【ショートストーリー】雪の幻影、そして記憶の彼方へ

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】雪の幻影、そして記憶の彼方へ

 空は灰色だった。

 そこから、雪がふりだした。

 それは、まるで時間が逆行するような、静寂な光景だった。

 私は車窓から、かつての故郷を見つめていた。

 陽は落ち、里は静まり返っていた。

 そこにはあの日の記憶が、そのままひっそりと息づいているようだった。

 学生時代の彼女の笑顔。

 いたずらに光るその瞳。

 二人で過ごした大切な時間。

 雪景色と共に、すべてがよみがえってきた。


 彼女との別れは突然だった。


 事故のニュース。

 たどたどしい警察からの報告。

 僕の世界は、コップの水が滴る音さえも耳を劈くほどに感じられた。

 時は過ぎ、季節は巡り、僕は大人になった。

 新しい人生。

 新しい恋人。

 新しい家庭。

 だけど、彼女のことを忘れることはなかった。

 今、久しぶりにひとり帰ってきた。

 眼前にあるのは彼女の墓だ。

 雪は止み、星が輝いていた。

 信じられないほど美しい夜空の下、彼女との誓いがよみがえった。

「また、会おうね」

 その言葉が、心に響いた。

 永遠に感じられるほどの静寂。

 新雪に足跡を残し、遠ざかる。

 それは新たな旅の始まり。

 彼女との再会、その刻がいつか来ることを信じて。


 人は誰しも時間と共に変わり、歩を進める。

 だけど、変わらないものもある。

 それは絶えず心に残り、響く。

 これは、僕の物語だ。

 だけど、きっと誰もが持っている。

 亡き人を思う心。

 過去への郷愁。

 そして、未来への希望。

 思い出は、僕たちを支える。

 そして、僕たちは、思い出を生きていく。

 新しい思い出を創っていく。

 だからこそ、僕は彼女と再会する日を待つ。

 大地はまた、新たな雪を積もらせた。

 それは新たな思い出の始まり。


 僕はまだ、生きていく。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ショートストーリー】雪の幻影、そして記憶の彼方へ 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る