冷めたホットココア

高黄森哉

冷めたホットココア


 冷めたホットココアに価値はあるのだろうか。


 この冷え切った状況に、心はかじかんでいる。このままでよいのか、と迷っている間も、心は冷め続けている。冷めていること、そのこと自体も温度を失い始め、だんだんと、どの気温が正常なのかも分からなくなってきた。

 その場所は、レクリエーション・ルーム。人と話すためにここにいるのだが、いまいち一歩踏み出せない。レクリエーションから、もっとも遠い場所にいる。

 時折、自分の話す流れがやってきて、人と会話する。その時だけ、ちょっとした安心を得る。これで、ようやく雪解けがやってくるのではないかと予感するが、それは束の間の春で、すぐに空気は氷結し、言葉は永久凍土に封印される。

 反省として、己の内部を、かき混ぜる。どれだけ、混ぜても、そこの方に溶け残りが出来てしまうようだ。それは、もうどうしたって、水に溶かせない分なのだ。丁度、この止水域にいる自分みたいに。

 断続的な停滞。この場所を、冷やしているのではないか、という後ろ向きな思考がよぎった。自分がいなければ、ここはもっと、楽しくあるのではないか。そして、悪いことに、その仮説を本当の意味で確かめるすべはないのである。

 水面を見つめると、顔が不細工に映った。どれだけ、中を覗こうとしても、真っ黒に濁っていて、顔の向こう側は透視できそうにない。清涼さや明快さを失った、ぬるくなったココアが、ぼんやりと自分を見つめ返していた。


 机に座りながら、という、、、問題を、ずっとかき混ぜている自分。攪拌すると、冷たい外気に触れる機会が多くなり、もっと早く冷めてしまう。


 とある会話が終わり、また、沈黙がやってきて、もう一度、ホットココアをすする。ここにいる理由のホットココアは、すでにただのココアになり始めていた。ぬるいこの飲み物は言うまでもなくまずい。

 しかし、これを飲み終わるまではここにいる、というのが、自分の用意した建前なのである。これを盾にここにいる。みんなにも説明した。だから、ここから出ていかないように、ちびちびとしか飲まない。そのため、温かいうちに飲み干すことはない。どちらかを捨てなければ、どちらかを得ることは出来ない。確かに、この冷めきったココアはまずいかもしれない。しかし、飲まずにはいられない。

 ぬるくなったココアにも価値はあるのだ。そして、自分みたいな人間にも、役割はきっとどこかに存在している。飲み干すと、容器の底の泥は、綺麗にすくわれていた。

 

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冷めたホットココア 高黄森哉 @kamikawa2001

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