ねこのまち子さん、フレンチクルーラーを食べる!!

両目洞窟人間

ねこのまち子さん、フレンチクルーラーを食べる!!

「今日はよろしく頼むにゃ」

 自由猫猫党(じゆうにゃんにゃんとう)の元党首は我々取材陣と握手をしながらそう言った。

 元党首の笑顔と肉球の柔らかさが印象的であった。

 元党首が一人がけのソファーに座る。

 スタッフが照明を元党首に向けると、元党首は「眩しいもんだにゃ。いくらやってもこういうテレビの取材には驚いてしまうにゃ」と静かに言った。

 私の手には元党首に聞きたいメモが握られていた。

 自由猫猫党という政党の軌跡。

 それは猫と人間の関係の軌跡であったとも言える。

 かつてその第一線にいた自由猫猫党の元党首に聞きたいことは沢山ある。

 しかし、どれから聞けばいいのか。

 私は緊張していた。

 その私を見て、元党首が口を開いた。

「緊張しているのかにゃ?」

「ええ、ふがいないですが」

「こんな場、緊張するにゃっていう方が無理な話だにゃ」

 元党首はにゃっにゃっにゃっと笑った。

「緊張しているなら、甘い物でも食べたらどうにゃ?」

「甘い物ですか」

「私はいつも食べているんだよ。緊張しているときはにゃ」

「つかぬことをお聞きしますが、元党首は緊張しているとき、どんな甘いもの食べているのですか」

「ミスタードーナツのフレンチクルーラーだにゃ」

「ミスタードーナツのフレンチクルーラー?」

「そう。あれはいいものだにゃ」

 自由猫猫党の元党首は舌なめずりをした。

 それは一匹の政治家としてではなく一匹の猫として顔であった。



○○○



 ねこのまち子さんは立って歩くことができ、喋ることもできたので、当然のようにミスタードーナツに行くのでした。

 ミスタードーナツに行って、大好きなフレンチクルーラーを食べようとしましたが、陳列棚が高すぎて、ねこのまち子さん一匹では手が全然届きません。

 なので店員さんに頼むのです。

「あの、店員さん」

「あ、ねこちゃんだ」

「あの、フレンチクルーラーが食べたいのにゃ」

「ふふふ。フレンチクルーラーが好きなんだー。ポン・デ・リングじゃなくていいー?」

「フレンチクルーラーでいいのにゃ」

「はーい。あ、一つでいい?」

「いいのにゃ。あと」

「あと?」

「コーヒーを冷まし気味のホットでほしいにゃ」

 まち子さんはフレンチクルーラーとホットコーヒー(冷まし気味)を頼んで、レジに向かいます。ポシェットからがま口財布を取り出しました。

 店員さんからお会計を聞くとまち子さんはがま口財布を、ぱかっと開けて、小銭を取り出し、釣り銭受け皿にダンクシュートするようにたたきつけました。

「身長が低くて、乱暴な受け渡しになっちゃうこと、申し訳なく思うにゃ」

「いいよ。いいよー。なんでも人間サイズなのがよくないんだから」

 まち子さんはテーブルに向かいました。それから、ぼろぼろの赤いソファーに座って、しばらく待っていると、さっきの店員さんがトレイに乗せたフレンチクルーラーとホットコーヒー(冷まし気味)を持ってきてくれました。

「ありがとうなのにゃ」

 まち子さんはそうお礼をして、コーヒーに砂糖とミルクを入れて、かき混ぜて、マグカップを持ち、一度ふーふーと息を吹きかけたのちに、まだ熱いと判断し、トレイに戻しました。

 まち子さんは猫であるが故に猫舌でした。

 無理はしないのもまたまち子さんだったのです。

 まち子さんはフレンチクルーラーをもきゅもきゅと食べます。

 美味しくて「ふにゃにゃにゃにゃ」と笑いがこぼれます。

 まち子さんは思います。こんな美味しいものを食べられるのは幸せだと。

 これでミスタードーナツが、立って喋るねこに優しい店内設計だったらにゃ。

 まち子さんは思うのでした。



○○○



 自由猫猫党(じゆうにゃんにゃんとう)の党首は街頭でチェーン店におけるねこの利便性の悪さについて声をあげていました。

「松屋の券売機は高すぎて、私たち猫は触れもしないのですにゃ!」と自由猫猫党の党首はマイクに向かって叫びます。

 社会に増えてきた、立って喋るねこ。

 彼らの社会参画が進む以上、あらゆる分野での環境改革が必要でした。

 しかし、彼らは少数であったため、まだ大きく問題が取りざたされるのは難しくもありました。

「社会には参加しろと言う。でもお昼ご飯も私たちは満足に食べることができないんですにゃ!これはどういうことにゃ!」

 自由猫猫党の党首が更に声をあげます。

「そうにゃ!そうにゃー!」

 野次馬のねこからも声があがります。(それにしても、野次馬のねこって、馬でねこだからややこしいですね)

「自由猫猫党!ねこのくせにー!」

 人間原理主義派を唱える日本刀を持った反自由猫猫党支持者の男が叫びながら登場。

「覚悟ー!」

 あやうし自由猫猫党!

 でも、大丈夫なのです。

 自由猫猫党の党首はねこ故に、身軽だったので、日本刀を持った男の手首にするりとあがり、するどい爪をぎゅんっと突き立てました。

「痛いっ」と日本刀を落とす男。

「確保ー!」一気にSP達が男を確保します。

「自由猫猫党は死なず。ねこだからにゃー!」自由猫猫党の党首は叫ぶのでした。



○○○



「といった暗殺未遂事件も当時はありましたね」私は自由猫猫党の元党首に語りかける。

 自由猫猫党の元党首は頬に手を置き、黙っている。

 元党首にとっては命を狙われた事件だ。

 嫌なことを思い出させているか。

 メモを握る手にも力が入る。

 すると自由猫猫党の元党首は「にゃっにゃっにゃっにゃっ」と笑い出した。

「元党首……?」私は思わず聞く。

「いやいや、あの当時は、本当風当たりが強かったものだと思い出していたのにゃ」

 メモによれば暗殺未遂事件だけでなく、脅迫も頻繁にあったそうだ。

 それでも自由猫猫党の元党首は笑っている。まるでいい思い出を懐かしむように。

 自由猫猫党の元党首は目を少し拭う。少し笑いすぎて泣いてしまったようだ。

「あの頃は、大変だったにゃ」

「今でこそ、ねこの権利はあの頃よりも拡大していっています」

「まだ発展途上であるけどもにゃ」

「はい。けども、あの頃は今よりも大変だったのは間違いないことですよね」

「そうにゃ。あの頃はねこの権利拡大も当然主張していたし、もう一つ大事な政策があったにゃ。それがまた大変だったのにゃ」

「あの政策のことですね」

「はいにゃ。あれも、大変だったにゃ」

 そういうと、また自由猫猫党の元党首は「にゃっにゃっにゃっにゃっ」と笑い始めた。



○○○



 まち子さんはミスタードーナツでフレンチクルーラーをもきゅもきゅと食べています。

 ポシェットから文庫本を取り出します。

 チャック・パラニュークの『ファイトクラブ』でした。

「にゃんにゃんにゃん……」と読み進めていきます。

 まち子さんはデヴィット・フィンチャーが監督した『ファイトクラブ』の映画が大好きだったのです。

 なんといっても、あのラストシーン。

 美しいにゃ……と思い、あのラストシーンが原作ではどう表現されているか気になって、原作を買ったのでした。

「あ、ねこちゃん。本を読んでるんだー」店員さんがまち子さんの近くのテーブルを拭きながら話しかけてきます。

「はいにゃ」

「うわ。ファイトクラブじゃん。懐かしい~」

「知ってるのにゃ?」

「知ってる知ってる。映画も見たし、原作もちゃんと読んだよー」

「へ~」

「ラストが違うんだよね~。映画と原作」

「え、ええ!」

「あれ、知らなかった?」

「知らなかったにゃ!私の楽しみを!」まち子さんは怒りで我を忘れてしまい、野生化してしまい、店員さんの手首に向かってジャンプをし、爪を立てようとしました。

「覚悟っ」

 でも、するりと避けられてしまいました。

 今、何が。

 そうです。店員さんは合気道使いだったのです。

 店員さんはスラム街育ちでした。

 スラムでは自分の身は自分で守らなければいけませんでした。

 自分の身を守るために、ストリートの合気道、通称「ストリート合気道」を身につけたのでした。

 店員さんはまち子さんの攻撃をするりと交わし、まち子さんの手を掴むと、くるんとひねり、空中でまち子さんを一回転させ、元の席に座らせました。

「はっ。今、私は何を」野生化から我に返ったまち子さんが言います。

「ネタバレくらいで怒るようじゃ、まだまだ獣だよ」店員さんがそういい、全てを思い出したまち子さんは「ごめんなさいにゃ」と謝りました。



○○○



 しかし過去には映画のネタバレが元で事件が起きたりしているのです。特に人間の社会では。

「なんで刺し殺したのにゃ!」ねこ警官が若い女子大生を取り調べています。

 その女子大生はなんと彼氏を刺し殺したのでした。

「ディズニープラスでファイトクラブを見ようって言ってきたのはあいつだったんです。なのに、なのに、見てる最中に突然ネタバレしてきたんです」

「もしかして、後半のあの展開を……」ねこ警官が聞きます。

 女子大生は頷きました。

「それはあかんにゃ……」ねこ警官が苦い顔をします。

「ネタバレさえなければ、幸せなカップルでいられたんです。なのに、あいつが言うから、私もかっとなって包丁で……うわーん」わっと泣き出す女子大生。

 ねこ警官は女子大生の背中にさすります。

「ちゃんとネタバレされたと証言するんだにゃ。証言次第では情状酌量の余地もあるのにゃ……」

 ねこ警官の目も少し潤んでいるように見えました。



○○○



「なんでネタバレで人や猫の楽しみが奪われなきゃいけないんですにゃ!我々自由猫猫党はネタバレに立ち向かっていきますにゃ!」自由猫猫党の党首も声をあげます。

 横行するネタバレによる犯罪。

 与党がその対策に本腰を入れて乗り出さない中、それを食い止めるべく自由猫猫党が掲げた政策の一つがネタバレ対策でした。

 自由猫猫党は「STOP!ネタバレ~ネタバレはあらゆるものを破壊します~」とポスターを作ってネタバレによる犯罪を食い止めようとしていますが、先ほどの店員さんのようなネタバレをしてしまう人もまだまだ後を絶ちません。

 一方で「ストリートじゃネタバレは通用しねえ。ネタバレを超えてくる作品だけが本物」という意見が強いのも事実でした。

 なのでストリート出身の店員さんはネタバレをしてしまうのです。

 生まれ育ちは違うゆえに、このような行き違いはどうしても起きてしまうのです。

 ストリートの王とも評される、圧倒的なカリスマミュージシャンである山崎まさよしも自身の楽曲「セロリ」でこう歌っています。



 育ってきた環境が違うから

 好き嫌いはイナメナイ

 夏がだめだったりセロリが好きだったりするのね



 これは育ってきた環境による「ネタバレ」に対する感覚の違いを上手く言語化した一例であると、今では皆さんご存じのことかと思われます。

 ストリート育ちの山崎まさよしの混乱がよく伝わってきますね。

 サビではストリートの王である山崎まさよしはこうも歌うわけです。



 Ooh 頑張ってみるよやれるだけ

 頑張ってみてよ少しだけ

 なんだかんだ言ってもつまりは単純に

 君のこと好きなのさ



○○○



「ネタバレ防止法が可決された時はどう思いましたか」

「まあ、私も、やれるだけ頑張ったんだにゃ、そう思ったにゃ」

「改めて聞きます。そこまでしてネタバレを止めたかった理由はなんですか」

「うーん。なんだかんだ言っても単純に作品のことが好きだったからですにゃ」

「その単純な思いだけで政治をすることはできるのでしょうか」

 私の問いに元党首はひげをさすりました。

 それから、しばらく黙った後に、口を開きました。

「私がやりたかったのはネタバレの禁止だけじゃないんだにゃ」

「というと」

「その先に本当にやりたかったことがあるのにゃ」



○○○



 店員さんに『ファイトクラブ』の原作と映画の違いネタバレを喰らってちょっと落ち込んでいるまち子さん。

 ストリート出身の店員さんもさすがにちょっと自責の念にかられています。

 ふとあることに気がついた店員さんは「あ、ちょっと待ってて」とバックヤードに行き、しばらくして出てくると手に文庫本が握られていました。

「はい。ねこちゃん。これあげる」

「なんですかこれは」

「チャック・パラニュークのサバイバー。ファイトクラブの作者の別の小説」

「えっ」

「これは映画化されてないから、ネタバレを喰らう可能性は低いよ」

「くれるんですか?」

「突然のことだし、凄く物語的に都合がいいように聞こえるけども、都合良く私がちょうどこの本持ってて、都合良くちょうど読み終わったところだったんだよね。だから貰ってくれると都合がいいんだよねー」

「なんて都合のいい展開でしょう!ありがとうございます!」まち子さんは喜び、本を受け取ります。

 まち子さんと店員さんは見つめ合い笑い始めます。

 その笑い声はどこか「メタメタメタメタメタ」と言っているようにも聞こえました。

 まち子さんが店員さんからのプレゼントに喜び、すっかりホットコーヒーが冷めたその頃、自由猫猫党の街宣車がミスタードーナツの近くを通っていきます。

「あ、自由猫猫党だにゃ」

「自由猫猫党だね」

 まち子さんと店員さんは窓ガラスの向こうの景色を見ます。

 そこにはビル街が広がっていました。

 自然とまち子さんと店員さんは手を繋いで、その景色を見ていました。



○○○



「私がやりたかったこと。それは、ねこと人間が友情を育める、そんな社会だったのですにゃ。そのための障壁を減らしたかったのです。ねこに合わせた社会の変化やネタバレ禁止法も全てはねこのためだけではなく、その向こうの、ねこと人間の友情のためにやってきたことだったのですにゃ」

 私は確信した。

 今日のインタビューはこの言葉を引き出すことにあったのだと。

 ねこの社会参画を進む中で、その道を進みやすいように政治の世界から整備していったのは自由猫猫党だった。

 その道のりは決して平坦なものではなかった。

 多くの障壁がそこにはあった。

 その都度、ねこ達、そして自由猫猫党はその障壁と立ち向かうこととなった。

 人間との対立も幾度とのなくあっただろう。

 しかしこのねこ、元党首はずっと信じていたのだ。

 ねこと人間の友情を。

 だが、私達はまだ完璧な状態とは言い難い。

 しかし、それを追い求めたねこや人々は多くいたこと。

 彼ら、彼女らの勇気、そして活動の先が、今、私達が生きているこの世界であることを、忘れてはならない。

 自由猫猫党の元党首はこう語る。

「私がやりたかったのは人間をおとしめることではなく、ねこがねこらしく生きることができる世界の構築だったにゃ。それはまだ道半ばかもしれない。私が生きている間には達成されないかもしれにゃい。けどもそれに対して私は絶望はしていません。いつかねこがねこらしく生きることができ、人間と友情を育むことができる社会が成立するという希望が私にはあるのにゃ。私にはそれで充分なのにゃ」

 

 


『映像の世紀 バタフライエフェクト』

ねこと人間の友情~世界を変えた自由猫猫党~

       

              終

            制作・著作

            ━━━━━

             ⓃⒽⓀ   

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