(──そうね。良い頃合いだし、そろそろあたしを引きなさい、メイ)


「いや引きなさいって……気合で引けたら苦労はしないよ……」


 突然の無茶振り。

 そういうカードゲームアニメの主人公系ではない普通の紙オタクとしては、突っ込みを入れざるを得ない。だけど、聞こえてくるマリスの声は至って大真面目で。


(?あたしとメイがそう望めば、引けるわよ??)


「そーなの!?」


(あのアホンダラの聖騎士長だってそれで引いてきてたでしょうし)


「あれ今引きだったの!?!?」


 しょーもなっ!という言葉が喉まで出かかった。危ない危ない。相手がトップドローで解決してきたら“はい運ゲー”とか言い出しちゃう悪い紙オタクの本能が……どうやらその運ゲーを、今からわたしもやらなきゃいけないみたいだし。


(運ゲーっていうか、運命っていうか……)


 恥じらいながら韻踏んできやがった。マリスめ、できると信じて疑ってないな。なんだろなぁ、嬉しい。ここがそういう世界で、マリスができると言うんなら。なんだかやってやれないでもない気がしてくるのは何でだろうか。


「なにをグズグズしている女ァ!時間稼ぎなど見苦しいにもほどがあるぞ!」


 あーはいはい。あのおっさんに急かされるとすごいムカついてくるんだけど、まあこっちの理由は明白だ。


「では、ターンをもら──」


 流れでいつも通りの宣言をしようとして、思い出す。

 

 ──もっと気合い入れてドローしなさいよっ。圧かけていきなさい圧!


「…………っ」


 ここ一番の勝負どころ。プレイングではなく、マリス曰く運でもなく、運命を手繰り寄せなければならない瞬間。わたしたちがそう望めばと彼女は言っていた。双方向でなくちゃいけない。だからそう、彼女の望むように、強気に、勝ち気に、気合い入れて。どうせ異世界、恥は掻き捨てだ。

 

「────わたしのターンっ!ドローっ!!」

 

 張れるだけ声を張り上げて、勢い良くカードを引く。触れて手繰った瞬間に、“彼女だ”という確信が体を駆け巡った。指先から彼女の存在をこれ以上ないほどに感じる。


「ハッ、その最後の一枚もどうせ『罠』なのだろう?実に軟弱者らしいデッ──」


「──このカードは」


 今までの意趣返しだ。懲りずに煽り立ててくるおっさんの言葉を遮って、たった一枚の手札をゆっくりと盤面に提示する。こんなにも美しい彼女を乱暴に叩きつけるなんて、わたしにはとてもできそうになかったから。


「自分の場に〈悪意マリス・あるトラップ・城塞フォートレス〉が展開されており、かつ、自分の捨札に〈悪意ある罠マリス・トラップ〉カードが十枚以上ある場合のみ召喚できる」


 城塞は守りきった。捨札にはこの数ターンで使いまくった『罠』がたんまりある。頃合いだ。

 いくよ、マリス。


(ええ、メイっ)


 

「悪意手慰む城塞の主。〈悪鬼令嬢マリス・ブレイクハート〉を──召喚っ!!」


 

 ドガァッッッッッ!!!!

 

 派手な音を立てて、ずっと閉ざされていた城門が内側から勢い良く吹き飛ばされた。

 蹴破った彼女が身に纏っているのは、震えるほどに美しく赤黒いドレス。コツコツとヒールを鳴らし、朝焼けとも夕暮れともつかない空の下にその身を晒す。

 禍々しい鉄扇で隠された口元は、それでも勝ち気な笑みが浮かんでいるのが良く分かって。瞳孔が縦に伸びた赤い瞳も、同じく強気につり上がっていた。ドレスとの対比が映える白い肌。そしてまたその肌との対比が映える、真っ黒い長髪。何よりも目に付くのはこめかみの辺り、髪を分けて伸びる一対の巨大な角のようなもの……っていうのはほとんど、カードのイラストから得た情報なんだけども。彼女、こっち向いてないし。


「──あーっはっはっはっはっ!このあたしの登場よ!!満を持してねっ!!!」


 ついに姿を現したマリスは、誰の目にも分かるほどに居丈高な令嬢だった。反り返るほど胸を張り、その扇子意味なくない?ってくらい声も張る。どうせ表情もイラスト通り自信満々そのもので、今からあのアホンダラをボコボコにするという気概に満ち満ちているんだろう。


 ……ただなぁ。

 カードの方のフレーバーテキスト(効果ではなくキャラの設定やらセリフやら背景世界やらが書かれてる“読み物”的な部分)が“どこ……どこにいるの……?あたしの──”なんだよなぁ。ギャップ萌えの化身かおのれは。


 頼りがいのありそうな背中を見下ろせば、ちらりと振り返ったマリスと目が合った。任せなさいって聞こえてくるような笑顔。体の深いところが熱くなり、また渇望が満たされていく感覚。


 ……ああ、なるほど。

 

 赤い瞳を見て理解した。わたしの中にあったそれはきっと、“彼女と共に闘いたい”という意思だったんだろう。だから向こうの世界でいくら闘っても満たされなかった。だからこの世界に、彼女と会うために来た。無意識のうちにでも、互いが互いを望んでいたからこそ、引き寄せられたんだ。


「……ようやく『ユニット』を召喚したかと思えば、この悪辣な城塞の主か。だが私のライフは無傷。この身を守る兵は二体。たった一体ではどうにもならぬわァ!」


 ……そうだった。まだバトル中だった。

 意識がマリスへと向き過ぎて、対戦相手のことすら失念していた。こいつを倒して、自由を手に入れる。マリスと語らうのは、それからゆっくりすれば良い。


「ゲロカスのアホンダラが。雑兵程度で、このあたしを一瞬でも止められるだなんて思わない事ね」


「ゲ……アホ……ッ!?」


 しかし口が悪いなーマリス。対戦マナーとしてはバッドも良いところだけど、この殺伐とした世界ではむしろ頼もしいか。


「メイ、このゴミをさっさと片付けるわよ」


「りょーかい。では、攻撃のタイミングに入ります」


 宣言は明朗に。だけどカッコつけて、右手をバッと前にかざす。合わせて、マリスが悠々と前方へ歩を進めだした。


「〈悪鬼令嬢マリス・ブレイクハート〉で攻撃。同時に効果発揮。攻撃時、捨札にある〈悪意ある罠マリス・トラップ〉一枚を即座に使用できる」


「何ィッ!?」


 彼女が鉄扇を閉じて突き出せば、その意思に呼応して城塞から激しい水流が放出された。前のターンに使った〈悪意ある罠マリス・トラップ─指向性大水流〉。聖騎士長の『罠』無効効果は自分のターン中しか発揮されないためにこれを防ぐことはできず、激流に呑まれた相手の『ユニット』は全て行動不能に。二体のブロッカーも無意味になった。


「あーっはっはっはっはっ!やっぱりゴミは水で流すのがいちばんねっ!!」


「チィッ……!だが所詮は女の細腕、ライフで受けても問題は──ちょっと待てなんだその攻撃力は!?!?」


 おっさんがリアクション芸人と化してる。効果宣言はちゃんと最後まで聞こうね。


「マリスの打点は捨札にある〈悪意ある罠マリス・トラップ〉の枚数に応じて増加していく。今の彼女なら、あんたのライフくらい余裕でゼロにできるよ」


 何枚『罠』使ったと思ってるんだ。

 

 通常であればカウンターとしてしか使えない『罠』を能動的に撃つことができる。そして今までに使った『罠』の数だけ力を増す。まさに罠だらけの城塞の主にふさわしい能力で、完全にこの一撃に特化したワンショット型のデッキだ。決まればめっちゃ気持ち良いやつ。召喚されたマリスのテンションが高いのも頷ける。


「グッ……!!」


 万全の聖騎士長をも凌ぐバカみたいな打点に一瞬、おっさんが慄く。だけどもすぐに、その顔には余裕の笑みが戻った。


「これを使わされるのは癪だが……貴様らのような不遜の輩は、威光で以って躾けなければなるまい!!」


 手札から一枚、このタイミングってことは『罠』か。


「『罠』カード、〈緊急勅令〉を使用!!」


 宣言と同時に、どこからか飛来してくる大量の……なに?紙切れ?カード名的に……勅令状みたいなものかな?それらは敵味方問わず全ての『ユニット』へ殺到し、騎士たちの体にベタベタ張り付いていく。同じようにマリスにも、何枚もの紙切れが襲いかかり──


「このカードは『王族』より階位の低い全『ユニット』を行動不能にする!これで貴様も──」

 

「──黙らっしゃいっっ!!!」

 

「何ィッ!?!?!?!?」


 その全てを、彼女は鉄扇の一振りで薙ぎ払った。


「このあたしがっ、人間の王族如きの言う事なんて聞くわけないでしょうが!!」


 獰猛な笑みと、咆哮にすら感じられる叫び。マリスの放つプレッシャーにおっさんも、観戦してる王サマも気圧されてるみたいだけど……いやあの、彼女の効果欄に思いっきり書いてあるんだよね。“このカードは『罠』の効果を受けない”って。だから効果宣言は最後まで聞こうねってあれほど……


「そ、そんな……バカなッ……!!!」


 青ざめるおっさんの元へ、ゆっくりとマリスが近づいていく。わたしが攻撃を宣言した瞬間から、彼女の歩みは一歩たりとも止まっていない。悠々と、自信満々に敵を追い詰めていくその姿は、なるほど確かに、人間程度に止められる存在には見えなかった。

 相手にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。でもわたしにとってはその反り返った背中が、歩くたび揺れる黒髪が、力の象徴のような巨大な角が、何もかもが頼もしい。わたしの切り札は、こんなに強いんだぞって。


「──さてと」


 やがて、動けない騎士たちの脇を抜けて、マリスはおっさんの直ぐ目の前にまでたどり着いた。すでに透明な壁は展開されていて、だけども彼女の威圧感を前にしては、そのなんと頼りないことか。


「メイに働いた非礼の数々、痛みを持って償いなさい」


 パチンッと鉄扇が畳まれ、右手で横に大きく振りかぶる。腰を落として右足を一歩引いた、令嬢らしからぬ豪気な構え。声に乗る並々ならない怒りに、おっさんはガタガタと震えている。


「ま、待て……やめ──」


「──覇ァ!!!」


 空気が震えるほどの気迫と共に鉄扇が振るわれ、凄まじい閃光を放って、透明な壁は一撃で砕け散った。


「グアァァァァッ!!!」


 衝撃でおっさんは吹き飛び、同時にライフもゼロになったところまでは分かった。だけどもあまりに眩しくてそれ以上は、振り返りニッと笑うマリスの顔くらいしか見えなくて。そのまま視界はどんどん白く潰れていき、そして。


 

「────っとと」


 気がつけばまた、最初に目を覚ました薄暗い石畳の上に立っていた。

 目の前には真っ青になって尻餅をつくおっさん。完全にブルってる。見下ろせばいっそう、全身の震えが激しくなった。


「えーっと……それじゃ、わたしたちが勝ったので、言うこと聞いてもらいます」


「ひっ」


「この世界の通貨を……そうだなぁ、リュックサックいっぱいに詰めて持ってきて。そのあとは王族共々、二度とわたしたちに関わらないで下さい。良いですか?」


「ひいぃぃぃっ!!」

 

 走って逃げてっちゃった。大丈夫あれ?そのままトンズラされない??


(問題ないわ。“ルール”は絶対だもの)


 そっか、マリスがそう言うんなら。にしてもあのおっさん態度変わり過ぎでウケる。ちょっとスッとした。


(メイに──あたしの旦那様に手ぇ出そうとしたんだもの。当然の報いね)


 あっはは、旦那様って…………

 …………旦那様?


「…………え、旦那様なのわたし!?!?!?!?」


(??そうよ?最初に言ったじゃない、まずはあたしたちの城をって)


「確かにそうだったけどそういうことだったの!?え、ちょ、きいてねぇ〜〜っ!!?」


 予想外過ぎて、いきなりセオリー外のカード使われてビビる紙オタクみたいになっちゃった。


(言おうとするたびにあのアホンダラが割り込んできたんだもの。アイツが悪いわ)


 ……確かに、思い返してみればそんなシーンがチラホラと。じゃあアイツが悪いな!


(とにかく。やっと逢えたんだから、これから末永くよろしくね。旦那様♡)


「あっ、うん、はい……」


 拝啓、行きつけのカードショップのオタクたちへ。

 カードゲームで全てが決まる世界に召喚されたと思ったらいつの間にか切り札と結婚してました。デレデレデカ角人外令嬢嫁です。怒らせたら怖そうです。


 ある意味一番の衝撃を受けつつ……いつの間にか懐に入ってたデッキを取り出して、一番上のカード、〈悪鬼令嬢マリス・ブレイクハート〉を眺めてみる。

 

「…………うん、よろしく、マリス」


(ええ、メイ)


 イラストは変わらず、強気な眼差しに勝ち気な笑み。そもそも彼女、何故かしれっと召喚されたわたしのデッキになってたわけだし、押しかけ女房にもほどがあるけど…………でも、一番下のフレーバーテキストが目に入った瞬間に、まあこういうのもアリかもなって、そんな風に思ってしまった。

 

「……とりあえずさ」


(ええ)


「プレマとスリーブが欲しい。切実に。存在しないなら作ってでも」


(なにそれ?)


「わたしの心の安寧と、マリスの美貌を保つために必要なもの」


(気になるわね。詳しく教えて頂戴)


「うん、まずプレマ、プレイマットってのが──」 


 デッキを懐にしまい直して、金が戻ってくるのを待つ。そのあいだのとりとめのない雑談が、ゆっくりやさしく、わたしの渇望を満たしていった。それはきっと、マリスの方も。


 

“やっと……やっと逢えた……!あたしの──”




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




最後まで読んで頂きありがとうございました!もしよろしければ感想やら評価やらレビューやら頂けるとますます嬉しいです!!

今作の主人公&ヒロインのメイとマリスについて、拙作「ダウナーさんとツンデレデレさん ~あらゆる世界線でいちゃつく二人~」にて色んな世界線・関係性での二人の様子などを書いていますので、もしご興味ありましたらぜひそちらも覗いてみて下さい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダウナー紙オタク女子大生、カードゲームで全てが決まる異世界に召喚されいきなりバトる羽目になるもツンデレデレ切り札のお陰でなんとかなる にゃー @nyannnyannnyann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ