第2話:キノコ採りにいこう!


「ぷはー! 水ってのは世界一美味いよな! これに比べたらワインもビールも清酒もクソだ!」


 俺は〝折れた槍亭〟の中のカウンターで水をジョッキ一杯飲んで、そう叫んだ。


 いやあ、二日酔いの体に水が沁みるね……。


「……で、あんた何者なんだよ」


 疑うような目付きで、カウンターの向こうからあの青年――ラルキンと言うらしい、が俺を見つめてくる。


「全部俺に任せろ」


 まあ何の話かは全く知らないがな。


「あんた、この国出身じゃないだろ。っていうか名乗れよ。何をしに村に来た? 年齢は?」

「うるせえな、女みたいなピーチクパーチク詮索しやがって。俺だってここがどこか知らねえし、聞きてえぐらいだよ。それに年齢は途中から馬鹿らしくなって数えるのはやめた。まあ名前だけは教えてやるよ。俺の名は――」


 それから俺が名を告げると、ラルキンが不思議そうな顔でそれを繰り返す。


「……ウォロッチ? ウォロツ? 不思議な響きの名前だ」

「どうでもいいから好きに呼べ」

「じゃあ、呼びやすいウォルツで。つまり、あんたはただの浮浪者ってことか」

「カカカ! 不老者ね! 確かにそうかもしれねえ」


 俺が笑うと、男の猜疑心がいよいよ膨らんできた。


「あんたが僕の悩みを解決出来るとは到底思えないんだが……」

「いいから、言えって。別に言ったところで減るわけでもないだろ?」

「そりゃあまあ……」


 そう言うとラルキンがコホンと咳払いし、語り始めた。


「今、この村は丁度春祭の真っ最中なんだけど……うちはこの村唯一の酒場でさ。夜は毎回ここで大宴会を行うんだ」

「そりゃあ景気がいいな。それがどうした」

「うん。で、本当は俺の親父がそれを仕切るはずだったんだけど……」


 俺は素早くそのカウンターの奥にある調理場へと目を向けた。夜の宴会に向けた仕込みが行われているが、作業しているのはラルキンの母親らしく女のみで、父親の姿が見当たらない。


「親父が一昨日倒れてしまったんだ。高熱でずっとうなされている」

「なるほど、手が足りないのか」

「いや、それだけならなんとかなる。だけども問題は、オヤジ特製のスープが作れないことなんだ」


 それを聞いて、俺は思わず首を傾げてしまう。


「あん? スープ?」

「そう……村のみんなは毎年それを楽しみにしている」

「だったら息子のお前が作ればいいだけじゃねえのか。どうせそういうのは口伝とか一子相伝みたいな感じのやつだろ」


 俺の言葉にしかし、ラルキンは力無く首を横に振った。


「ダメなんだ……俺じゃあ」

「なんでだよ、作り方は知っているんだろ?」

「一応教えてもらってはいる。でもいつも上手くいかないうえに……今回はさらに材料が足りないんだ」

「材料?」

「――竜茸というキノコだよ」


 その名前に覚えがある。確か、レフィーヤ共和国の山間部の街で食わせてもらったスープに、そんな名前のキノコが使われていたはずだ。


 あれは美味かったなあ……。


「そのキノコを採るか買いにいけばいいんじゃないか? 親父さんが使っていたからにはこの村でも手に入るんだろ」


 竜茸はその名前の通り、竜が住み着いた洞窟にのみ生えるという、なんともまあ趣味の悪い、稀少なキノコだ。だが毎年作る特製スープに使われているというのなら、必ず入手ルートがあるはずだ。


「そ……それは……」


 なぜかラルキンが黙ってしまうと――代わりに答えるとばかりに酒場の扉が勢いよく開いた。


「ちょっと!! いつまで経っても来ないから迎えにきたのに、何やってんのよ!?」


 そこにいたのはショートソードとラウンドシールドを背負い、あまり似合っていない鎧を身につけた少女だった。

 

 勝ち気そうな顔で、翡翠のような瞳がやけに目を惹く。

 もう少し年齢が上なら、俺の好みなんだがな……。


 なんて考えていると、ラルキンが慌てたような様子でカウンターの中からでてくる。


「ミーヤ! ち、違うんだよ、これは! そう! この人にちょっと相談してて! あ、この人はウォルツさんで……」


 しどろもどろになるラルキンを無視して、ミーヤと呼ばれた少女がつかつかとブーツで木の床を叩きながらやってきて、座っている俺を見下ろした。


 その顔には見知らぬ男に対する怯えも気負いも一切ない。


 戦士のような、良い顔付きだ。


「私はミーヤ! よろしく! というわけでラルキン、さっさとキノコ狩りに行くわよ!」


 まるでそれで俺との話は終わりとばかりに、ミーヤがラルキンの手を取った。そのやり取りで、二人の関係性をすぐに理解した。


 許嫁か、幼馴染みか……まあその辺りだろう。

 いつの時代もどこの国も、女が強いのはいいことだ。


「ま、待ってくれ! そ、そう! この人は護衛なんだ! やっぱり僕達だけだと危険だろう!?」


 なんてラルキンが言いだし、必死に俺へと目配せをしてくる。

 

 ははーん。


 大体の事情は把握できた。おそらくだが竜茸の採れる場所をラルキンは知っている。ならなぜ採りにいかないのか。


 ミーヤの武装を見れば明らかだ。


「くくく……そうか、ここはまだ――なんだな」


 俺が思わずそう笑ってしまうと、ラルキンが何度も首を縦に振った。


「そ、そうなんだよ! 竜のいる洞窟でキノコ狩りなんて正気じゃないよ!」

「何言ってるのよ! ロフキンさんは毎年採ってきてたじゃない! そうやって毎年キノコを採るついでに竜を懲らしめて、村を襲わないようにしているんでしょ!? だったら息子のあんたがそれを引き継がないと!」


 ミーヤがまるで子を叱る母親のような剣幕でラルキンに迫っていた。


「まあまあ、落ち着け。竜がいるってのなら、俺の出番だ」


 俺は立ち上がると、二人の間へと割って入る。

 ただのキノコ探しは少々面倒だと思っていたが、竜退治となると話は別だ。


「……護衛だっけ」


 ミーヤがこれまたラルキンと同じように俺を、疑うような目で見てくる。


 まあ金も何もないうえに、武器すらも持っていなから仕方ないか。

 それでも……俺は自信たっぷりの表情を浮かべつつ口を開いた。


「悪いが、だよ俺は。そこのラルキン氏に雇われたのさ。なんせ初めてのことだ、最初は俺のようなプロを雇って、少しずつ慣らしていくのはとても賢い選択だ」


 竜退治となると……

 これを逃す手はない。


 なんせ俺は一銭も持ち合わせていないからな。


「そ、そういうことだよ! ウォルツさんはプロなんだ!」

「……ふーん。武器どころか、何も持ってないように見えるけど」


 ミーヤがまだ疑ってくるので、俺は余裕そうな態度で答える。


「だから素人は困る。竜相手に、そんな剣と盾と鎧でどうする気だ。竜を舐めてんのか」

「う、それは」

「せめて、槍にしろ。その洞窟にいる竜がどういうタイプの竜か知らんが、竜の鱗に剣なぞ効かん」


 俺が適当にそう講釈を垂れていると、ミーヤがハッと何かに気付き、ラルキンへと視線を向けた。


「そうだった! あの槍があるじゃない! この店の名前にもなってる!」

「なんだよ、あるのか」

「あ、いや、だってあれは……なわけで……役に立たないって」


 ラルキンが恥ずかしいそう言うも結局ミーヤに押されて、酒場の奥にある倉庫から、その折れた槍とやらを取ってきた。


「これなんですけどね……うちの家のご先祖様が、キヴ山の竜を討伐した際に持ちかえった槍だって言い伝えなんですけど」

「ん? キヴ山の竜? あの老いぼれ、ついに死にやがったか」


 と思わず口にしたが、ラルキンの先祖の話なので、きっとかなり昔の話なのだろう。

 にしてもそうか……あの爺さん、ついに討伐されちまったか。


「へ?」

「いや、なんでもない。それで、そんな由緒正しい槍がなんでそんなことになってるんだ」


 ラルキンが持ってきたその槍は、その由緒のわりに、なんというかボロい槍だった。確かに奴が言う通りその柄は半ばで折れていて、もはや短槍と呼んだ方が早いかもしれない。


 そもそも俺が見る限り、その槍はあの当時どこにでも売っていた量産品に見えた。ただ、竜を貫いたであろうその穂先は少し焦げていて、竜の血らしきものがこびり付いている。

 

「うちのご先祖様が竜討伐の報酬で、故郷であるこの村にこの店を建てたんだけど……程なくして近くの山にも竜が住み着くようになったんだ」

「なるほど……それでそのご先祖様は自慢の槍を持っていったわけだ」


 俺の言葉に、ラルキンが頷く。


「その通り。でもこの槍は、一度は竜を貫けても、二度目には折れてしまった。結局ご先祖様は竜にトドメを刺せずに、失意のまま帰ってきたそうだよ。そして、この店に〝折れた槍亭〟と名付けた。竜を殺せなかったことを決して忘れないように」


 そこまで腕を組んで黙って聞いていたミーヤが口を開く。


「何回聞いても嫌な由来ね。結局それからずーーーっとあの竜を倒せずじまいじゃない」

「でも、。それがうちの誇りなんだ。ただ、この槍が役に立たないのは確かだよ」


 ラルキンがしょぼくれた声を出すので、俺はその背中を叩いた。


「たかが柄が折れた程度を何を言う。なあ、ラルキン。竜殺しの武器ってのはどういうものか分かるか」

「へ? そりゃあエルフがミスリル銀で魔法鋳造したとか、ドワーフがアダマンタインで鍛えたとか……そんなのじゃないのか?」


 なんてことを言いやがるので、俺はため息をつきつつ、解説してやることにした。


「確かにそういう武器は稀少だ。凄い魔法が込められているかもしれねえ。だがそれでは竜殺しの武器たり得ないねえんだよ。だってそれらは竜を殺してないから」

「へ? どういう意味だよ」


 察しの悪いラルキンに代わりに、ミーヤが目を猫のように見開いて答えた。


「そうか! 竜を殺して初めて、それは竜殺しの武器になるんだ!」

「ええ……それって結果論じゃ……」


 そうラルキンが文句を言うので、俺は反論する。


「どんな平凡な武器だろうと竜を殺せたのなら、それはもう竜殺しの武器なのさ。だからお前の手にあるその武器は立派な竜殺しの武器だ。役に立たないわけがない」


 俺の言葉を聞いて、ラルキンが槍をもつ手に力を込める。


「そ、そうか。よ、よし! なら持っていこう!」

「竜なんてあんたが倒してしまえばいいのよ! 冴えない奴だって言ってる連中をアッと言わせましょ!」


 ミーヤの励ましもあって、ラルキンもやる気を出してくれて大いに結構だ。

 まあトドメぐらいは譲ってやるとしよう。


「じゃあ、早速行くぞ。善は急げだ」


 俺の言葉に、二人が頷く。


「行きましょ! いざ竜退治!」

「お、おお!」


 こうして俺は、冴えない宿屋の青年であるラルキンとその幼馴染みのミーヤと共に、竜退治へと出掛けたのだった。


 まさか……あんなことになるなんて、思ってもみなかったが。

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