第13話獄上の結末(終)
「の、のえる――!?」
「どうせまたゴチャゴチャいろんなこと考えて、力づくで何かしようとしてんでしょ? バレバレだっつーの。いい加減ベルベルは顔に出るんだよねぇ。少しは意識しろし」
「のっ、のえる、お前――!!」
「はぁ、何その顔? ベルベルがウチのこと治したんじゃん。めっちゃ苦しかったし痛かったし。もう少し優しい方法ってねーのかよ」
「ちっ、違う! のえる、お前、肌の色が――!!」
うぇ? とのえるが自分の手のひらを見て、目を丸くした。
途端に、がばっと身を起こしたのえるが、自分の足や腕を眺めて、おおおおお、と顔を輝かせた。
「こっ、これは……! ちょ、ベルベル、鏡持ってね!? 鏡!」
「もっ、持っとるわけないだろう……! 小娘でもあるまいに、なんで魔王が手鏡なんぞ持ち歩く道理があるのだ!!」
「うーん、まぢか……鏡ないか……あっ、そうだ! ベルベル、ちょっと顔貸して!!」
途端に、のえるの両手がベルフェゴールの頬を挟み込み、強制的にのえるの方を向かせられた。
は――!? と驚く前に、のえるの整った顔が吐息がかかるほどスレスレに近づいてきて――ベルフェゴールの頭が真っ白になる。
しばらく、ベルフェゴールの瞳に映った己の顔を見つめて、のえるが快哉を叫んだ。
「うおおおおおおおっ! マ!? これマ!? ウチ、黒ギャルになっとるわ!!」
何がそんなに嬉しいのか、のえるはキャッキャと声を上げて小躍りした。
「マ!? っていうか、魔!? 今時絶滅危惧種じゃん! 黒ギャルとかマジありえんと思ってたけど、こうしてみるとウチ黒くなってもめっかわすぎひん!? アリアリのアリじゃんこんなの! 白ギャルって魔族の魔力吸い取ると黒ギャルになるのかよ! すげー発見!! 後でインスタに自撮り上げとこ!!」
意味不明な言葉を連呼しながら、先程のシリアスも関係なく喜びまくるのえるに……ベルフェゴールは半ば呆れつつも……何故か笑ってしまった。
そのあまりに陽気な振る舞いは、ベルフェゴールだけでなく他の魔族にも不思議と伝染し――魔王城の庭を揺らし始めた。
浅黒くなった肌を見て激しく感動しているのえるを、ベルフェゴールは眩しく見つめた。
先程まで命の取り合いの修羅場だったこの庭を、彼女はもう既に笑いの園にしてしまった。
これが、この慈愛、この陽気さ、この平和が――「魔族に優しいギャル」そのもの。
この戦争に終わりを告げ、平和をもたらすべき存在の、真の秘めたる価値。
その圧倒的な納得に、ベルフェゴールはしばしの間、半ば酔いしれてしまった。
「おっ、そうだそうだ、忘れてた。キチンとケジメは付けとかなきゃだよねぇ――」
不意に、そんな不穏なことを口走ったのえるは、ツカツカとベルフェゴールの横を通り過ぎ、べちゃべちゃの顔で放心している勇者タケルを見下ろした。
「こっ、恋し浜さん――!」
「何がコイシハマサン、だよ、このクソキモオタチー牛ホーケー野郎」
信じられないぐらい冷たくそう言い放ったのえるに、勇者タケルは何故なのか物凄く愕然としたようだった。
「言っとくけどおめー、もう要らないから。この戦争はベルベルとウチで何とかするし。聖剣はこっちで預かっとくから。もうおめー勇者できねーからな」
「ええ……!? そ、そんな殺生な……! そっ、それだけは……!!」
「うるせーキモオタ。おめーなんかこの世界でも隅っこでエロ絵描いてシコってりゃいいんだよ。言っとくけどウチ、今のでますますオタケルのこと嫌いになったし。もう二度とツラ見せんじゃねーぞ」
何故なのか、黒ギャルとやらになったのえるの言葉は、普段よりも物凄く辛辣さを増したように思えた。
歯を食いしばり、涙目でのえるを見上げる勇者タケルの顔を無視して、のえるは魔族連中の方を振り返った。
「さぁみんな、こんなキモオタ追放すっぞ! 行くぜ、せーの……かーえーれ! かーえーれ!!」
帰れコール……古典的なやり方に、思わずベルフェゴールも立ち上がり、拳を振り上げて「かーえーれ! かーえーれ!」と叫んでしまった。
魔族の頂点たる男の行いである。すぐさま魔族たちの間にもそのコールは伝染し、魔王城の庭に盛大な「かーえーれ!! かーえーれ!!」の声が満ち満ちる。
この空気、この視線、この
再びグズグズと涙を流し、よろめきながら立ち上がった勇者タケルは、うわああああああああん!! というイタチの最後っ屁と共に逃げ出し、やがて地平線の向こうに見えなくなった。
「ふん、帰れコールぐらいで泣くなら勇者なんかすんじゃねーよってな。……ね、ベルベル?」
そこで聖女のえるは、ニッコリと笑った。
この輝くほどの笑顔、これがこの戦争に終わりを告げるべき人間の笑顔――。
その眩しさに、思わずベルフェゴールは目を細めてしまった。
「ん? どしたんベルベル? なんか嬉しそうじゃね?」
「あぁ、嬉しい――そうか、これが嬉しい、という感覚か。初めて知った――いや、思い出したのか――」
「あはは、ジジイみたいなこと言うじゃん。――ということで、みんな! そろそろ朝も明けるから、ウチは寝る!!」
その快活な声に、オオオオ、と魔族連中が応じた。
もうすっかり魔王より魔王しているな、この聖女は――と半ば呆れていると、のえるがベルフェゴールの下に駆け寄ってきて、なんの遠慮もなく飛びついてきた。
「おっ、うおおおおおお……!? のっ、のえる、何を……!?」
「部屋まで運べし。ウチさっき死にかけてたんだよ? 少しは男の
「わっ、わかったわかった! わかったから一旦離れろ! お前の一挙手一投足は俺には刺激が強いと言っとろうが! アッ、アアッ、なんだ、なんなのだ、この女特有の
「あはは、ギャルの匂い嗅いで興奮するとかベルベル、マジ変態じゃん。これだからドーテー魔王は……」
「まっ、魔王に向かってドーテーとか言うな! ああもう、全く、部屋まで自分で歩け! もう傷は塞がっておるだろうが!」
「魔王君さぁ……こういうときはギャルに優しくした方がいいよ?」
魔王と聖女、相反する存在がギャーギャーと喚いている遥か向こうで、ようようのことで地平線から太陽が顔を出した。
今、新たなる歴史を踏み出した魔族、そしてそれを庇い護り、魔族にでも別け隔てなく優しい「魔族に優しいギャル」――その二人を微笑ましく見つめるかのように、やがて太陽はぐんぐんと高度を上げていった。
◆
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魔族に優しいギャル ~聖女として異世界召喚された白ギャル、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思う~ 佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中 @Kyouseki_Sasaki
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