魔法使いは受け継がれる
コッシー
こうして魔法は受け継がれる
「ねぇ君。魔法とか、使ってみたくない?」
突然目の前に現れた知らないお姉さんは、逃げようとする僕のランドセルを掴んだまま、ずっとニコニコと笑顔を浮かべていた。
「ねぇねぇ。魔法、使えるようにしてあげようか?」
「いえ、結構です」
「まぁまぁ。そう言わずに」
制服を着てるから、この知らないお姉さんは多分高校生なんだろうけど、さっきから頭のおかしいことばかり言ってくる。
それとも僕が小学生だからってからかっているのだろうか?暇なんだろうか?
「あの!言っておきますけど、僕こう見えて十歳なんです。そんなおとぎ話みたいな話、信じるわけないじゃないですか」
「おとぎ話じゃないよ?本当だよ?」
「じゃあ、今ここで魔法見せてくださいよ。そしたら信じます」
「いいよ!ちょうど周りに人もいないみたいだし」
そう言って、お姉さんは川辺に向かって腕を伸ばす。
飽きずにずっとからかってくるお姉さんにムカついて、ちょっと意地悪を言ったつもりだった。
「ほら嘘じゃん」ってバカにしてやるつもりだったのに……。
そんな考えは、突風に吹かれたみたいに一瞬で吹き飛んでしまった。
「……すごい」
「どう?これが魔法だよ」
毎日見てきた、ゴミが浮かんで茶色く濁った川原。
けれど、お姉さんが腕を川原の方へ向けた途端。落ちていたゴミが宙に浮かんで、お姉さんの手の中へ吸い込まれていった。まるで掃除機で吸い取るみたいに。
それだけじゃない。川に落ちていたゴミを全部吸い終わると、お姉さんは汚れをふき取るように手を軽く振るう。すると、濁っていた川がたちまち綺麗になって、底が見えてしまうほど透明になっていた。
「魔法って、本当にあったんだ」
「ね。言ったでしょ?私はね、魔法使いなんだ」
得意げに笑うお姉さんに、僕はドキドキしていた。
ずっと絵本だけの世界にしかいないと思っていた魔法使い。だれだって一度は憧れる。
自分にも魔法が使えたらーーって。
「ねぇ。僕にも出来る?」
「もちろん。お姉さんね、君にこの魔法をあげたくて来たんだ」
そう言ってお姉さんは、僕の頭の上に手を乗せたまま目を瞑った。
じわじわと、温かい何かが体を流れていくのがわかる。
気持ちよくて、今にも寝てしまいそうだ。
「はい終わり~。これで君も魔法使いだよ」
「ほんと!?」
「うん!そのかわり、その魔法はこの地球を救うために使ってほしいんだ」
「……どういうこと?人助けってこと?」
「ん~~。というより、自然を守ってほしいってことかな。さっきお姉さんがやったみたいにさ!川を綺麗にしたり、緑を増やしたり、そういうことに使ってほしいんだ」
ついさっき綺麗になった川辺を見つめながら、お姉さんは嬉しそうに笑った。
確かに、テレビでも最近は環境問題についてよく取り上げられている。
海のごみ問題。気温上昇。森林火災……。僕が大人になったら、いったい地球はどうなっているのか……正直想像するのが怖い。
でも。そんな悪いニュースの中で、時々不思議なニュースもあった。
燃えて消えたはずの緑が突然戻っていたとか、浜辺に大量に流れ着いていたゴミがいつのまにか消えていたりとか、そういう奇跡としか言えないような不思議なニュース。
「もしかして、今までお姉さんが……」
「あ、そうそう。一つだけ注意点があるんだけど」
僕の話を遮って、お姉さんはさっきまでとは違う真面目な顔で僕を見下ろす。
「もしもその魔法を使って生き物の命を奪ったら、君の寿命が一年ずつ減っちゃうから、気をつけてね」
命を奪う。寿命が減る。
そんな物騒な単語に、僕は思わず息を飲み込んだ。
「じゃ、後は頼んだよ」
「えっ?あ、ちょっとまって!!」
引き留めようとする僕を無視して、お姉さんは軽く手を振りながら、さっさと走り去ってしまった。
「……とりあえず、命を奪わなければ大丈夫だよね」
魔法を使って誰かを傷つけようなんて、そんなの最初から考えてなかったし。お姉さんの言われた通りに魔法を使えば、何も問題ないはずだ。
「よし!さっそく頑張るぞ!」
まだ信じられない不思議な感覚と、夢にまで見た特別な力に、僕は思わず声を上げて走った。
***
早速僕は、海に来ていた。
魔法を使って体を浮かせ、船一つない青い海のど真ん中に立っている。
「ゴミだけを浮かせるイメージで……」
瞼を閉じて、海に浮かぶ全てのゴミを宙に浮かせるイメージをしながら腕を上へ掲げた。
瞬間ーー大量の様々なゴミがどんどん宙へ浮かびあがり、海が大きく音を立てながら波を立てていた。
「すごい」
浮かんだゴミはすべて手の中へ吸収する。
お姉さんがあの時、川のゴミを吸い込んでいた時のように。
「でもこんなにあったら、すごく時間かかっちゃうよね」
結局その日は、門限ギリギリまで僕は海のゴミを掃除した。
綺麗になった青い海。
きっと海の生き物も喜んでることだろう。
「よし!明日は緑を増やさそう!」
それからの僕は、毎日が忙しかった。
大きな森林火災があった国に魔法で飛んでは緑を蘇らせたり、地球一周する勢いでいろんな場所の海へ行ってはゴミを吸い取ったり、いろんな場所から排出される汚れた空気を吸い取ったり、とにかく毎日働いていた。
おかげで全然友達と遊べなくて気づいたら独りぼっちになっていたけど、魔法使いの役目として、僕はこの地球を守るために頑張った。
最近はテレビでも、僕の頑張りが取り上げられていた。
勿論僕が魔法を使って綺麗にしているなんて誰も知らないけど「きっとこれは神様がくれた奇跡だ」なんて言ってくれる人もいて、なんだかとても誇らしかった。
「よかった。みんなが喜んでくれてるなら」
友達がいなくても、遊べなくても、僕には魔法がある。
この魔法で、この地球を救えるなら……僕はこれからも頑張れる。
毎日毎日休みなく、海や川のゴミを拾い、緑を増やして、空気を綺麗にする。
そうして環境問題は改善されて、これからの未来は安心して暮らせる。
そう思っていた。
「……どうして」
あれから三年。
何も変わっていなかった。
どれだけ僕が頑張っても、地球環境は改善していなかった。
「どうして?」
そんなの、毎日見てきた僕が一番知っている。
「この場所、懐かしいな……」
疲れ切っていた体はふと、魔法使いのお姉さんと初めて出会った川原へと足を運んでいた。
お姉さんが魔法を使って綺麗になった川は、たった三年でまたゴミが浮かんだ濁った川へと戻っていた。
この川原だけじゃない。
僕が綺麗にした場所も、この三年でまた汚れてしまっていた。
どれだけ頑張っても頑張っても、意味がない。
「人間がいるから……」
僕を含めて、人間がこの地球で暮らしている限り。きっとこの問題は一生解決しないだろう。
勿論、全員が悪いわけじゃない。
環境を考えてくれている人だっている。
けど、それと同時に全く考えていない人もいる。
沸々とこの三年間で蓄積していく、怒りと絶望と疲労。
そんな中ーー。
ぽちゃん。と川に何かが落ちる音が、嫌に耳にこびりついた。
浮かんでいるのは、ジュースの空き缶。
それを投げ込んだであろう人間は、何食わぬ顔のまま僕の隣を通り過ぎていく。
ーー我慢の限界だった。
気づけば、僕は人を吸い込んでいた。
いつもゴミ掃除をするときのように。
「そうだ。この魔法は地球を救うために使うんだ」
あの日のお姉さんの言葉が頭をよぎる。
僕はこの魔法で自然を守るんだ。
この寿命が尽きるまで、自然を壊す生き物は全員消す。
吸い込んで、吸い込んで、吸い込んで。
地球の害になるものはすべて吸い込んでーー。
そうして僕の命は確実に蝕まれていった。
これが正しかったのかわからない。
これで地球が救われるのかと言われたら、そんなことないと思う。
ただムカついたから。僕が怒りを我慢できなかったから。
地球を救うためとか理由をつけて、人を殺しただけな気もする。
「きっと僕は天国にいけないな」
死が近づいているのが、なんとなくわかる。
でも、この魔法はなくしてはいけない。僕で終わらせるわけにはいかない。
「でも、どうすれば……」
そんな時。
道に落ちていたゴミを拾い、それをゴミ箱へ捨てている小学生が目に入った。
あぁ。きっとこの子なら。
この魔法を正しく使ってくれるはずだ。
「ねぇ君。魔法とか、使ってみたくない?」
魔法使いは受け継がれる コッシー @kurobuti33
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