第3話:竜を殺せ


 春祭で浮かれる村を、ラルキン達と通り抜けていたその途中。


「おーおーおー! 誰かと思えば、ラルキン坊やじゃねえか!」


 酒臭い若者達が、こちらへとやってくる。その集団の先頭には、いかにも頭が悪そうなボス猿がいた。

 それらしい刺青を入れている筋肉質の男だが、見かけ倒しなのはその体運びですぐに分かる。


「や、やあ、ビンズ」

「おいおい、ミーヤとどこ行くんだ? 仮装大会か? あはははは!」


 そのボス猿――ビンズというらしい、がミーヤの格好とラルキンが握る槍を見て笑い、その背後にいる金魚の糞らしき者達の嘲笑を誘う。


「いや、ちょっとね……」


 ラルキンが顔を伏せて誤魔化そうとするとも――


「仮装大会じゃなくて、竜退治! ラルキンがバシッと倒すんだから! ビビって山にすら近付かないあんたらとは違うのよ!」


 ミーヤがビシッと指をビンズへと向けた。


 かはは……やっぱりこいつ、良い女じゃねえか。


「……はあああああ!? あのラルキンが竜退治ぃ? ないない! なあ?」


 ビンズが背後の連中にそう問いかける。返ってくるのは同意の言葉だけなので、聞く価値すらねえ。


 田舎の村によくいる、つまらない連中だ。


「大体お前のオヤジが毎年竜を大人しくさせているってのも嘘だろ? 馬鹿馬鹿しい。竜なんて今どきいるかよ!」

「いるわよ!」


 ミーヤが負けじと言葉を返す。


「じゃあ見たことあんのかよ」 

「……そ、それは」


 その言葉に上手く言葉が返せずミーヤが怯んでしまう。それを見て気を良くしたビンズが、今度はラルキンへと視線を向けた。


 その顔には悪意の籠もった、そして自分に酔っているような表情が浮かんでいる。


「竜なんて誰も見たことがない! あるって言い張るのはお前の家の連中だけだ、この嘘つき一家め。先祖代々、嘘がその血に染み付いているんだろうさ!」


 ビンズがそう俯くラルキンへと侮辱の言葉を浴びせた。見ればラルキンは悔しそうにぷるぷると手を震わせているが、何も言い返す気はないようだ。


 ……やれやれ。世話がやける男だな。


「それぐらいにしとけよ。そこまで言うなら今日竜を討伐して、その首を持ってきてやるよ」


 俺がズイッと前へと出て、そう啖呵を切った。すると、なぜか周囲にいた村人達の間でどよめきが起こる。


「首を……? あははは! やめとけやめとけ! そんなの無理に決まってる」

「無理じゃねえよ」

「馬鹿馬鹿しい! もし持ってこれたら、泣いて謝ってやるよ! というか……そもそも誰だてめえ」


 ひとしきり吼えたあと、今更ビンズがぎろりと俺を睨んでくる。

 なんだかそれがあまりに迫力がなくて、逆に笑ってしまう。


「くくく……勘弁してくれ。そんな熱い視線を送られても、俺は女以外を抱く趣味はねえぞ」

「は、はああ!? なんだてめえ! ぶっ殺すぞ」


 ビンズが挑発に乗って、こちらへと手を伸ばしてきた。

 やはり知性の低い奴は扱いが楽だ。


「調子に乗るなよ!! オッサ――」


 その言葉の途中で、ビンズが膝から崩れ落ちた。


「あひぇ……」


 そのままビンズは口から泡を吹いて、気絶してしまう。


「ビンズさん!?」


 慌てふためいた後ろの連中がビンズに駆け寄ってくるので、俺は唖然としていたミーヤとラルキンの肩を叩いた。


「行くぞ」

「う、うん」

「……そうね」


 バカな連中を置き去りに村を出ると、途端に緑の濃い自然が広がっていた。俺の祖国とは違う植生だが、やはり山は山。居心地がいい。

 

 そうやって山道を歩いていると、なぜかミーヤからの視線が俺に刺さる。


「ねえ……あんた、さっきビンズに何したのよ」

「何もしてねえよ。あいつが突然泡吹いて倒れたからこっちがびっくりした」

「ふーん」

「いや、それよりもさ! 竜の首を持ってくるなんてなんで言うのさ! あれ、周りのみんなも聞いてたせいで、えらく盛り上がったじゃないか!」


 ……そういえばそうだったな。


 確かに村を出る時、なぜか村人達はこれでもかとラルキンを囃し立てていた。

 昼から飲んで酔っているせいだろうと思ったが、少し様子が違うようだ。


「これで、竜の首を持って帰れなかったら……俺はもうあの村で生きていけないよ」

「持って帰ればいいだけの話だ。しかし、あの村はそんなに竜が憎いのか?」


 俺がそう聞くと、ラルキンは首を横に振って否定する。


「むしろ、好きだと思う」

「は? どういうことだよ」


 そう俺が聞くと、ラルキンはため息をつきながら答えてくれた。


「うちの村というかこの地域は、冬が長いんだ。だからどうしても春が過ぎて、短い夏が近付くと皆、ああして浮かれるんだよ。今日の春祭もそうだけど、彼らが一番楽しみにしているのが……夜の宴会で、うちの特製スープと酒を飲みながら聞く英雄譚なんだ。うちのご先祖様とキヴ山の竜の戦い。そして毎年行われる、うちの親父と竜との攻防とか、そういうやつさ」


 その言葉の続きをミーヤが口にする。


「だから、ああやって竜を倒して首を持ってくるなんて言ったら、そりゃあみんな期待するのよ。きっと、これまでにない凄い話が今年は聞けるだろうと」

「なるほどな……まあこんな村じゃ娯楽も少ないだろうしな」

「だからあんなことは言っちゃ駄目なんだ! どうしよう……竜を倒せなかったら……」


 ラルキンが不安そうにするので、俺のその背中を叩いた。


「心配するな! お前には竜のエキスパートである俺が付いているし、竜殺しの槍もある! なんとかなるさ! ああ、そうだ、成功した暁にはそれなりの金か酒をくれ。金ならそれで酒を買って飲む」


 そう俺が言うと、ラルキンが苦笑する。


「まあ酒ならいくらでもあるからいいけどさ。でも、二日酔いなんじゃなかったのか?」

「もう治った。今すぐビール飲みたい気分だ」

「酒バカは大人になっても治らないって本当ね」


 ミーヤがそんなことを言いやがる。

 だが残念ながら、俺は反論できない。


 だから、人生の大々大先輩としてアドバイスすることにした。


「大人どころか一生治らないぞ、酒は」

「最悪じゃない。ラルキンは飲み過ぎたらダメよ」

「あ、ああ」


 全く……仲が良いこった。きっとラルキンはこの先ずっと尻に敷かれているんだろうな。


 そんな雑談と共に山道を進むと、いよいよ森が深くなってくる。

 少しずつ会話が少なくなっていき、黙々と三人が歩くこと一時間。


 ついに、先頭を歩いていたラルキンが立ち止まった。


「ここだ。僕はこれより先は入ったことがない」


 ラルキンが指した方向には、大きな洞窟があった。周囲は苔やシダに覆われていて、確かに竜が好みそうな場所で雰囲気はある。


 だが……。


「い、行こう。さ、最悪逃げればいいさ」


 少し膝が震えているラルキンが、同じく立ち尽くして動かないミーヤへとそう声を掛けた。

 なんやかんや、そこは男である。


 だがあとは俺がやるべきだろう。

 なんせ俺は真実に気付いてしまったからだ。だからこそ



「ここから先は俺が先導する」


 俺は洞窟の周囲の地面に生える苔――おそらく去年のものであろう、一人分の足跡が薄らと残っている、を踏み締めて洞窟の中へと入っていく。


 中から風が吹き、どこか竜の遠吠えに似た、低い音が響いている。


「本当に大丈夫なのか、ウォルツさん」


 甲斐甲斐しくもミーヤの手を握って引っ張っているラルキンが、心配そうに尋ねてくる。


 だが、俺にはこうとしか答えられなかった。


「問題ない。何も怖がる必要はないさ。なぜなら――」


 その洞窟は案外短かった。入口からしばらく歩くとその先にはそれなりに広い空間があり、そこが行き止まりだ。


 そこは確かに竜の住処だった。朽ちた宝箱から覗く古い硬貨、銀の食器。積み重なった何かの骨。


「え?」

「なんで……」


 だけどもそう二人が驚くのも無理はない。

 確かにそこは竜の住処で、竜がいた。


 だが、その竜は既に――


「なんで……なんで!」


 そこには――既に死後百年以上は経っているであろう、竜の骨だけが残されたいた。

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