初雪
雪が積もった。
大阪という街はとかく雪が降らない。降ったとしても積もらない。
それが今年はなんと10cmほども積もった。過去20年を振り返っても、1回あったかなかったかの大雪である。
そんな驚くべき日に、私はすっ転んで尻餅をついていた。
「
今日ばかりは普段履いているパンプスをやめて、手持ちの靴の中で一番滑りにくそうなブーツを履いてきたものの、このありさまである。
芯まで冷えた体にお尻からの痛みが染み入る。しかもおそらく下着まで盛大に濡れている。こんなことなら替えを持ってくるべきだったか。
ああ、とため息をつく。
都会の雪はどうしてこうもいいことがないのだろう。
電車は止まるし、雪は泥と混ざって汚いし、あと、こうやって転ぶし。
「昔は楽しかったのになあ」
子供の頃は、雪が降るたびにはしゃぎまわった。少しでも積もらないかとずっと窓の外を眺めていたし、学校の運動場の端っこにでも積もれば大騒ぎで、泥だらけの雪だるまをつくったものだ。
それが今では悪態をつく対象にしかならない。それも、会社に着いて愚痴れば忘れてしまうほどの情動でしかない。いつの間にこんな灰色なものの見方をするようになったのだろう。
やれやれ、つまらない人間になったものだ、と立ち上がろうとすると、私に向かって手を差し出す者がいる。見上げると、ダッフルコートと、その裾からちらりとプリーツスカートが目に入った。高校生くらいだろうか。
「おねーさん、大丈夫ですか?」
別に一人で問題なさそうだったが、せっかく助けてくれるというのだ。無下にするのも申し訳ないと彼女の手を借りて立ち上がろうとする。
と、その途端。
「うわ!」
どうやら彼女の足元も滑りやすくなっていたらしく、踏ん張った拍子に彼女も一緒になって再びすっ転んでしまった。
同じような体勢になった彼女と目が合う。
一瞬の間。そして。
「ふふっ」
「……あは」
どちらからか、笑みがこぼれる。
一度笑い出すと、どうしてだか止まらなくなって。
「ふふふっ」
「あは、あはははは!」
こんなに笑ったのはいつ振りだろうか。
なにがおかしいというのだろう。ただ雪で足を滑らせただけのことだ。
ただそれだけのことが、今はどうしようもなくおかしくてたまらない。
「じゃあおねーさん、うち、そろそろ行きますね」
ひとしきり笑い転げると、足元に気を付けながら、女子高生は立ち上がる。ついでに、今度こそ、と私も引き起こしてくれる。
そして立ち去ろうとする背中に向かって、私は。
「ま、待って!」
声を掛けていた。
どうしたんですか、とばかりに女子高生が振り向いて私を見つめている。
「れ、連絡先! 連絡先交換せーへん?」
袖振り合うも他生の縁って言うでしょ?なんて言い訳が口をついて出る。意味が分からない。傍から見たら朝っぱらから女子高生をナンパする変質者である。通報されても文句は言えない。
けれど、この縁を一瞬で終わらせてしまうのは、もったいないような気がしたのだ。
「な、なんてな。あはは……」
「ええですよ。おもろい人ですね。おねーさん」
そう言って彼女は通学バッグからスマホを取り出す。
「〇INEでええですよね?」
今年の冬は素敵になるかもしれない。そんな予感がした。
関西百合クロッキー @nagarechan
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