プトッカ村と教師のおしえ【大人の昔ばなしシリーズ】

独白世人

プトッカ村と教師のおしえ

 むかしむかしあるところにプトッカ村という小さな村がありました。

 都会から遠く離れたその村の住人はとても純粋で素直な人ばかりでした。

 ある時、プトッカ村に性別の分からない不思議な教師がやってきました。村の住人たちは興味津々で教師に尋ねました。

「先生、あなたは男性?それとも女性?」教師は微笑みながら答えました。

「私の性別は星の光のように、人によって違って見えるでしょう。しかし大切なのは性別や外見ではありません。目の前の人の内面を見ることが大切なのです」

 最初は戸惑いましたが、住人たちは教師の言葉を受け入れました。

 それからの住人たちは、性別や外見にとらわれずにお互いの内面を感じることを最優先としました。そしてそのことが住人たち自身の内面を磨くことにつながったのです。

 やがてプトッカ村は夜空に輝く星たちのように清く正しい人間があふれる幸せな場所となり、教師の思想は『星の心』と名付けられて村の住人に根付きました。

 

 その教師の死後、長い年月を経てプトッカ村に新しい教師がやってきました。

 その男はすぐに村の異常さに驚きました。

 このままではプトッカ村は滅びてしまうと感じ、なんとかしないといけないと彼は思いました。

 彼が必死になったのには理由がありました。

 『星の心』が根付いた後、いつの間にか性別という概念自体が村民からなくなってしまっていたのです。プトッカ村は性別の分からない人間で溢れかえっていました。

 その結果、プトッカ村には子供が産まれなくなっていたのです。

「このままでは村が滅びてしまう」

 彼はこう言って、村民たちに警鐘を鳴らしました。


 しかし彼は、性別や外見にとらわれない『星の心』の思想を非難したりはしませんでした。

 彼もまた、とても清く正しい心を持つ男だったのです。

 彼は住人たちに人間に与えられた役割について語りました。

「全ての人間はパズルの1ピースのようなものです。生まれ持ってそれぞれ役割があり、それを全うするために生きている。内面を見るのも大切ですが、性別はその役割を決めるのに重要なものなのです。そしてその生まれ持った役割は時と共にどんどん変わっていきます。この世界というパズルを完成させるために、私たちはその時その時の役割を真摯に受け止め、全力で実行しなければいけません」

 彼はこう言い続けました。


 その結果、プトッカ村の住人は男性は男性の、そして女性は女性本来の姿になりました。

 彼の思想は『1ピースの心』と呼ばれました。そして何年もかけてようやくその持つ意味がプトッカ村に根付きました。

 村長には村民の役割を決めるという役割が与えられました。村長はその役割で大忙しになりました。そして、プトッカ村の全ての人間は村長の決めた役割に従って生きるようになりました。

 その後、プトッカ村の女性が一生に産む子どもの数の平均が3人をこえました。

 彼がやってくるのがもう少し遅かったらプトッカ村は滅びていたかもしれません。


 またまた時は流れ、その教師の死後、村に新しい教師がやってきました。彼女は自由を愛する人でした。

 彼女はプトッカ村の異常さに驚愕しました。自主的に何かをしようとする人間が一人もいなかったのです。全ての村民が村長が与えた役割を果たしているだけでした。

 彼女は、「人間はこれからの時代をもっと自由に生きるべきだ。誰に決められるでもなく自分の欲望に正直になるべきだ」と熱く語りました。自分の理想や欲望に向かって努力することで、人間はより幸せを感じられるようになるというのが彼女の持論でした。

 彼女の思想は『1ピースの心』に染まっていた村人には斬新で魅力的でした。


『自由と欲望の心』

 彼女の思想はそう名付けられました。プトッカ村の村民はそれまでの思想に押さえつけられていたのかもしれません。そもそも『自由と欲望の心』はもともと人間に備わっているものなのです。ストレートに名付けられたそのおしえは恐ろしいほどのスピードで村民たちに浸透しました。村の外に出て自分の欲望に忠実に生きようとする者も出てきました。しかし、新しい教師の喜びもほんの束の間でした。村長の与えた役割を誰も守らなくなり、村の秩序が失われました。そして、社会のルールや法律を破り刑務所に入れられる人が後を断たなくなったのです。


 働きもせず怠惰な生活を送るようになる人が増えました。

 協調性がなくなり、常に争いごとが起こるようになりました。

 こうして再びプトッカ村に存続の危機が訪れたのです。

 新しい教師は必死になってあるべきべき自由と欲望の形を説き続けましたが、もはや聞く耳を持つ住人はいませんでした。


 プトッカ村の住人がそんなふうになってしまった経緯を知ったとある教師はこう言いました。

「人間に一番必要なものはバランスなのにね。幸せな人は皆、バランス感覚に優れている。何事もいきすぎると絶対におかしくなるんだ。次にプトッカ村に行く教師はそのことを教えるべきだね」


 しかし、プトッカ村の住人に新しいおしえを伝える教師は二度と現れなかったそうです。

 そしてプトッカ村はこの世から消えてなくなりましたとさ。

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プトッカ村と教師のおしえ【大人の昔ばなしシリーズ】 独白世人 @dokuhaku_sejin

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