第3話 拝啓 お父さま
『拝啓 お父さま
葉も落ち朝夕に吹く寒風が身に沁み始めて参りました。お父さまはいかがお過ごしでしょうか。お風邪など召されていないでしょうか?
早いもので、いつの間にか私が屋敷を離れてより十年もの月日が経ちました。
遠くの地へ離れた私の耳にもカーマイン領の
妹の浪費にカーマイン家の身代を潰され、借金もかなり膨らんだとか。収税の回復は見込めず、領内の治安は悪化の一途。領民達の夜逃げも横行し、カーマイン領の立て直しは絶望的でしょう。
それでもお父さまは領の運営をなんとか維持していらっしゃるご様子で、安堵すると同時に正直に申しまして驚嘆を禁じ得ません。
私が追い出された時に数年は持たないだろうとバートと話していたからです。
きっと、お母さまが亡くなられる以前のように、お父さまは今を見て懸命に戦っていらっしゃるのでしょう。
そうであるならば、お父さまには真実が……妹のミーシャの我が儘がカーマイン領に
勘違いしないでいただきたいのですが、私はお父さまにもミーシャにも恨み言を申し上げたいわけではありません。
罰なら二人とも受けている最中でしょうから。
没落する中で贅沢な暮らしに慣れたミーシャが、塗炭の苦しみに堪えられるはずもありませんものね。また、その我が儘にお父さまが今なお苦しめられているのは想像に難くありません。
それに、お父さまもミーシャもある意味では被害者なのだと今の私には分かるのです。
ミーシャは幼き日に母を亡くし、甘え方を学べませんでした。お父さまはミーシャを甘やかす事でお母さまを失った喪失感を埋めておられました。
ミーシャは喪失感を我が儘で埋めようとし、お父さまは現実から目を背けてミーシャを溺愛する行為で慰めようとなさいました。
その方法は間違っていたのですが、私はそのお気持ちを理解できるだけに二人を責める気にはなれないのです。
お母さまが亡くなり私も喪失感を抱いていたというのもありますが、それ以上に今の私には失いたくない大切な者がいるからです。
お父さま、私は結婚しました。
すでに可愛い娘達もおります。
ですからお父さまのお気持ちを理解できるようになりました。愛する夫と娘達を失えば、私はお父さまと同じ道を歩んでしまうのではないかと感じているからです。
大切な人ができてお父さまの喪失感が理解できました。
ですがお父さま、それでも物や依存では喪失感は埋まらないのです。愛を失った悲しみは、やはり愛で埋めるしかないのです。
今のお父さまは数々の苦しい選択を迫られていらっしゃるでしょう。
何を捨て、何を拾うか。
間違えれば奈落の底へ落ちてしまう。
そんな不安と焦燥に夜も眠れないのではありませんか?
ですが、答えは意外と目の前にあって、単純で簡単に出るものかもしれません。
お父さま、忘れないでください。
本当に大切なものは何かを……
敬具
あなたを案じる娘セレシア・ニダイより、お父さまへ愛を込めて。
追伸
妹に全てを奪われ不出来の娘と家を追い出されましたが、私は元気に楽しくやっています。今、私はとっても幸せです――』
拝啓お父様。妹に全てを奪われ不出来の娘と家を追い出されましたが、私は元気に楽しくやっています。今、私はとっても幸せです―― 古芭白 あきら @1922428
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます