俺の傍には誰かいる。

うなぎ358

第1話


 転勤が決まり引っ越す事になった。しかも仕事場には、明日からでも来て欲しいと頼まれてしまった。


 そんな訳で急遽、ろくに内覧もせずに仕事場に近いアパートを借りて、とりあえずトランクに3日分の着替えと生活用品を詰め込む。


「食べ物は、コンビニでいいか」


 残りの荷物は後日、家族に送って欲しいと頼んで出発する。




 新居のアパートは、東京から新幹線で2時間、駅から更にバスで30分行った所にあった。




「……これは大丈夫なのか?」


 スマホ片手に地図を見ながら辿り着いた、木造平屋のアパートは、あまりにも酷い外観をしている。屋根の瓦は所々、剥がれているし、壁もボロボロで何とも心許ない。


「お前さんが、入居希望者かい?」


 声がした方を振り返る。


 そこには杖をついた、白髪混じりの初老の男性が立っていた。


「はい。今日からお世話になります」

「これが4号室の鍵だ」


 お辞儀をして鍵を受け取る。男性は「フン」と、鼻を鳴らし立ち去っていってしまった。


「感じ悪いな。けどまぁ。トラブルはゴメンだから今年1年我慢するか……」




 ドアを開けると、玄関横にキッチンと、畳敷の部屋、それから窓の無い真っ暗なトイレと風呂があるのみで、全体的に寒々しい雰囲気が漂う。


 カバンとトランクを、部屋の隅に置き細部を見て回る事にした。


 畳敷の部屋の奥に、更にドアを見つけて開けてみる。そこは押入れのようだが、思ったより狭く物はあまり入らない気がする。例えて言うなら、人ひとりが入れる程度だ。


「まぁ。押入れがあるだけ良い方なのか? とりあえず服を入れる為のカラーボックスと、日用品を買ってきて入れたら隙間も無くなりそうだな」


 スマホを流し台の上に置いて、カバンからメジャーを取り出すと、冷蔵庫と洗濯機を置くスペースや、押入れの中を色々測っていく。


「まぁ、布団は部屋の隅にでも畳んで置けばいいか」


 再びスマホを手に取り通販サイトで、必要な物をカートに次々に入れて注文する。明日の夜に届くように時間指定をしておく。これで仕事から帰って、すぐに受け取る事が出来るはずだ。


「今日は駅前のビジホにでも泊まるかな」


 布団すら無い部屋にいても仕方ないし腹も空いた。が、このアパートの周辺にはコンビニすら無い。


「ハァ……。思った以上に田舎だ……」


 再び荷物を持ち駅前に戻り、飯を食べてホテルで一泊した。





◇1日目◇


 仕事が終わって、駅前のコンビニで飯を買ってアパートへ向かう。すると俺が借りたはずの部屋のドアが開いている。しかも電気まで点いていて人の気配がする。室内には、まだ何も置いて無いから空き巣と言う事はなさそうだがと思い、開いたままのドアをノックしてみる。


「あら。お戻りになったのですね。引っ越し業者さんが、お困りでしたので家具を入れさせて頂きましたの」


 スリッパをパタパタさせて、ウェーブした長い茶髪、赤いリップと派手な真っ赤なワンピースが印象的な女性が俺を出迎えた。


 そう言えば昨日の深夜、母から「引っ越しの荷物送りました。夕方、貴方が帰る頃に到着します」と、スマホにメールが入っていた事を思い出した。


「あの。ここは俺の家ですよね? 鍵はどうやって開けたのですか?」

「あら。勝手にごめんなさいね。初めまして、私は大家の娘でナツキと申します。大家さんから合鍵を預かって入らせて頂きました」


 なるほど。大家の娘なら合鍵を持っていてもおかしくは無いし、たぶん引っ越し業者を待たせておくより、荷物を入れてしまった方が良いと考えたんだろう。


 けれど留守中に、知らない人間に部屋に入られるのは、あまり気分のいいものでもない。


「お手伝いありがとうございました。あとは俺がやりますんでお帰りください」

「そう? じゃ。また何かありましたら、お手伝いしますね」


 俺が、これ以上は迷惑だと言う雰囲気を醸し出すと、ナツキと名乗る女性は案外すんなり帰って行った。


 部屋へ入ると、全てが完璧に配置されていた。引っ越し業者からの荷物はダンボール箱から出されて食器棚に仕舞われ、昨日通販で頼んだ冷蔵庫やベッドや机が置かれ、更には押入れにはカラーボックスが綺麗に収まっている。


「まぁ……。悪意は無いんだろうが……」


 しかもカラーボックスを開けると、服だけではなく下着まで畳んで綺麗に並んでいたのだ。善意かもしれないが初対面で普通は、ここまでしないと思う。


「なんか怖いな……」


 あまり深く考えないようにする為に、頭をフルフル振ってから、テーブルでテレビを見ながらコンビニ弁当を食べはじめた。


 ちなみにテレビは、実家から持ってきた訳でも無いし、通販で頼んだ覚えも無い。たぶん大家の娘が持ち込んだものだろう。




◇2日目◇


 会社から帰ってくると、鍵もかかっているし、部屋の電気も消えていた。


 少しだけ、ホッと息を吐く。


 だがしかし、冷蔵庫を開けて、前日に買って冷やしておいた缶ビールを手に取ろうとして、俺は固まってしまった。


 入れた覚えの無いタッパーが2つ棚に並んでいる。恐る恐る取り出してみると、1番上のタッパーにメモが貼り付けてある。


【帰りが遅いと思って、貴方の好きな鮭のムニエルと、ほうれん草のおひたしを作りました。食べてくださいね。ナツキ】


「なんで俺の好物を知ってるんだ? と言うか、留守中に入るって、いくらなんでもおかしいだろ!?」


 不気味さを感じてしまい、食べる事も、捨てる事も出来ず冷蔵庫に再びしまってしまった。




◇3日目◇


 会社から帰って、真っ先に冷蔵庫を確認する。


 前日放置したタッパーも無くなって、新しく何も増えて無い事を確認して安心する。


 ツナ缶と缶ビールで晩酌をしようと机に座ると、一枚のメモが置いてある事に気がつく。


【貴方の為に作ったのに、どうして食べてくれなかったのかな? ナツキ】


 なんだか背筋にゾワリと悪寒が走る感覚がして思わず、そのメモをビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。




◇4日目◇


 今日は会社から帰ってから、今の所は何も起きていない。入居者の世話に飽きてくれたのならば、それで良いと思って溜息を吐く。


 風呂に入る前に、洗濯機を回しておこうとして手が止まってしまった。


「どういう事なんだ?」


 今朝は確かに、洗濯物が溜まり満タンだったはずの洗濯槽の中は何も入っていない。


「まさか!!」


 押入れに駆け寄り、カラーボックスの中を確認する。下着も服も、洗濯がされ畳まれ綺麗に仕舞われている。そして再びメモが下着の上にのっている。


【毎日お仕事お疲れさまです。お洗濯しておきました。ナツキ】


「……」


 俺は無言のままアパートを飛び出して、とりあえず初日に泊まったビジホに向かった。その日は食欲も失せてしまい、ベッドに潜り込んで寝てしまった。




◇5日目◇


 今日は仕事が休みなので、転居の手続きを大家とする予定になっている。


「これ以上、このアパートにいたらヤバイ気がするんだよな……」


 気は進まないが、これで最後だからと思ってアパートの自室に戻った。気味が悪いので全て廃棄する為に業者を呼ぶつもりだったりする。


 机の上にメモが貼り付けてある。


【どうして出て行っちゃうの? 私を1人にしないで! ナツキ】


「うわぁ〜……!!」


 思わず叫び声を上げ、部屋から飛び出すと道路で、派手に道行く初老の男性にぶつかってしまった。


「すっ! すみません!」

「おや。あんた、こんな所で何してたんね?」

「俺は、このアパートに住んでた者なんですが」

「……こんな廃墟にかね? 物好きじゃねぇ」

「数日間ですが住んでました。けど廃墟って程じゃなかったですよ?」

「数日って、あんた知らんのかい? このアパートは4年前に火事があってなぁ。大家家族も亡くなって今は誰も住んどらんはずだがねぇ」

「えッ!? でも俺、大家にも娘さんにも会いましたよ?」


 振り返ると、燃え尽きて煤だらけの骨組みが残っているだけの、とても人が住めるようなアパートでは無い廃墟がそこにはあった。先ほどまではボロくても人が住める状態だったはずだったのだが……。


 首をフルフル振ってアパートから視線をそらす。


「ここの大家の娘ナツキさんは派手な女だったんだがねぇ。まぁ。性格は良かったさ。一目惚れした男がいるとかで告白する為に、東京行きたいて言うとった、その矢先に火事で家族を亡くしてまってなぁ。ショックやったんだろなぁ。ナツキさん今は行方不明なんだわぁ」


 初老の男性は、聞いて無い事までしゃべり続ける。けどナツキが一目惚れをしたと言う話が妙に気になってしまう。


「ちなみにその男性は、どんな方だったか分かりますか?」

「どうやったかねぇ。あぁ。そうそう。勤め先の本社のスザキさんだとか言っとったわぁ」


 スザキは俺の苗字だ。


 これ以上は聞かない方がいいと分かっている。


 けど聞かずにはいられない。


「その会社の名前って分かりますか?」

「……ん〜。サナギ工業だったかなぁ」


 サナギ工業は俺の転勤先だ。


 と、その時ふいに視線を感じてアパートを振り返ってしまった。



 そこには……。



【貴方を離したくないの。だから私の所に来て!】


 ナツキが優しく微笑みを浮かべ手招きをしているのが見えた……。


 なんだか甘くて良い匂いもするし抗えない……。



 足が勝手に動き出す。



「おい! あんたどこ行くんだぁ! そっちは崖だぁ!!」



 初老の男性が俺の手を掴む。



 しかしその手を振り払って、アパートに向かって走り出したつもりだった。



 伸ばされたナツキの手に、俺は手を伸ばし、



 ナツキが俺の手を掴んだ瞬間、落下する感覚が襲い、






 そして……。






 初老の男性の通報で、その日のうちにアパートのすぐ脇にある高さ20メートルはある崖の下で俺の死体は見つかった。




 白骨化したナツキさんに、まるで抱きしめられているような姿で……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の傍には誰かいる。 うなぎ358 @taltupuriunagitilyann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ