここタネガシマ空港を新たな拠点とし、残存するすべての部隊を集めろ。そして、侵攻中の敵を挟撃し、馬毛島まげしまで奮戦する仲間たちを救出するんだ。お前たちならできると信じている」

了解しましたイエス・マム!」


 満足げに頷くタキ。



 しかし、



 そこで終わらず、タキはこう続けた。


「そして、お前たち可愛い『野良犬』たちに、『母親ママ』として最後のお願いをさせてくれ――」


 やはりハルトたちは無言だったが、

 溢れる涙が言葉をき止めていた。


「ここからすぐに引き返し、オキナワに戻ってはくれないかね? あそこなら、やつらの手は届かない。平和で穏やかな、昨日までの気ままで自由な暮らしができる。良いじゃないか。誰かと争わなくてもいい。誰かを傷つけなくてもいい。誰かを殺し、殺されたりすることもない」

「な……っ!?」

「……ダメか?」


 分隊の面々はこたえに詰まって、ひとりひとり、ハルトの言葉を待つように視線を向ける。想いを託されたハルトは、ゆっくりと頷き、こうこたえた。


「分かったよ、『母さんマム』。そうしよう……約束だ」

「………………嘘だけは下手なままだな、ハルト」




 しばしの間。




「済まない。そのお願いだけは聞いてやれない」


 ハルトははっきりと首を振って、こう言葉を継ぐ。


「俺たちは、俺たちの『現実セカイ』を取り戻さなければならない。そうしなければ、今まで死んでいった仲間たちの魂が救われる場所すらなくなってしまう。ロベルトやアイク、ディーコン、そして、ビショップやタキの死すら無意味になってしまう。俺はそれに意味を持たせてやりたい。このための命だったんだ、と誇りと名誉を取り戻してやりたい。その日までは

「……親不孝者め」

「悪いな、『母さんマム』」


 タキの身体が意志とは裏腹に痙攣しはじめた。その身体を、きゅ、と抱き締め、ハルトはそっと囁きかける。


「その日までは帰らない。けど、きっと『母さん』のいる場所に帰るよ――」

「はは……っ。待って……いる………………」


 ハルトはゆっくりと身体を離し、もう動かなくなったタキの身体をそっと横たえると、両手を祈るようなカタチで組ませた。そして、ボロボロになった制服を脱ぎ去り、その上を覆う。


 合図を送ると、『野良犬分隊』の仲間たちは通じ合ったように、搭乗待合室の大きく開けた窓辺にそれぞれ思い思いの武器を抜き、狙いを定めた。



 ――ぱん!


 ――ぱん!


 ――ぱん!



 万感の思いを込め、間隔を空けて三度。


 弔銃ちょうじゅうで窓ガラスは砕け散り、滑走路で勝利の叫びを上げる仲間たちの陽気な声がタキと『野良犬分隊』を包んでいく。窓辺まで進み出たハルトは、腹の底から声を出し、全員に伝えた。


「俺たちの勝利をここに宣言する――!!!!」


 タンゴ小隊の新たなる指揮官、『竜殺しのドラゴン・英雄スレイヤー』、ハルト・ラーレ・黒井はチカラ強く拳を突き上げるのだった。




 ◇◇◇




 学園都市「新東京区」の上空に浮かぶ飛行船。

 その船体に据え付けられた巨大スクリーンの中の場面は切り替わる。


 大きく、狂暴そうな赤銅色の巨大な生物は、ぬめるような鱗を蠢かせ――きっと、ドラゴンだろう――剣と盾を手と手に構えるハルトに咆哮の音圧を浴びせかけた。最先端の遺伝子工学の結晶だとはいえども、空想の生き物まで生み出してしまうスケールの大きさには脱帽だ。


『野生動物に加え、こんな途轍もない幻想世界の住人たちもいる過酷な「異世界」における生き残りだなんて! この状況、よくご無事で生き延びられましたね、!』

『ああ。ラッキーだったよ。


 場面は再び切り替わり、ててーん! とコミカルな効果音S.E.を伴って、ぐったり伸びたドラゴンの上で勝利ポーズをとっているハルトの雄姿に切り替わった。それにはハニエラも笑い出す。


 ほらね? とお道化たポーズを取りながら、ハルトはスクリーン越しに訴えた。


『こんな経験も含め、すべてが「正規市民」になるために必要な体験。それが「生存サバイバル試練トライアル」さ』

『すべての人間は自然に帰るべき、というヤツですね!』

『そう、まさに「自然回帰」は人生そのものなんだよ!』


 手作りの山小屋での生活は、それなりに充実していそうだ。暖炉の灯りに照らされたハルトは、隣でうたたねをしているガールフレンドのガビの頬をつつきながら、こう言い添えた。


『その哲学的「悟り」もまた「正規市民」たるに必要な素養なんだ。だから、このインタビューを観ているみんなも、是非「生存試練」に挑んで欲しい。俺は、ここで待っているぜ――!』


 満面の笑みを浮かべながら、親指を突き立てるハルトの姿でスクリーンは停止する。そこへ公営放送局PBA所属のバーチャル配信者ストリーマー『ハニエラ=ローズマリー』によるアナウンスが、天使の吹くラッパのごとく高らかに響き渡った。



『十八歳になった皆さん! 「正規市民」になるため「生存試練」へ挑戦しよう――!』




      <完>

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異世界戦争最前線の野良犬たち 虚仮橋陣屋(こけばしじんや) @deadoc

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