中
(次のターンはとりあえず
マリスの言葉に小さく頷く。
手番が返ってきたおっさんはやっぱり大仰にドローし、それから〈王国騎士〉よりも身軽そうな〈斥候兵〉を召喚。そのまま攻撃タイミングに入った。
「〈斥候兵〉で攻撃!さあ、その悪趣味な城の本性を見せてみろッ!」
おっさんの号令を受けて、城門へ向かって走り出す〈斥候兵〉。真正面から来るんかーいというツッコミは野暮だろう。これカードゲームだし。戦略シミュレーションとかではないのだ。兎角、それをこちらの『ユニット』で迎撃して、限りあるライフ──わたし自身を守るのが普通の流れなんだけど、なにぶんその『ユニット』がいない。なので甘んじてライフで受けるか、あるいは。
(
「ん。では『罠』カード、〈
宣言と同時に、手札の一枚を盤面へ提示する。
えらく躍動感のあるトラバサミのイラスト……それがそのまま実体化し、『罠』らしく〈斥候兵〉を待ち構える──ことなく、自分から襲いかかりにいった。いかにも楽しそうに、ガチガチと歯を打ち鳴らしながら。
「悪意あるってそういう……」
意思を持って自ら標的に食らいつく悪辣な罠。低ステータスの敵『ユニット』を即座に破壊するトラバサミが、〈斥候兵〉の下半身をまるごと食いちぎってしまう。兵は死に絶え光の玉となって消え、トラバサミも満足げに消失した。
静寂が戻った戦場に、忌々しげな声が響く。
「……フン。どうやら闘いの初歩は頭に入っているようだな……“高位”のカードにでも気に入られたか。だが所詮は付け焼き刃。我が騎士団の前では無駄な抵抗と思えッ!」
そう言っておっさんはターンを終了し、返ってきたわたしの手番。ドロー。引いたカードは『罠』。さっきと変わらず三枚ある『罠』カードは全て、頭に〈
「──〈
宣言と同時、デッキからひとりでにカードが飛び出し手札に加わった。これで『罠』は四枚。まだこのゲームに疎いわたしでも、相当に守りが堅いのが分かる。二枚ある『補助』のカードはどれもドロー効果で手札を増やす使い切りのもので、城塞とドロソで『罠』をひたすら引き込みつつ頃合いを見てマリスを戦場に投入する、そんなコンセプトが非常に分かりやすいデッキだった。
「また『罠』か。随分と臆病なカードに魅入られたと見える」
(言ってなさいアホンダラがっ)
煽ってくるマナークソ悪おっさんの前には
「ターン返します、どうぞ」
「『ユニット』も出さずにどう戦おうというのか……私のターンッ、ドローっ!〈王国騎士〉をもう一体召喚、続けて──」
ここからしばらくは、受けて耐えての時間だった。
あちらの〈騎士団〉デッキは高打点や分かりやすくアドバンテージを得られる効果で纏まった素直なテーマで、こちらと同じく使い切りの『補助』ドロソで後続を維持して愚直に攻め込んでくるタイプ。こっちのデッキが『罠』偏重だと分かってからはブロッカーを残すこともせず、『罠』を使い切らせようと毎ターンフルパン(場にいる『ユニット』全部で殴ってくる攻め方)してくるものだから、こっちも毎度複数枚の『罠』を使って凌ぐ形に。
城塞で引っ張ってこれる『罠』は毎ターンランダムに一枚ずつ。それ+ドロソで引いた分をやりくりして、結構なターン数を耐えることができていたんだけど……
「──しぶとい、うんざりする程にな。だがその無駄なあがきもここで終わりだッ……いでよ、わが騎士団最高戦力!王へ不敬を働く不届き者を粛清せよ!!〈聖騎士長グラム・フルブニル〉、召喚ッ!!」
おっさんが高らかに宣言する。それに応じて、ひときわ強く輝く光球が空から降ってきた。人の、騎士の形を取るところまでは今までの『ユニット』と同じで、だけどもその存在感は、これまでのやつらとはまるで違う。
(“高位”ね。向こうの切り札のおでましよ)
恐らくマリスのような、明確な自我を持った特別なカードなんだろう。白く曇り無い鎧に同じような長剣を携えた、金髪青眼の精悍なイケメン。まさしくTHE・聖騎士といった雰囲気だ。こちらを討たんと睨みつけてくるその眼光は、もしも一人だったら耐えきれなかっただろうと確信するほどに鋭い。
……だけど。
(超高打点に、自ターン中に『罠』を食らっても自身の打点を下げることでそれを無効にする耐性効果。いかにも正面突破しかできないガチガチの騎士って感じね)
わたしにはマリスがいる。何の気後れもなく敵を品定めする、勝ち気な声が。彼女の言葉を聞いていると、どうしてだか安心する。恐怖が退けられ、代わりに湧いてくる渇望さえも満たされていくような、そんな感じがする。頭がクリアなままでいられる。だけどもどこか、じわじわと、熱に浮かされたような高揚も。
「更に、こいつで貴様の思い上がりを完膚なきまでに破壊してくれるッ!装備型『補助』カード、〈破城槌〉を使用!〈聖騎士長グラム・フルブニル〉に──」
(っ!メイ──)
「──装備前に『罠』を発動します。〈
割り込むように(ルール上の問題はない)『罠』を使う。飛来した巨大な鉄槌の柄先が地面に触れた瞬間、地中から何かがそこへと殺到し、地面ごとめくれ上がるようにしてバクリと飲み込んだ。得物を掴もうと伸ばしていた聖騎士長の手が空を切る。
(メイ、あんた……)
マリスの言わんとすることが分かる。それは心が彼女に近づいていってるのか、それとも単純に、今までの経験則がここだと判断したからか。兎角わたしは『陣地』を、城塞を破壊する効果を持ったカードを即座に退場させた。
「ハハハッ、よほどその城が手放し難いと見える!だがまさしく、それこそが思い上がりよッ!続けて永続型『補助』カード、〈戦意高揚の旗印〉を使用ッ!二ターンの間、自軍の騎士『ユニット』全ての打点を上昇させる!」
続けざまに宣言されたカードで、聖騎士長の攻撃力がとんでもないことになる。場に展開された他三体の騎士たちもその恩恵を受け、聖騎士長+他一体の攻撃が通ればそれだけでわたしが敗北する程に。使われたのは永続型のカード、つまり先の『罠』でこっちを破壊することもできたわけだけど……
「……失敗だった?」
(いえ、むしろナイスよ。城塞は落とされる訳にはいかない。装備された後じゃ〈探知床〉は聖騎士長の『罠』耐性で無効にされてた。破壊するならあのタイミングしかなかったわ)
手札にある『罠』を全部吐いて聖騎士長の打点を下げまくりつつ取り巻きを処理すれば、ひとまずこのターンは凌げる。後はなくなるけど、マリスは落ち着いたままだ。だから大丈夫だって、わたしも思えた。わたしたちの内心も知らずに、調子付いたらしいおっさんが意気揚々と攻撃に入る。
「行くぞ!まずは〈突撃騎士〉で攻撃ッ!」
各『ユニット』の打点を勘定に入れる。この攻撃は。
(メイ、耐えてっ。ここは──)
「──ライフで受けますっ」
『罠』を使わずに、この身で受ける。
〈突撃騎士〉がわたしの目の前に飛び上がり、ランスを引き絞る。初のダメージ。竦みそうになる足をマリスの声で奮い立たせてしかと目を向ければ、私を守るようにして現れた透明な壁が、刺突を受けて大きく震えた。
「ぅ、ぐっ……!」
貫かれはしなかったけれど、衝撃は確かに伝わってきた。石台の縁を掴んでなんとか耐える。こいつの打点自体はそこまで高くはないけれど、これでわたしのライフは聖騎士長の攻撃でゼロになる領域に。
(……大丈夫、攻撃はこの壁が受けてくれるわ。メイが直接傷つけられるわけじゃない)
って言うわりに、マリスの声は怒りで震えていて。なんだろうなぁ、嬉しい。わたしにもその勝ち気が伝染ったみたいに、丸まっていた背が再び伸びる。まだ敵は三体も残ってる。全部捌かなくては。
「得意の『罠』はどうした!続けて〈聖騎士長グラム・フルブニル〉で攻撃!さあ、食らえば終わりだぞ女ァ!!」
吠えるおっさんに同調するように、金髪の聖騎士長サマが走り出した。抜刀した得物はまさしく聖剣と呼ぶにふさわしい輝きを放ち、城塞の雰囲気も相まってこっちが悪者にしか見えない。なんかちょっと癪だ。お望み通り『罠』をぶつけまくってやろう。
「『罠』カード、〈
「無駄だ!〈聖騎士長グラム・フルブニル〉の効果起動!聖剣フルブニールよ、邪悪な罠を斬り伏せろッ!」
おっさんの宣言により聖剣がひときわ輝き、ケミカルな色味のトリモチが一振りで切り捨てられた。聖騎士長は僅かに速度を落としつつも足を止めることはなく、そのまま城塞の前へと向かってくる。無効効果の代償として打点が下がったようだけれど、それでもまだ十分に危険なレベルだ。
──な、の、で。
「続けて『罠』カード、〈
(良いわよメイ!)
「フン!〈聖騎士長グラム・フルブニル〉の効果起動!『罠』を無効にする!」
「続けて『罠』カード、〈
(その調子よメイ!)
「チッ……〈聖騎士長グラム・フルブニル〉の効果起動!!」
「さらに続けて『罠』カード、〈
(完璧よメイ!)
「ええい往生際の悪い!!〈聖騎士長グラム・フルブニル〉効果起動!!」
都合四回。
機嫌良さげだったおっさんがキレるまで『罠』を使った結果、聖騎士長の攻撃力は当初の約半分にまで減衰していた。恐ろしいことに、それでも残りの二体と合わせればこっちのライフを削り切れてしまうんだけど……ごめんねぇ、まだあるんだなぁ。
(やっちゃいなさい、メイっ!)
最後で、本命の『罠』が。
「──さらに続けて『罠』カード、〈
発動条件も厳しく、効果対象の範囲も限定されてる。だから最初の〈突撃騎士〉を除去しなかったし、こいつの効果範囲に入ってくるまで、聖騎士長に『罠』を撃って打点を下げ続けた。これが通れば、攻撃中の聖騎士長も含めた残り三体全ての攻撃を止められる。
「グッ、これは……ッ!!」
城塞の排水口から飛び出し、意思を持って四体の騎士に襲いかかる濁流。この『罠』は聖騎士長も対象に含んでいるんだから、もちろん今までのように無効にすることもできる。だけどもそうすれば聖騎士長の打点は、もう三体フルパンでもわたしを倒し切れない程度にまで低下する。無効にしなければそのまま攻撃が止まる。どちらにせよ、このターンでわたしを倒すのはもう無理だ。
「ク、ソがァァァァァ!!〈聖騎士長グラム・フルブニル〉効果起動!!!!」
おっさんは怒り狂いながら『罠』を無効にすることを選択し、聖剣の力で騎士たちは守られた。お陰様でわたしのライフもね。まだ攻撃を継続している聖騎士長の打点は、もう先の〈突撃騎士〉よりも少し高い程度だ。
「こちらは手札ゼロなので、そちら何もなければライフで受けたいです」
「いちいち人を不快にさせる女だッ……!やれ、グラム!!」
聖騎士長が跳躍し、精彩を欠いた剣閃が透明な壁を叩く。衝撃はさっきより強かった気がするけど、窮地を凌いだテンションからか、さっきよりもしっかり踏ん張って耐えられた。何度も名前を呼んでくれたマリスの声が耳に留まって、わたしの心を強くする。
「続けて……ッ、いや、これでターンを終了する……!命拾いしたなァ……!」
この距離でも歯ぎしりが聞こえてきそうなくらい悔しそうな表情で、おっさんはブロッカーを二体残したままターンを終えた。さて、と……
……こっからなんとかなるんだよねマリス?わたし手札ゼロ枚なんですけど??勝手にハンドレスコンボなんですけど???トップドローで奇跡を起こすしかないんですけど????
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