義妹にちゅーされた俺

おいげん

第1話 家族団欒

 グッドモーニング俺。

 陽光にたなびくカーテンを尻目に、俺は元気よく起き上がり、硬直した身体をほぐす。

 澄んだ朝の空気が部屋に流れ込むのを感じ、俺は石のように固まった肺に新鮮な息吹を取り込もうとした。


「お兄ちゃーん、起きてるー? もぅ、朝ごはん出来てるってお母さん言ってるんだからね!」

「はいはい、わかったよ。そんな大きな声出さなくても聞こえてるっての」

「じゃあおはようのちゅーしよ」

「しえねよアホ。それでやられたからな。トラウマになってんだよ」


 義妹を強引に押しのけ、俺はそっと起き上がる。


 もそもそと着替えをしようと動くが、俺は今日が休日であったことに気づく。

 くたくたのTシャツと薄い黒いジャージのままで、義妹に引っ張られるように一階へと降りる。


 首まわりの硬直は、超重度の肩こりにも似ている。

 健康に悪いと言われているが、俺は首をゴキリと鳴らそうとして、壁に頭をぶつけてしまった。


「お兄ざっこ。もうてっきり慣れたと思ってたのに」

「うっせ、しょうがねえだろ。俺が一番最後だったんだから、大目に見ろよな」


 とりとめのない会話と共に、食欲のそそる匂いを運んでくる食卓へと向かう。


「昨日は朝から焼肉だったんだよな。流石に朝食としてはどうかと」

「いいじゃん別に。美味しいなら問題ないでしょ」


 キッチンのドアを開き、俺は両親に一応挨拶しておくことにした。

「おはよー父さん、母さん。今日の朝メシ何?」


「おはよう。相変わずマイペースだなお前は。そんなだから逃げきれなかったんだぞ」

「そうよぉ。お母さんたちは本当に心配してたんですからね」


 全くそうは思ってないだろうな。

 父親は新聞を逆さにして読みふけり、母親は空っぽのフライパンを振っている。


 義妹と言えば、既に食卓に乗せられている朝食に目が釘付けになっていた。


「ねえねえ、早くご飯にしようよー」

「お、そうだな。全員揃ったところで食べるとしようか。うむ」


 せがむ声に後押しされ、父は食卓の上で微かに呼吸をし、哀願の目を向けてくる肉を俺たちの方へと寄せてくる。


「や、やめろっ! くそ、誰か助けてくれっ!」


 肉が喚いているが、そんなものはお構いなしだ。

 どうせ俺たちの声は聞こえていないし、俺たちの行動は止められやしない。


「いっただっきまーす」

 家族団欒の声がキッチンに響く。

 父親は耳から。母親は目を。

 義妹は内臓がお好みのようだ。


 俺はと言えば、何といっても太ももだな。艶やかで弾力があり、それでいて脂も乗ってジューシーな部位だ。


「あがっ! やめっ、おぶ……」

 今日の肉は一段とやかましいね。声を張り上げると声帯が擦り切れるよ。

 食感が悪くなるから、できれば慎んでもらいたい。


「お兄ちゃん、今日も美味しいね」

「にちゃ、んぐ。そうだな、やっぱり成人女性だと脂肪分が豊富でうめぇ」


 既に動かなくなった朝食の身を、俺たちは一心不乱にかきこむ。

 肉を削り、骨までしゃぶり、髄液をすする。

 

「ねえお兄ちゃん、そういえば唇、痛くなかった?」

「流石にこうなっちゃ痛みもクソもねえよ。もう済んだことだからしゃーない」

「えへ、ごめんね💕」


 不健全な仲であった俺たちは、今では家族公認のバカップルだ。

 

「お兄ちゃん、今日はどこにお出かけする? 私モールで色々さがしたいなー」

「そうだなぁ。在庫も少なくなってきたし、行ってくるか」


――

「こ、これだけ缶詰があれば……娘も助かる……早く脱出しなくちゃ」


 茶色いニット帽を目深にかぶり、ボロボロのMAー1を来た女性が必死にバックパックに食料を詰めている。

 

「ねえお兄ちゃん、あれ……」

「運が悪かったな。可哀そうだが仕方がない」


 俺と義妹は後ろからそっと女性に近づき、その肩に手を置く。


「やあ、元気?」

「やっほー♪」


 引きつった笑顔は絶望の昏い色に染まる。

 最後に地に落ちた涙は、無念かそれとも後悔か。


「ゾンビになるのはいやあぁっ!」

 絶叫を上げたときはもう遅い。


 俺は首筋に。義妹は足にしっかりと鋭利な歯を突き立てていた。

 びくびくと痙攣する肢体を横目に、俺たちは下手に蘇らないようしっかりと頭を潰しておいた。


「お昼ご飯もお肉だね、お兄ちゃん」

「そうだな。これからずっとお肉だな。そういえば俺、生きてた時はヴィーガンだったっけな……」


 我が家の団欒はつづく。

 やがて膨大な数の人間が押し寄せ、俺たちを駆逐し始めるまで。


 グッドイブニング、ゾンビライフ。

 グッドバイ、我が瑞々しき命の輝きよ。



 終われ。

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