人生全てを笑いに魂売った天才と呼ばれた二人

悠月 星花

人生全てを笑いに魂売った天才と呼ばれた二人

「ちょぉまてや!」

「なんでやねん!」


 お決まりのノリツッコミの掛け合いも何度したことだろう。必ずこのフレーズは入れる……、俺とシュウジの二人で話し合って決めた言葉は、今ではどこでも聞くようなテンプレになった。元々、どこにでもあった言葉を使っただけで、目新しいものは何もない。

 漫才ブームが始まり、「おもろいことやろか!」と、高校3年生のとき、教室でなんとなく気の合う者どおしが始めた。

 俺たちもそのブームに乗り一攫千金を夢見て、親に反対されながらも、田舎から夜行バスに飛び乗ったのは、もう数ヶ月前の話。


 流行り廃りの早い業界。漫才ブームはいつまで続くのか、周りを見ればどこもかしこも掛け合いのネタを作っては「そこはもっとこう大袈裟にしたほうがええねん!」なんて声まで聞こえてくる。明らかに俺らとはレベルの違う話をしている組みが多く、ため息が出そうになったの飲み込んだ。


 俺らと同じように考える奴らもぎょうさんおったらしく、右見ても左見てもという状況。あのスポットライトの当たるステージに立てるのは、この中の何十組とおる中で、たったの十組。今日こそはと、俺たちもネタ合わせをしていた。


「なぁ、」

「なんや?」

「なんか、おもてたのと違うて、おもんないな?」

「そりゃ、これだけぎょーさん同じ夢を追っかけてる人を見てたら、夢かて覚めるわ」


 沈黙のあと、「ちょっと出てくるわ」と相方のシュウジは外へ行った。喋り方も変え、自分たちが面白いと思うことを信じてしてるつもりやった。田舎を出る前、高校生だった俺らは、教室の後ろに机を並べてステージを作って同級生たちの笑いを取っていた頃が懐かしい。


「満員のステージは気持ちのえーもんやったなぁ。今じゃ、メイン前の前座ですら、席の奪い合い。厳しい世界やと思っとったけど、それ以上や」

「ほな、辞めたらえぇ」


 急に後ろから話しかけてきたのは、今、話題の噺家のサトルやった。若手も若手、俺らと年も変わらん未成年。勝ち誇ったように不敵に笑われたらこちらも気分が悪い。一生懸命ネタを作って寝る間も惜しんで練習して、今、どこやいうたら、俺らはど底辺。尻尾巻いて田舎に帰る潮時なんかと考える日も増えてきた。そんな最中に「辞めたらえぇ」とは?


「なんで漫才やろうとおもたんや?」

「……それは、その……ブームやから」

「そうか、そりゃこれだけおったら、まぁブームやろな?」


 バカにしたように笑うサトルを睨んでやると「怖い怖い」とまた笑う。その様子は俺の心を見透かしてくるようで、こちらの方が怖いと背筋を冷たいものが流れてく。


「ブームなんてもん、ほんのいっときや。皮肉なことにな、俺かて客にすぐ飽きられる」


 サトルの言葉に思わず頷きそうになった。先週まで漫才のトップだと言われていたやつらが、今日はどこで練習しているかというたら、隅の隅。人目につかんように、ひっそりとしているのが見えた。


「……なぁ、俺と賭けしいひんか?」

「……掛け?」

「そう。このブームが過ぎたあとも、笑いの業界で生き残る。人生全てを笑いに魂売れるかどうかや。なぁ? おもろいやろ?」


 意地の悪い笑い方を見ても、揶揄われているのはわかる。若手でコイツに勝てる漫才師はおらんかった。一人でも笑いをすべて持っていってしまう、そんなヤツが何を言い出したかと、正直意味も分からんかった。


 てっぺん極めとるヤツが「おもろいやろ?」で、ド底辺の俺と掛けをしたいって? コイツ、アホちゃうか? まぁ、アホなら、嫌いとちゃうでな。


 サトルをジッと見つめ返した。バカにしているのかと思っていたが、本気で俺に賭けを持ちかけてきたようだった。


「ええやろ、笑いに何でも売り飛ばしたる!」

「よぉーゆーた! そんな気概あるヤツ探してたんや。今日の前座のラスト、任せたで!」


 二の腕をパンパンと叩いてサトルは去って行く。「どいてやー」と今日のステージの予選のライバルたちへにこやかに、されど見下したような笑顔で用意されとる楽屋へ向かってサトルは歩いて行った。


「なんや、えらいもんに目つけられたな?」

「ほんま、そんな変なもん引き寄せるの辞めてくれる?」

「……帰ってきた?」


 シュウジが俺を憐れむように見てくるので、賭け以外のサトルとの話をする。


「予選なしで、ステージ上がれるっちゅーこと?」

「……しらん。準備はしておいた方がええと思うわ。今日のネタ、飲み屋のおねぇちゃんの話にしよう思うんやけど……」

「あぁ、あれな。あれ、やろう!」


 その日、俺らは実力なのかコネなのかわからないまま、ステージへの切符を捥ぎ取った。



「どうも、こんばんは! お初におめにかかりましゅ……」

「いきなり、噛むなや!」

「ほんなら、気を取り直して……」

「また、やんのかい! 初手のありがたみが薄れるわ!」

「ほんなら、どないせいっちゅーねん!」

「あなたの遠縁のアキラです! あぁ、こっちの噛み噛み男はシュウジです」

「二人合わせて「アキシュー」です」

「って普通に、挨拶すなや!」


 掴みはどうやろう?


 会場を見れば、ところどころで笑ってくれている人がおった。ただ、俺らはただの前座。次のアイツを見に来ているお客がほとんどの中で、一人だけ大笑いの女の人がおる。

 シュウジに視線を送れば、「よしきたっ!」と通じたようやった。


「俺ら田舎から出てきて数ヶ月。今日、初めてのステージ言いましたやん?」

「そうそう、俺らド田舎から出てきて、これがありませんのやわ。ほんで、時間だけは有り余ってるさかい、新聞配達と牛乳配達のアルバイトしてますねん!」

「まぁ、仲ぁ悪いから、別々に一緒の家に配達してますんやけどな?」


 おっ? なんや、ちょっと聞く気になってくれた人が増えた気がするわ。このまま……噛むなよ? シュウジ!


 視線の先にチラチラ見える観客の視線が少しずつこちらに上がってきて、俺らを見てくれてた。


「この前、お前熱出して休んだやろ?」

「おぅ、あのもろた牡蛎にあたって、上から下から……えらいことなった日のことか?」

「……お前、何食わしてもろとんねん。俺、牡蛎なんて食ってないぞ?」

「まぁ、ええやんか、苦しい思いをせんでよかったんやから」

「それもそうか。まぁ、ええわ」

「ほんで、何があったんや? その日、アルバイトから帰ったと思ったら、一張羅着てどっかいったけど?」

「それがやな! 新聞配達ゆーたら、丑三つ時から明け方やろ?」


 俺は頷く。『丑三つ時』なんて言葉を打ち合わせでは入れてなかったが、シュウジの方になんや降りてきたらしい。


「真っ暗な道をふぅーっと白いものが動くんや」

「……それ、なんや? アレか?」

「お前もそう思った? アレやと!」

「丑三つ時なんていうたら、アレしかおらんやろ?」

「俺もそう思って、背筋凍ってもてな、体中ブルってしもて動かれへんなってん。そしたら……アレやアレ!」

「なんや、アレアレ!」

「尿意をもよおしてきてな?」

「……なんでやねん。漏らしたんか?」

「そんなわけあるかーい! グッと我慢した

「我慢したんか? えらいやん!」

「せやろ? で、その白い物体、やっぱり気になるから近寄っていった」


「ほぉーん」と相槌を打つと、だんだん芝居がかったようなおもしろい顔芸までやり始めた。お客の反応はどうなんや? と確認したいが、ここで確認したら場がしらける。正面をみたいのを我慢して、熱量を感じことにした。どれほど、俺らの漫才に引き込まれているかを。


 ……そんなん、初めての舞台に立った俺にはサッパリやけどな。


「こんなふうにしゃがみ込んでてん。お前、後ろから、肩をトントンと叩いてくれへんか?」

「よしゃ、こうか?」

「いやいや、ちゃうちゃう。もっと優しくや」

「なら、こうか?」

「もっと優しくして……」

「これでどうや?」

「バッチリ! 本番行くで!」

「今の本番とちゃうんかい!」

「ちゃうに決まってるやろ? だいたい俺とお前は仲が悪い。意思疎通が難しいんや!」


 真顔でシュウジが言うので、こっちもメチャクチャ驚いた表情を作って「俺ら一生添い遂げるいうたやん! いけず、言わんといて!」なんて、その場のノリでちゃちゃを入れてしまう。


 そのおかげか、笑う声が聞こえてきた。シュウジと視線がぶつかったとき、いけると確信した。


「まぁ、ええわ。本番やで? さっきの覚えてるな?」

「まかしときぃ!」


 シュウジの肩をトントンと叩く。


「……大丈夫ですか?」

「……はい、少し飲みすぎただけですから」

「……そうですか、近くのスナックで働いているんです?」

「そうです。今日は強引なお客がいましてな……あんまりのめやんいうのに、何杯も強いお酒を注いできたさかい気分がわるなってしもて」

「家まで送りますさかい、立てますか?」

「……立てる? そうか、ここは家と違うんですな」


 肩を貸そうとしたときの話……。


「……もしかしやんでも、足なかったとか?」

「足か? 足はあったで? 薄かっただけで」

「……それを人々は幽霊というんちゃうか?」


 静まり返った会場。これまでかと思った。おもしろいオチになっているとは、今更感じなくなった。


「ちょぉまてや!」

「待ても何も、幽霊やないか!」

「えっ? そうなん? 実は今日も来てくれてんねんで? ほら、お前の後ろに……」


 指を指して俺に振り返るようシュウジが指示を出す。俺は、内心、震えながらそぉーっと言われた方を向いた。


「なんでやねん! お前やないか!」

「俺やねん! 俺な……実は足薄いねん! さっき、外出たときから、変やなぁ? 思てたんやけど……、どうも俺、死んだようやわ!」

「……はっ? 何いうて……」

「すまんな、アキラ。このステージに立ってるのは、お前だけや。お前一人なんや。他の人に俺は見えてへん。俺と最後におもろい漫才してくれて、おおきにな。これからも、おもろいステージ、たっくさん、やっていけよ?」


 そのとき、ステージの外で救急車のサイレンの音が鳴り始めた。俺は思考が止まってしまうところを必死に頭をフル回転させる。


「お客様、どうも今日は初舞台に来てくれておおきにな! 外で救急車のサイレンの音が聞こえるやろ? どうやら、俺の相方が運ばれているらしいねん。みなには、俺が一人でステージに立ってるように見えたんかな? ここにもう一人、シュウジがおった。今日来てくれてた人だけでもええ、覚えておいてください」


 ステージの真ん中で頭を深々下げる。最初で最後の『アキシュー』のステージやった。それは、笑いと驚きと不思議と拍手で幕を閉じた。


 見に来てた人は不思議な漫才を見たと会場アンケートに書き残した。

 一人で現れたはずやのに、もう一人ステージにおって掛け合いをしてたように見えた。それがおもしろかったと書かれていた。


 シュウジはやはり事故にあったらしい。救急車に乗った時点で、死と生の狭間におったようで、魂だけがステージに立っていたのかもしれん。



「よぉ?」

「あぁ、お前か」

「お前かはないやろ? あれから仕事、順調やって?」

「まぁな。相方が死んでしもて、漫才は難しくなったから、一人で出来るものに切り替えただけや」

「そうか。それやったら、一緒に東京行かへんか? 東京でテレビに出て、一花咲かせようおもてんねん。その前に、もう少しこの言葉遣いをなんとかせなあかんらしいけど」


 俺はサトルの話に乗って、東京を地盤とすることに決めた。ステージの上と違い、テレビにはテレビの決まりがある。言葉遣いも変えないといけないと言われ、途中、挫折することもあったが、東京でも売れるサトルを見ていれば、俺の心は燃え盛る炎のようになる。芸人として名を変え、俺も噺家もそれぞれ得意分野へと足を伸ばしていく。



「あれから、もう60年も経つんか?」

「あぁ、いろいろあったな」

「ほんまやで……お前は畑違いのことを始めるし……」

「アキラだって、結婚して離婚してを3回も繰り返した」

「まぁ、今はそれもMCやってるときのネタやけどな。笑いが全てやで」


 ふと思い出した。二人で珍しくグラスを傾けて飲んでいる。このサトルと俺とは、不仲説、共演NGなどテレビ業界で囁かれ続けたが、俺は全くそんなふうに思ってない。コイツがいたから、みなが知るアキラになったわけやから。


 感謝の言葉はいうつもりはないが、おかげだとは思えた。


 ……シュウジ、見えてるか? ここまで来たで? お前と夢見てた形とは違うけど、ここはええ景色やぞ?


「そういえば、アレ、覚えているか?」

「アレ?」

「賭け」

「あぁ、アレな。『人生全てを笑いに魂売れるかどうか』やろ? ほんなもん、ぜぇーんぶ笑いにあげてもて、すっからかんやわ。せやから、俺が棺桶入ったとき……、世界中のみんなに笑いで送り出してほしいもんやな!」

「それは、いい話だな。俺もそうしてほしいわ」


 それから夜が明けるまで、『笑い』について二人で語り明かした。


 それが、噺家サトルと会った最後となった。その最後は、笑ってたそうや。

 俺もそろそろお迎えが来たようで、きっちりした箱に収まる。真面目な顔にメイクされても、俺はわろうてやった。


 人生全てを笑いに魂売った天才と呼ばれた二人は、同じ年にどっちも笑ってこの世を去った。


「ちょぉまてや! まだ、はやいねん!」

「なんでやねん!」


 地獄の釜の蓋が開いてる前で、俺は骨になったシュウジと漫才をしている夢をみた。

 骸骨がケタケタと音を立てて笑う、そんなおかしな光景やった。



- The End -

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