第6話 スマイル

「ご主人様、オーダーはどうされますかっ?」

 横峯が完全にキメている。俺はどうしても棒読みになってしまう。

「立花く〜ん!」

 女子が俺に向かって叫んだ。

「スマイルスマイル〜!」

 指を使って笑顔を作り、ぱっと手を広げてくる。

「ス、スマイル……」

 ぎこちなくなってしまう笑顔を作ると、俺は客に向き直った。

「オムライスですね〜、少々お待ちくださいね」

「君、ギャルなのにちょっと内気な感じで可愛いね」

 対応している親父がにまにましながらそんなことを言ってくる。やめろ……。作り笑顔のまま退散する。

「もうあのお客に対応するの嫌です」

「あら、なんかあった?」

 香宮が俺に応じる。

「セクハラされた気がする」

「それはいけないわね。他のメイドに行かせるから、もう立花くん行かなくていいわ」

「ありがとう……」

 香宮の指示で、ゴリマッチョのメイドがさっきの親父の元に腕まくりして向かっていく。硬直する親父。ざまぁみろ。

「でもさ、女子って大変だな」

「何が?」

「ああいう視線に晒されやすいってことだもんな……」

「まぁ、そうね」

「俺は女子にはなれないな……」

「立花くん、メンタル豆腐そうだもんね。女は強くないとやれないわよ、がんばって」

「これ限りにさせていただきます」

「ふふ」

 香宮は微笑んだ。

「香宮って、最初は欲のままに生きてるやつって思ったけどさ……そういうのって強くないとできないものなんだよな」

「そうね。私は私の欲しいものを手に入れる力があるけど、全責任を負うっていう代償があるからね」

「横峯はさ……俺と付き合ってるんだよ」

「あ、そうなの? よっぽど愛が強いのね、全く術がかからないから」

 横峯が完璧なスマイルでミルクレープを運んでいく。じんとしてその横顔を追う。

「いいわ、そういうことなら諦めるわ、私」

「え」

「なんて言うとでも思った? 私、横峯くんのこと好きよ、あなたに負けないくらい。だから諦めない」

 香宮はきゅるりと笑って、さっさと水を溢した席に歩いていった。その足取りは力強かった。欲しいものを手に入れてきた人はやっぱり違うなと思った。

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香る君 はる @mahunna

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