第2話
彼のアカウントのプロフィールを覗く。
「曖昧な林檎@fuzzyfuzzy_apple_108
なんでも垢 お酒とお肉がすき(赤)」
情報量は少ないが、そこがまたどことなく似た感じがする。だがこの人物があの彼なはずがない。彼は確かに数年前に亡くなって、当時の彼の勤めていた店の人々とも彼の死を悼んだやり取りをしているし、その後彼の新しい話はとんと出てきていない。彼は間違いなく死んだはずなのだ。遺体も見付かり、店に警察が事情聴取に来たと店のオーナーも言っていた。
彼が姿をくらまして、すべてを捨てて遠い地で生まれ変わったかのようにして生活している可能性は?あるわけがない。馬鹿馬鹿しい。…でも私は彼の遺体を見たわけじゃない。
ふと彼が昔話していた、「シュレディンガーの猫」の話が浮かんだ。「シュレティンガーの猫」とは、量子力学の有名な話らしい。猫を外からは見えない箱に閉じ込め、箱の中にはある仕掛けをすることで、猫が生きている確率が計算上五分五分になるようにする。猫の生死が実際に箱を開けてみるまで分からないときに、箱の中には生きている猫と死んでいる猫の両方が存在する、らしい。
「猫が死んでいるか生きているか分からないなら、それは死んでいることにした方がお得じゃない?」
その時キッチンで煙草を吸っていた彼は、目を細めて
「なんで?」
と聞いた。私は彼が煙草を吸ったり煮込み料理をするためにキッチンに置いていた椅子に座ったまま彼を見上げ答えた。
「その仕掛けなら死んでる可能性が高いし、もし生きてたらラッキーじゃん。逆に、生きていると思って開けて死んでたら、ショックじゃない?」
彼はまた煙草を口に運んで気持ちよさそうに目を細めながらひと口吸い終えると、ニヤリと笑いながら
「だから猫が死んでいる可能性は五分五分なんだって」
と言っていた。
量子力学が何なのかは私にはさっぱり分からないし、彼が果たしてその学問についてどれだけ理解していたのかも不明だが、その話についてだけは妙に関心が湧いて、このようなやり取りまで鮮明に覚えていた。
はて。彼にDMで「あなたは
彼が死んだというのは勿論ちゃんと分かってはいるが…もし生きていたのならば、それはラッキーかもしれない。私は彼があの日死んでしまったことに対して大きな負い目があった。もし彼が嘘でも生きていてくれたならと何度も思う日があったほどには。
私は思いついてしまった。じゃあ、彼が生きていることにしてもらえばいい。この人物の呟きを通して、彼の生きている世界線を覗かせてもらおう。かなり気持ちが悪いことは自分でもよく分かっているが、こちらの存在さえ認知されなければ、迷惑をかけることもない。
私はきっと酔っぱらっていたし、年末の連勤で疲れていたし、空も白む頃で眠かったのだ。だから、そんな突拍子もない頭のおかしな私自身の提案を受け入れても仕方がないという言い訳まで考えて、その日は眠ることにした。
シュレディンガーのユキ エリ @fazyfazyApple
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