あの子みたいになりたくて
青樹空良
あの子みたいになりたくて
「どこ行くの?
お昼の休み時間に小学校の廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。教室を出たところだった。
振り返ると、同じクラスの
「え、えと。図書室、行こうと思って」
「そうなんだ! あたしも一緒に行っていい?」
「わ、渡辺さんも?」
「もー、
「そんな」
「ほらほらー」
「えと。あ、有紗ちゃん」
「うん!」
名前を呼ばれて渡辺さん、じゃなくて有紗ちゃんが嬉しそうに笑う。
「有紗ちゃんも本、読んだりするの?」
「うん、小さい頃絵本とか好きだったんだー。でも、最近全然だから久しぶりになにか読んでみようかと思ってさ」
「そうなんだ」
話しながら私は有紗ちゃんと連れだって歩く。会話なんて続くだろうか。
だって、私と有紗ちゃんは全く違う。
そんなことを思っていたら。
「有紗! 何してんの? 外、遊びに行こうよ」
クラスの別の女の子から有紗ちゃんに声が掛かった。彼女の後ろには有紗ちゃんといつも遊んでいる子達がいてこっちを見ている。
「あたし、図書室行こうと思ってたんだけど」
「有紗が図書室? そんなことより早く行かないと一輪車、無くなっちゃうよ~」
「うーん……。わかった、行く! ごめんね。美結ちゃん」
私は首を横に振る。そんなことだと思った。
「あ、そうだ。美結ちゃんも一輪車、一緒にする?」
「ううん。私はいいよ」
私はもう一度首を横に振った。
私は一輪車なんて乗れないから。
「ねー。もう行こうよ有紗」
「うん! またね、美結ちゃん」
そう言って、有紗ちゃんは振り返らずに行ってしまった。
私はその姿を見送る。有紗ちゃんは声を掛けてきた子に何か言われて、声を上げて笑っている。
私は一度息を吐いて、くるりと有紗ちゃんに背を向ける。
それから、図書室に向かって歩き出した。別に一人でも構わない。いつもそうなんだから。
二人で行くのも少し楽しそうかな、なんて思ったのは内緒だ。
有紗ちゃんは時々私に話し掛けてくる。
友達なんて有紗ちゃんにはいっぱいいるのに、私みたいな地味でいつも一人でいるような子に話し掛ける必要なんて無いのに。
自分のグループに入っていない子にも、気にせずに話し掛けてくる有紗ちゃんはすごいと思う。
私は一人でいるのが割と好きだけど、時々思う。
有紗ちゃんみたいになりたいなって。
あんな風に色んな子と話せるのってどんなだろう。
◇ ◇ ◇
あたしは振り向いた。
美結ちゃんは、あたしのことなんて気にしていないみたいに、振り向くこと無く歩いていく。
「今日さ、私の家遊びに来ない? 面白い動画見つけたんだ~」
さっき図書室に行こうとしていたあたしを呼んだ
「え、どんなん? 行く行く!」
またやってしまった、とあたしは思う。
条件反射みたいに答えてしまう。
別に興味なんて無いのに。
「一輪車、残ってるといいなぁ」
「有紗があんなところでぐずぐずしてるから悪いんだよ」
「えへへ」
あたしは笑ってみせる。
本当はたまには図書室とか行きたい。
小さい頃にお母さんに読んでもらっていた絵本はさすがに無いかもしれないけど、どんな本があるんだろうってのぞいてみたい。
「じゃあ、早く行こー!」
あたしはおどけたように言って走り出す。
だって、そうでもしないとやってられない。
あたしは、美結ちゃんがうらやましい。
あたしに誘われても、図書室に行きたいからとハッキリ言って行ってしまった。
そんな美結ちゃんをあたしはすごいなって思う。
誰かに何かを言われても、自分がやりたいことをやっている。
それに比べて、あたしは人に何か言われたらすぐにそっちに流れてしまう。
ごまかすみたいに笑って、あたしもそれがやりたかったんだよってフリをしている。
それはそれで楽しかったりもするんだけど。
あたしは自分の意思を貫けない。
いつだって一人でも大丈夫って顔をして、自分の好きなことを貫いている美結ちゃんみたいになれたらなって思う。
だからかな。時々、美結ちゃんに話し掛けてしまう。
迷惑じゃなかったらいいんだけど。
◇ ◇ ◇
私はいつも自分から人に話しかけることが出来ない。
だけど。
私は、図書室にいたその背中に声を掛けた。
どきどきしたけど。
だって、こんなところに本当に来ているなんて思わなかったから。
本当に本が好きなら。
話してみたいって思ったんだ。
だから、勇気を出してみた。
◇ ◇ ◇
あたしはいつだって、人に流されて笑ってる。
だけど。
あたしは、えいやっ! と、その場所に足を踏み入れた。
そして、本に手を伸ばしたとき。
「あ、あの、有紗ちゃん! なんの本借りるの?」
後ろから声がした。
「これ、前に美結ちゃんが借りてて面白そうだったから」
「あ。それ、すごく面白かったから。もし有紗ちゃんが図書室に来たらオススメしようかと思ってたんだけど」
「本当!? よかったぁ。どんな本がいいのかなって悩んでたから」
「なら、またオススメ教えるよ。その、私でよかったら」
「やったぁ!」
「あの、図書室では静かにしてもらえますか?」
図書委員の人が困った顔であたしたちに注意した。
やばい。やらかした。
「え、あの、ごめんなさい」
美結ちゃんはぺこぺこと頭を下げている。
「すみませーん」
あたしもそれにならって頭を下げる。
それから、あたしと美結ちゃんは顔を見合わせて笑った。
図書室の中に密やかに、小さな二つの笑い声が響いていた。
あの子みたいになりたくて 青樹空良 @aoki-akira
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