第4話:竜は死んでいた


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 男の語りの途中で、思わずイブキが口を挟んでしまう。既にその頬は赤く染まっており、かなり酒が回っているのが見て取れた。


 カウンターには、もう空となったワインボトルが何本も並んでいる。


「なんだよ、まだ途中だぞ」

「いいえ、言わせて頂戴。結局、その竜はとっくの昔に死んでていなかったって話でしょ!? おかしいじゃない! この村に伝わる、退って伝承が嘘ってことになるわ」


 目が据わりつつあるイブキを見て、男が苦笑しながらゴブレットを傾けた。


「まあ、そこに関して言えばそうなるわな」

「いいえ。私はちゃんと科学的にも魔法的にもこの村を調査をしました。間違いなく、かつてこの村は竜に襲われています。しかもとんでもない魔力を秘めた竜によって。その魔力反応は百年経った今でもまだ残っているもの」

「だろうな」


 男のはぐらかすような言葉にイブキが苛立ちを隠さず、ゴブレットをドンとカウンターへと置いた。


「ならどういうことよ! 違う竜がやってきたってこと? でも伝承では昔から山に住んでいた竜が襲ってきたってあるわよ」

「それもまた真実だ。だから話を最後まで聞けって言っているだろ? レキン、ワインをもう一本」

「ちょっと、勝手に頼まないでよ」

「続き、気になるだろ?」

「なるわよ! だから早く話しなさい」


 イブキが話を促すと、男がここに来て初めて柔和な笑みを浮かべた。まるで……何かを懐かしむかのように。


「全く……せっかちなのは血筋か」

「はい?」

「なんでもない。さて……話を戻すぞ。そう、あれは勇者ウォルツがまだ幼い頃、隣の首と喧――」

「戻しすぎよ。隣の首ってなによ……いいから早く話しなさい」


 そうして男が再び、語り始める。

 窓の外にはしんしんと、雪が積もり始めていた。


「そうして竜の骨を見付けた三人は――」


***


「どどどど、どういうことだよ!」


 ラルキンが顔を真っ青にしながら叫ぶ。ミーヤも驚きすぎて唖然としており、声が出ていない。


 まあ俺からすれば、やっぱりな、という感じである。


「さもありなん。やはりもう竜はいなかったか」


 俺がそう思わず声に出してしまうと、ラルキンとミーヤが同時にこちらへと目を向けてくる。


「は?」

「どういうこと?」


 どうやら二人は気付いていないようなので、俺はため息をつきながら説明することにした。


「お前ら、この洞窟の入口がどうだったか覚えているか?」

「ん? なんか年季の入った苔が生えていたな」

「足跡が残っていただろ?」

「ああ。うちの親父のやつだろうさ」


 ラルキンが当然とばかりに答える。


 そう。確かに話を聞く限り、あの足跡は毎年来ているというラルキンの父親のものだろう。


「なら――は?」

「確かに……なかったわね」


 ミーヤが思い出しながら答える。そう――足跡はなかった。つまりあの竜は少なくともあの洞窟からかなりの長期間出ていないことになる。


「で、でも、その竜が滅多に外でないやつだっただけじゃ!」

「そんな奴なら、村を襲うなんて話にはならないだろ」

「それは……あ、じゃあうちの親父が毎年、洞窟から出られないぐらいに負傷させているんじゃ!」


 ラルキンが何かに焦って、早口でそう反論してくる。いや、こいつはもう気付いているはずだ。


 だから俺が代わりに答えてやろうとすると、ミーヤがそれを口にする。


「あれも全部……嘘だったんじゃ。本当は竜なんてとっくの昔に死んでたのよ」


 ミーヤが真実を口にすると、ラルキンが目を剥いて、怒りを露わにする。


「ミーヤ! うちの親父は嘘つきなんかじゃない!」

「でも、実際に死んでるじゃない! どう見たってここ数年で死んだようには見えない!」

「そ、それは……」


 喧嘩しそうな二人を見て、さてどうしようかと悩む。


 俺にはなんとなくラルキンの父親が嘘をついていた理由が分かる。

 ラルキンの話しぶりからすると、毎年恒例のキノコ狩りと竜との戦いは、こいつの父親もその父親もそのまた父親も皆、ずっと行ってきたことだ。


 つまり、代々嘘をついていたということだろう。きっとそのうちラルキンもそれについて教えてもらえるはずだったが、父親の突然の病のせいで、こうして真実を知り得てしまった。


 まあ半分は俺のせいでもある。なら俺が教えてやるのが筋というものだろうさ


「……嘘と言ってもな、きっと優しい嘘だったのさ」

「優しい……嘘? なんだよそれ」

「自分で言っていただろうが。村人達は、毎年親父さんが作るスープと英雄譚が何よりも楽しみだって。いつ竜が死んだかは分からんが、きっと生きている時は本当に戦っていたのだろうさ。その槍にこびり付いているのは間違いなく、竜の血だ。それが何よりの証拠だろう」


 俺がそう言うと、ラルキンが握っていた槍の穂先をジッと見つめた。


「そうか……村人達をがっかりさせたくなかったんだろうね。竜が死んだら……もうあの話が聞けないもの」


 ミーヤの悲しそうな声に、ラルキンがうなだれる。


「それで、うちの親父も祖父ちゃんも……嘘をついていたのか」

「村人達を楽しませたいという気持ちゆえだろうさ。もちろん、一時でも英雄でありたいという欲求もあったと思うが。別にそれでやましいことをしているわけでもない」

「うん。確かにそのおかげで毎年みんな楽しんでいたもの。悪意のある嘘じゃない」


 ミーヤが優しい声でそう言って、ラルキンの肩をポンと叩いた。


「ま、そういうこった。というわけで竜はいない。だが、長年竜が住んでいたおかげで、ほら――キノコが取り放題だ」


 俺が洞窟のそこかしこに生えている竜茸を指差した。


「そうだね……っていややっぱりダメだ!」


 ラルキンが何かを思い出し、また嘆き始める。やれやれ、面倒臭い男だ。


「何がダメなのよ。あんたも嘘をつけばいいのよ。私も内緒にしておくから」

「違う、そうじゃない! だってビンズや村人達に約束してしまったじゃないか! 竜の首を持って帰ってくるって!」


 ……だよなあ。いや、うん、覚えてはいたけど、何とか誤魔化せないかと思っていた。


「まあ、持ち帰らないともう収まらないわな」

「だったら、この竜の頭蓋骨を!」


 とミーヤが無茶を言うが、それだとこれまでの話が嘘だとバレてしまうぞ。


「どうするんだよ、ウォルツさん! あんたが言い始めたことだろ!」


 ラルキンがそう怒りを俺へとぶつけてくる。いや、もう全くもってその通りなので、反論しようがない。


 やれやれ、仕方ない。


「だったら、竜の首を持ち帰るしかない。ああ、そうだ。どうせならこれまでの話が嘘じゃなかったと証明したらいいさ」

「いや、それが出来たら苦労しないってば。そもそもどこに竜がいるのよ。それにいたとしても、倒せるの?」

「いるし、倒せるさ」


 俺がそう確信を持って答えると――ラルキンとミーヤが出会った時と同じような疑いの目を俺に向けてくる。


 本当に俺って、信用がないね。


「どこにいるんだよ」


 そうラルキンが聞いてくるので――俺は答えることにする。


「いるさ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者ウォルツは本当に実在したのか 虎戸リア @kcmoon1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ